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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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第二作戦開始

「ねぎと、にんじんと、それからトマト――すみません、赤ワインはどちらにありますか?」


 蔵に入ってからこっち。自分の背中を、延々とにらみつけてきている男に、探しものの()()をたずねた。

 背後に立っているジョシュアという名の男は、機嫌の悪さを隠そうともしない。やってきたばかりの新入りが、初日で志教に気に入られた。それがどうしようもなく不満らしい。

 自分が蔵に入るや否や、飛ぶようないきおいでやってきて。時折、とげとげしい言葉を投げかけながら、自分をにらみつづけている。大変迷惑な話である。

「知らねえよ。もたもたせず、とっとと探せ。……っとに。来たばかりのくせに、うまいことやりやがって」

 解答は期待していなかった。けれども、とにかく邪魔で仕方ない。

 暗澹たる気持ちをいだき。やっぱり、今日町にこなければよかったと後悔を深めた。


 剣士が立てた第二作戦は、輝尚石と情報の収集だ。

 自分が蔵から輝尚石を持ち出すのは、さすがに危険過ぎる。お蔵番の男が、嫌悪感を丸出しにしていたのもあり。今作戦での自分の役割は、輝尚石の選別と情報収集ということになった。


 まずは自分が、蔵のなかにある輝尚石を選別し。使えそうな輝尚石を、ケン坊が出入りしている横穴付近に寄せておき。それが終わったら、蔵に何があるかを確認する。

 寄せた輝尚石は、お蔵番が輝尚石の交換に出て、安全を確保してから奪取する手はずとなっている。

 武器となりそうなもの。防具として使えそうなものがあれば、これも横穴付近に移動させるようにと言われたけれど……どうやら、めぼしいものは無さそうだ。


 剣士が立てた作戦を遂行するべく、そこに積まれている荷箱をあらためたいのに。この人が見張っているせいで、あまり自由に動けない。

 望みどおり栄えあるお蔵番に選ばれたのだから、有り余ったその情熱を、ぜひとも仕事に注いで欲しい。

 それなのに、自分にからむのを優先して、蔵の入口から動く気配がない。

 ……まったく、どうしてくれようか。




「だがな。つぎに選ばれて、 "恵みの泉" へ向かうのはオレだ。邪魔するんじゃないぞ」

 男の話は、同じところをぐるぐると回っている。

 志教に気に入られたのは偶然で。努力の成果ではない。

 これ以上、卑怯な真似をするな。新入りは先輩を立てて、もっと遠慮するべきだ。

 そんなことを、だらだらと話し、最後に「つぎに選ばれて、 "恵みの泉" に行くのはオレだ」と言い張る。


 ここで習学に励み。

 神の学びを深め。

 女神への信仰を捨てた、正しき者だけがその "恵みの泉" とやらに行けるという。


 すっかり邪教に染まってしまった男にとって、そこは夢のように素晴らしい場所なのだろう。

 自分にとっては、心底どうでもいい話なので、さきほどから「どうぞ、お好きになさってください」としか返していない。

 だというのに、会話は同じところをぐるぐるしたまま。

 くり返される会話にうんざりし、今回は「わたしは、神という方のことを、まだ何も存じておりませんし……」とつけ加えた。

 するとジョシュアは、一転して得意げな顔となり、神について縷々(るる)と語りはじめる。


「神の教えを知れば、この世がいかに(いびつ)か。その(いびつ)さの原因がどこにあるか。それがよくわかってくる」


 得意満面のジョシュアは、神がいかに素晴らしい存在かを熱く語り。女神が、いかに悪しき存在かを切々と説く。

 その長々しい素人説教に辟易とながらも、ちゃんと聞いてるような相槌をうちつづけて――ようやく、待ち望んだ解放の時を迎える。


「さて、オレは松明の輝尚石を代えてくるからな。鍵を締め忘れるんじゃないぞ」

 先輩風が吹き荒れている命令にも、「はい、わかりました」と素直に返す。

 すると今度は、えらく先輩ぶった注意がやってきた。

「とくに、あの混髪(こんぱつ)の男には油断をするな。あいつは神の教えを受け入れない。とんでもなく獰猛(どうもう)な危険人物だ」

 最後に剣士の悪口を言って、ようやく満足したらしい。ジョシュアは、やっとのことで輝尚石交換の仕事に出かけていった。




 めんどうな人物の足音が、すっかり遠ざかったのをたしかめてから、大きなため息をついた。

 今日は、何だかさんざんな一日だ。

 ちょっと用事を済ませようとしただけなのに、あれよあれよと巻き込まれ、邪教の隠れ家でいびられるはめになってしまった。

 目的の場所からから遠のいていくのを実感するたび、今日町にこなければよかったと考えてしまう。

 何かがずれているような感覚を抱えたまま、いまこなすべき役割に手を伸ばす。


 蔵の奥で、気配を放ちつづけている木箱の(ふた)を開く。

(癒し、流水、炎豪)

 この三つは、かなりの数が保管されていた。

 しかし、保管されている輝尚石は、どれもこれも黄ばんだ不良品ばかり。

 形も色も不揃いで、なかに籠められている真術も小さい。ここにある輝尚石は、すべて片生が籠めたもののようだ。

 そのうえ、一番大事な転送が見当たらない。少しの間だけ、真眼を見開いて気配を追ってみたが、この蔵にはひとつも保管されてないようだった。


(でも、転送がないのはおかしい)


  "もぐら" に通じていた傾斜は、一方通行だった。

 旦那さんいわく。自分たちが滑り落ちたあの傾斜は、かつて "もぐら" が生きた鉱山だったときに、いらない土砂を流していた場所だという。

 掘ったところから出た土は、運び出すのも手間がかかる。だから、集めた土砂をあそこから流して、 "もぐら" のなかですっかり処理していた。山賊が出はじめてから手を加え、退治する用の罠に変えただけ。

 おそらくあの場所には、過去の――大戦時代の真術が残っていたのだろう。

 あの傾斜から流した土砂は、しばらくするときれいに消える。

 大量の土砂が、どこに流れていってるか。それを知る者はいなかった。しかし、そういう現象が起こることは、昔から知られていた。だからこそ、あの場所を賊に対する罠として活用していたのだ。

 まさか、奥にこんな建物があったなんてと語ったご主人から、うその匂いはしなかった。お兄さんも心底おどろいていたようだから、だれも知らなかったというのは事実と思えた。


  "もぐら" とつながっていた傾斜は、土砂が流れていないときならば、どうにか登れるかもしれない。

 でも、志教たちは頻繁に町へ出ていっているという。

 それに、邪教の信徒として認められた習学者たちも、家族を連れてくるときは、別の場所から出入りしていると聞いた。

 しかし、横穴を通じて自由に出入りができるケン坊が言うには、どの部屋にも備え付けられている扉はひとつしかなく。どこかに通じているような場所は、 "もぐら" の入口にある部屋――つまり志教たちがいる控室しか無いという。


 でも――いや、落ち着いて考えよう。

 ひとつひとつ、順番に追っていけばいい。

 何かを考えるときは、まず深呼吸。それから、要点をゆっくりと追っていくのだ。彼は、いつもそうしていた

 頼りっぱなしだったから、こういうときは本当に心細い。

 でも、さみしがってばかりでは駄目だ。何もできないままはいやなのだ。

 とてもではないけれど、彼と同じことはできない。

 でも、真似事ならできるはずだ。

 自分はだれよりも一番長く、だれよりも近い場所で、ずっと見ていた。

 自分は彼をよく知っている。だからちょっと背伸びをして、難問に立ち向かう姿勢だけでも似せてみよう。


 まず、この "泉" は、閉じた場所だ。

 出口はひとつで、利用するのが困難。そういう話なら、かならずどこかに “転送の陣” がしまわれている。


(しまわれているけれど、ここじゃない。もしも、転送があるとすれば――)


 転送をしまう。

  "泉" には、まだ邪教に染まっていない人々がいる。そんな彼らが転送を手にすれば、すぐさま町へと脱出し、神殿に駆けこむはず。

 志教たちは、それを防ぎたい。脱走だけは絶対に阻止したい。だから、 "転送の陣" だけは大切に隠している。


 大切なものを隠すとき、人はどう動くだろう?

 そうまで考えて、思い出されるのは自分の行動だった。

 大切なものを……だれにも見つかりたくない大事なものを隠すなら、自分の近くに置きたい。自分が管理している領域に置いておくのが一番安心だ。

 ただ、自分の領域であっても、知られている場所はいやだった。

 自分も、木箱に入れるのは抵抗があった。木箱に入れることは、先生に見つかるのといっしょだったから。

 この蔵は、例えるなら木箱のようなものかもしれない。

 ここに輝尚石があると、みんなが知っている。だから、蔵に転送はしまっていないのだ。


 たしかに自分はそうだった。

 だから、術具を木箱には入れず、あの袋に隠した。

 志教たちにとって、あの袋と同じ意味を持つ場所はどこか。さすがに、いますぐは思いつかない。でも、転送をしまうなら自分の領域であるはず。

 あの人たちにとって、自分の領域と言える場所。


 それはきっと――志教たちがいる、あの控室だ。

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