索敵
とんとんと扉を叩けば、控室から志教のひとりが顔を出してきた。
「失礼します」
「あなたは……サミーさんでしょうか。いったいどうされましたか?」
出てきた志教は、さきほど食堂にやってきた人物ではなかった。それでも話は知られているようで、自己紹介をするまでもなく、名前を呼んできた。
「お忙しいところすみません。じつは、みなさまに味見をお願いしたいのです」
「味見?」
「わたしは聖都の出身でして。よく味付けが甘いと言われるのです。せっかくの懇親会で失敗したくはないので、お願いできればと思いまして……」
そのように伝えたところ、志教は自分とトレーのうえの小皿とを見て、にっこりとした。
「もちろんですよ、サミーさん。とてもおいしそうなお食事ですね。どういったものでしょうか?」
「若鶏にハーブをつめてを焼いたあと、ソースをからめて炙ってあります。ソースに入れる砂糖をかなり減らしたのですが、こちらの地方の方に合うかどうか心配なのです」
「なるほど、ハーブですか。いい香りがします。さあ、お入りなさい。いま志教が全員そろっていますので、ちょうどいいですよ」
うれしそうに扉を開けた志教に呼ばれ、なかにいた全員が自分に目を向けた。
「今夜のごちそうの味見をして欲しいそうです」
「そうか。ではまずこちらへ持ってこい」
言いながら自分を手招いたのは、大柄の志教――例の片生だった。
「まずは、神への祈りを捧げないとな」
そう言って、片生は胸元からひとつの輝尚石を取り出し、小皿にかざした。
その光と気配を浴びながら、なつかしい気分に包まれる。
いつかの実習で、こうやって輝尚石を使った。あのときも、青銀の真導士から渡された輝尚石を、食事に向けて展開したのだ。
片生は、輝尚石の展開を支えるのに神経を注いでいる。
半端者とすら称される彼らは、輝尚石を展開するときに、真導士以上の集中を求められる。
輝尚石を展開している片生も、ほかの志教たちも、祈りを捧げる姿勢となっていた。
いまなら、だれも自分に注目していない。
機会を得て、真眼を見開いた。
術具の下で見開いた第三の目は、いつもより感度が悪い。とはいえ、この部屋はそれほど大きな場所ではない。隠されている転送を、絶対に見つけてみせよう。
そう意気込んだとき。片生の手にある輝尚石以外の場所で、ちかちかと明滅している光を、両目がとらえた。
片生の胸元に、首飾りが下がっている。
展開中の輝尚石とは、ずれた調子で光る、赤い貴石。貴石の周囲をよくよく視れば、そこに極小の真円が描かれている。
その小さな光の気配をたしかめて。全開にしていた真眼を、急いで薄目に戻した。
この気配は、 "索敵の陣" だ。
秋の合同実習で、第一部隊に見せてもらった覚えがある。
索敵は、真力や真術のみならず。真眼、 "真穴" 、 "真脈" などの気配を探るための真術。
片生は、いまも祈りを捧げる演技をしていた。
目を閉じて、神への感謝を口にしたまま、輝尚石の展開を支えている。
……ああ、危なかった。
索敵の明滅は、完全に自分の真眼をとらえていた。もし、片生が目を開いていたら、索敵の成果に気づいていたに違いない。
自分のひたいを覆っている術具には、隠匿がかかっている。真眼の気配が、外に漏れることはない。だからこそ片生は騙せているのだ。
けれど、索敵はそうはいかない。
索敵はおもに、真術や真力の量を感知する。隠匿を探すのに特化した "探索の陣" より効果は落ちるものの 強化をすれば隠匿を透かし視るくらいならできる。
片生が下げているのがどれほどの術具か、いまの状態では探れない。しかし、自分の真眼に反応を示していたなら、かなりの強さだと思っていい。
本当に危ういところだった。
目の前に索敵があるとすれば、真眼を全開にするのは危険だ。視野を狭くして、薄目のままで調べるしかない。
祈る演技を終えた片生が、もういいと許可を出してきた。
早くなった心音を、できるだけ意識の外において。志教たちに小皿を渡していく。
自分に対する警戒を解いたのか。もしくは反抗できないと判断しているのか。志教たちは味見をしながら、会話をはじめた。
「あの方がお帰りになられたと聞きましたが、執務室にお姿が見えませんね」
小皿を配り、部屋をゆっくりと歩く。
志教たちの部屋――控室と呼ばれている場所には、ふたつの扉がある。 "泉" へと通じている木の扉と、 "もぐら" へ通じている鉄格子の扉。
どれだけ探っても、やはり二階の回廊に通じているような場所はないようだ。
あとは横穴があいているくらいか。じっくりと目を凝らしてみたものの、ほかの出入口は見つけられなかった。
「客室です。例の占い師と歓談中かと……」
小耳を立てて、会話を聞く。
情報は、多ければ多いほどありがたいと、剣士が言っていた。
意味がわからなくとも。それがどんな些細なことであっても、すべてを持って帰って来て欲しいと頼まれている。
耳をそばだてながら、部屋の隅々まで注視する。
二階の回廊とは逆側に、火の入っていない暖炉がある。その横には、大ぶりの木箱が置かれていて、周囲にやわやわとした光がもれてきている。
「そうでしたか。そろそろあの習学者について、ご指示を仰がねばと思っているのですが」
「あの習学者?」
「はい。あの髪色が混ざった……」
話題の主に思い当たって、身体に緊張が走る。
それを意思の力でねじ伏せつつ、会話に参加していない志教に、味の感想をたずねた。
「われわれでは、神の道へ導いて差し上げるのが難しい方かと」
美味でしたという感想に頭を下げて、小さなその部屋を、ゆっくりと歩き回った。
そろそろと動きながら、あちこちに隠されている輝尚石の気配を探り当てていく。
「そうですね。あの習学者については、お力添えをお願いしましょう」
空になった小皿を重ねて、再び歩き出したそのとき。真眼が小さな気配を拾った。
「あの方のところへは、俺がうかがおう。ほかにも確認しておきたいことがある」
片生が発言すると同時。
その気配が、部屋のどこからか漂ってきているのをはっきりと感知した。
思っていたとおりだ。
この控室には、間違いなく "転送の陣" が隠されている。