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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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第二作戦終了

 控室を辞して食堂にもどると、食堂に思いがけない人物がいた。


「神官さま!?」


 剣士と卓を囲んでいたのは、ニーザス神官だった。

 自分の姿を見つけるや、ニーザス神官は席を立ち、こちらの両手を握ってきた。

 その仕草に、思わずどきりとしたものの。いま、自分が男性であることを思い出し、可能なかぎり自然にふるまう努力をした。


「神官さま、ご無事でしたか!」

「サミー、あなたも」

 互いの無事をたしかめあって、重ねていた手を離した。

「さきほど "泉" に解放されたばかりだ。神官殿にも、事情と情報は共有してある」

 剣士が言うと、ニーザス神官は無言でうなずいた。

 その姿は、ほとんど別れたときのまま。桔梗の祭服も無事だし、怪我は見られない。

 けれど、一箇所だけわかりやすい変化があった。

「神官さま。ひたいはどうされましたか?」

 問えば、神官は右手をひたいにやって、こう答えた。

澪尾神官(シェルヴァ)の第三の目を、封じられてしまいました」


 ニーザス神官が連れて行かれたのは、教義室と称されている部屋だったという。

 ふたりの志教から説教を受けたが、その矛盾をひとつひとつ丁寧に指摘し、逆に改心させようと試みた。

 しかし彼らは、神の教えにある矛盾を省みることも、ニーザス神官の説教に耳を貸すこともせず。若い澪尾神官(シェルヴァ)が有していた真眼を封じ、もう一度考え直すようにとだけ言って、ニーザス神官を "泉" に解放したらしい。


「サミー、見てやってくれ」

 剣士は自分に頼みごとをすると、「あちらの様子を見てくる」と、上の部屋に戻っていってしまった。

 あの人に、報告したいことがあったのだけど……まあ、仕方ない。司令塔である剣士は、確認することが多いのだ。

 ならば、いまは頼みごとに集中するとしよう。


 革鞄から木の棒を取り出し。ニーザス神官のひたいに向けて、そっとかざした。

 いかにも術具を使っているような演技をしながら、影側でこっそりと真眼を開く。

 この部屋なら、 "索敵の陣" に遠慮せずともいい。真眼を開いて、籠められている真術の質と、その強さを探る。


 神官のひたいを(おお)っているのは、人の姿が描かれた布だった。

 描かれているのは、後光を背負い、天に両手を差し向けている男性の姿。その絵を記憶に焼き付けながら、気配をたどり、真円を視る。

 籠められている真術は薄い。よくよく視ないと、その紋様を確認するのもむずかしい。どうやら、目くらまし用の真術もいっしょに籠められている。

 しかし、その真術は隠匿ほどの力はない。

 注視すれば、奥にも紋様があると気づける程度。

 薄いながらも正しく描かれている光の円は、右へ、左へと旋回しつつ、真術の香りを放っている。


「これは……。光の強さや印の濃さから見て、正規の真導士の力です。どうしてこんなものが……」


 残念ながら、真眼を封じているその真術の名前までは浮かばなかった。

 蠱惑の真術は、ただでさえ似たものが多く、分類が難しい。

 おそらく結界の一種だとは思う。でも、いまの自分では、名称の判断にまでは至らないし、解いてあげることも不可能なようだ。


 結界を解くなら、 "解呪の陣" が必要になる。

 こちらも蠱惑の真術。それも、かなりむずかしいものだと聞いている。

 導士の教本にも載っていないので、たとえ自分が蠱惑でも、導士であるうちは展開できそうにない。そもそも、鎮成を持たないいまの自分では、知っていたとしても "暴走" させるのが関の山。

 しかし、これは真導士の真術だ。それだけは断言できる。

 これほどの力。片生では、とても展開ができない。


「やはり……。とても強い力を感じます。自力では解くことがかなわないようです」

 ニーザス神官は、落胆するでもなく静かに笑んだ。本人にもわかっていたことだろう。深く嘆くでもなく、仕方ないかというような表情を浮かべた。


 神官の真眼を封じている真術は、正規の真導士のもの。

 とはいえ、この "泉" に真導士がいるとは思えなかった。近くにいて、真術を展開したのなら、自分が気がつく。

 念のため、神官に志教のほかにだれかいたかと問いかける。思っていたとおり、この問いには否と返ってきた。


「どなたもおられませんでしたよ。真導士らしき方は、一度もお見かけしなかった。第三の目を封じたのは輝尚石です。だれかに術をかけられたのではありません」


 この返答に、人知れず胸をなでおろした。

 よかった。

 これで "淪落の魔導士" でも出てこられたら、どうしようかと思ったのだ。

 作戦は、片生を相手に想定したもの。淪落が出てきたりしたら、せっかくの作戦が、根底からひっくり返ってしまう。

 志教たちが輝尚石を使ったという話なので、十中八九(じっちゅうはっく)盗難品だろう。

 ならば、いまは捨て置いていていい。それは国の仕事だ。真導士の責務には当たらない。

 そこまで思考をつなげて、重要な話を思い出した。


「神官さま、あの!」

  "救援札" についてなのですが――と言いかけたとき。隣の部屋から、喜色満面のご主人がやってきた。


「サミー、よくやってくれたね!」

 まるで図ったかのような割りこみのせいで、思いっきり舌を噛んでしまった。

「――っ! あ、ああ……旦那さん、その、ケン坊は無事ですか?」

「無事に戻ってきたよ。あれだけあれば、かなりの戦力になると剣士さまもよろこんでいた。本当にありがとうね」

 八百屋のご主人は、自分の行動をほめながら、肩をぽんぽんと軽く叩く。

 そんなご主人のうしろから、剣士とお兄さん。それから、大役を終えたばかりのケン坊と、怖そうな顔をした、どうにもあやしい風体の男が姿を見せた。


 にこにことやってきて。口々に自分を褒めてくれる彼らには、大変申し訳ないけれど……。いまは、とっても間が悪い。

 もうちょっと。

 せめて、あとひとこと分だけ、遅くきてもらえたらよかったのに。

 内心で無念をくすぶらせたまま、どうにかこうにか、笑顔らしきものを取りつくろう。




 こちらの無念さを知る由もない剣士は、潜入調査を終えたばかりの自分に、ねぎらいの言葉をかけ。しばしの休息をうながす。

「本当によくやってくれた。疲れているだろう。少し休むといい」

 はい、ありがとうございます――と言いかけて、そんな場合でないことを思い出した。

「いえ、時間がありません。急がないと。ニーザス神官も、どうぞこちらへ」

 急にあわてだした自分に、全員がおどろいた様子だった。


 そんな彼らに、とにかく奥へとうながし、先を急ぐ。

 頭のなかで、伝えるべきあれこれを整理しながら炊事場に入る。その途端、ニーザス神官が、びっくりするほどの大きな声で叫んだ。


「オスカー、オスカーではないですか! こんなところで何をしているのです!?」


 大声を出した神官は、炊事場の隅でしゃがみこんだまま動こうともしない人物の横に、両膝をついた。

「あの、神官さま……こちらの方は?」

 おそるおそる聞いてみると、ニーザス神官は、その人の顔をのぞきこみながら「わたくしの同輩です。先に町へ帰った……澪尾神官(シェルヴァ)です」と言った。


「どうしました、オスカー。しっかりしてください!」


 何度も語りかけ。その肩をゆすり。背中をなでても、オスカーという名の澪尾神官(シェルヴァ)は震えるばかりだった。

 同僚の状態を確認したニーザス神官が、「何てことだ……」というつぶやきをもらす。

 そんなふたりの様子を見て、八百屋のご主人が、無念そうにささやいた。

「こちらの方も、神官さまでしたか……。だから内省室に送られたんですかね」

「内省室?」

 若い澪尾神官(シェルヴァ)が、それはいったいどのような場所かと問うと、剣士が内省室の概要を伝えた。その説明を聞いたニーザス神官は、天を仰ぎ、祈るように目を閉じる。


「でもさ。なんで、ニーザス神官は、内省室に送られなかったんだろうな?」

「事情は不明だが、いまは内省室の鍵が開かないようだ」

 剣士が答えると。ニーザス神官が思い当たる節があると語りだした。

「たしかに。志教を名乗る者たちは、だれかを待っている様子でしたね。まだか、まだかとどこかに確認に行って……。いまは仕方がないと、力を封じる輝尚石を出してきたのです」

 そのとき、ケン坊が「オイラ知ってるよ!」と口を挟んできた。


「そいつは、きっと大志教(だいしきょう)ってやつだよ!」


「大志教? 何か知っているのか、ケン」

「うん。志教のうえにはね、大志教がいるんだって。オイラ一度だけ見たことがある。横穴を探検しているときに、こっちに下りてきてさ。わーわー話したあと、志教たちといっしょに、あのひとを連れていっちゃったんだ」

 ひととおりの話を聞き終えて、ニーザス神官がつぎの作戦を急ぎましょうかと言った。

「……内省室は、大変危険な場所のようですね。動くなら、大志教とやらがいないうちがいいでしょう」


 神官から話題を引き取った剣士が、最大の懸念点をあげる。

「問題は、真術を使う志教だ」

 この流れを逃すまいと、自分から話題に食いついた。

「あと少ししたら、その志教が部屋から出るはずです」

「それは本当か?」

「ええ。残念ながら、大志教はすでに帰還しているようです。しかし、いまは来客と接見しているという話で……。あと少ししたら、か――真術を使う志教が、報告に向かうと言っていましたから」

 思わず片生と言いそうになったのを、急いで言い換える。

 剣士がそのまま流してくれたので、だれに疑問に思われるでもなく、話題はそのまま進行していく。

「そうか。ちなみに来客とは?」

「志教たちは、占い師と呼んでいましたね」

 剣士は、占い師という言葉に、表情だけで小さな反応を示した。

 志教たちの部屋で仕入れた情報や、部屋の詳細な配置を伝えきると。剣士は、腕を組んで考えこむような仕草をした。


「……真術使いと大志教が会している間、か」

 考え込む剣士の脇から、怪しい風体をした男が口を差しこんできた。

「そいつは、時間が短すぎるんじゃねぇか?」

 腕に、胸に、頭にと。たくさんの入れ墨を入れた、人相の悪い男が、そんなんでやれんのかと剣士に詰め寄る。

 ちょっと怖そうなその人が問いに、剣士はいけると断言で返した。

「志教連中を制するだけでいい。この人数なら、可能だ」

「そりゃま、あんたは大丈夫だろうけどな。こんな細っこい小僧たちが、うまく立ち回れるもんかね。どいつもこいつも甘っちょろい顔して。まともに喧嘩したこともなさそうじゃねえか」

 入れ墨の男の発言に、お兄さんがむっとした顔つきになった。

「何だよ。喧嘩くらいしたことあるっつーの!」

「本当かあ? とてもそうは見えないけどな。今回はただの殴り合いじゃねえんだぞ。真術使い以外の連中も、みんな輝尚石を持っているって話だ。あんちゃん、ちゃんとわかってるのか?」

 輝尚石と言われて、お兄さんがぐっと言葉をつまらせる。


 しかし、ここで作戦を断念されてはたまらない。

 情報と輝尚石の収集を終え。念願だったニーザス神官との再会を果たし。町へ帰還するための希望が、すぐそこで輝いている。

 それに、 "泉" に来てからのごたごたで、ついつい忘れそうになっているけれど。自分は、大急ぎで術具屋に向かい、用事をすませないといけないのである。


 剣士が連れてきたということは、怪しい入れ墨男も脱出仲間なのだろう。

 とにもかくにも時間がない。こんなときに仲間割れなど言語道断。

 普段ならば、娘は男たちが話をまとめるまで口をつくんでいるのが常。とはいえ、いまは男装中でもある。そして何より、真術に関しては、自分がこのなかで一番通じている。

 うしろで控えたがる恥じらいの感情を押しつぶして、「大丈夫です。絶対にいけます」と強く言霊を発した。


 会話に入りこんできた自分を、入れ墨男が「何だって?」と()めつけた。

 だがしかし、もはやこんなことで動揺するような自分ではない。どんなに怖い男の人であっても、 "魔神獣" と比べれば、まったく怖くない。

 風渡りを越えて心につけた力を、いまこそ発揮するときである。




「いけるって、どうして言い切れるんだよ」


 問われて思い出されるのは、風渡り前日に生まれた英雄譚。

 頼れる同期の男たちが選んだ、一発逆転のあの戦法だ。


「志教たちの控室には、蔵より多くの輝尚石が備蓄されていました。乗りこんで志教たちを制すれば、丸ごと戦力になります」

「そんな大量の輝尚石があったら、反撃だってとんでもないんじゃねえのか?」

「いいえ、それはありません。第三の目を開いていない志教たちでは、輝尚石の力を完全に引き出せません。ひとりがひとつの輝尚石を展開する。それが限界でしょう」

 説明をつけ加えたとき、剣士から鋭い視線をそそがれた気がした。

 しかし、いまはその視線すらも無視して、話のつづきに集中する。

「輝尚石本来の力を引き出したり、複数の輝尚石をあつかえるのは、真術使いの志教だけ。部屋にいる志教たちは五人。ご主人とケン坊を除けば、こちらも五人。この人数で、(すき)を突けばいいだけです。先制攻撃をすれば、勝ち目は十分あります。それに――」

「……それに?」

「控室のどこかに、 "転送の陣" が隠されています。制して。見つけて。真術使いがもどる前に、町へ逃げてしまえばいいのです。どうでしょう。やれそうな気がしませんか?」

 自分が発した言霊に、すっかり飲まれた様子の入れ墨男の顔を見て。

 それから、ぽかんとしている三人と、おどろき顔でこちらを見ているニーザス神官の顔を見返して。

 最後に、剣士の表情を確かめた。


「第三作戦は、これで決まりだ。一気に攻め落として、町へ帰還する。時間がない。いまから志教たちの部屋に攻め込むぞ。(みな)、覚悟はできているな?」


 剣士が言ったのと同時に、食堂の壁掛け時計から、時を告げる大きな音が鳴り響いた。

 夕刻まで、もう時間がない。

 速やかに第三作戦に移るべく、全員で行動を開始した。

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