第二作戦開始
「ねぎと、にんじんと、それからトマト――すみません、赤ワインはどちらにありますか?」
蔵に入ってからこっち。自分の背中を、延々とにらみつけてきている男に、探しものの在り処をたずねた。
背後に立っているジョシュアという名の男は、機嫌の悪さを隠そうともしない。やってきたばかりの新入りが、初日で志教に気に入られた。それがどうしようもなく不満らしい。
自分が蔵に入るや否や、飛ぶようないきおいでやってきて。時折、とげとげしい言葉を投げかけながら、自分をにらみつづけている。大変迷惑な話である。
「知らねえよ。もたもたせず、とっとと探せ。……っとに。来たばかりのくせに、うまいことやりやがって」
解答は期待していなかった。けれども、とにかく邪魔で仕方ない。
暗澹たる気持ちをいだき。やっぱり、今日町にこなければよかったと後悔を深めた。
剣士が立てた第二作戦は、輝尚石と情報の収集だ。
自分が蔵から輝尚石を持ち出すのは、さすがに危険過ぎる。お蔵番の男が、嫌悪感を丸出しにしていたのもあり。今作戦での自分の役割は、輝尚石の選別と情報収集ということになった。
まずは自分が、蔵のなかにある輝尚石を選別し。使えそうな輝尚石を、ケン坊が出入りしている横穴付近に寄せておき。それが終わったら、蔵に何があるかを確認する。
寄せた輝尚石は、お蔵番が輝尚石の交換に出て、安全を確保してから奪取する手はずとなっている。
武器となりそうなもの。防具として使えそうなものがあれば、これも横穴付近に移動させるようにと言われたけれど……どうやら、めぼしいものは無さそうだ。
剣士が立てた作戦を遂行するべく、そこに積まれている荷箱をあらためたいのに。この人が見張っているせいで、あまり自由に動けない。
望みどおり栄えあるお蔵番に選ばれたのだから、有り余ったその情熱を、ぜひとも仕事に注いで欲しい。
それなのに、自分にからむのを優先して、蔵の入口から動く気配がない。
……まったく、どうしてくれようか。
「だがな。つぎに選ばれて、 "恵みの泉" へ向かうのはオレだ。邪魔するんじゃないぞ」
男の話は、同じところをぐるぐると回っている。
志教に気に入られたのは偶然で。努力の成果ではない。
これ以上、卑怯な真似をするな。新入りは先輩を立てて、もっと遠慮するべきだ。
そんなことを、だらだらと話し、最後に「つぎに選ばれて、 "恵みの泉" に行くのはオレだ」と言い張る。
ここで習学に励み。
神の学びを深め。
女神への信仰を捨てた、正しき者だけがその "恵みの泉" とやらに行けるという。
すっかり邪教に染まってしまった男にとって、そこは夢のように素晴らしい場所なのだろう。
自分にとっては、心底どうでもいい話なので、さきほどから「どうぞ、お好きになさってください」としか返していない。
だというのに、会話は同じところをぐるぐるしたまま。
くり返される会話にうんざりし、今回は「わたしは、神という方のことを、まだ何も存じておりませんし……」とつけ加えた。
するとジョシュアは、一転して得意げな顔となり、神について縷々と語りはじめる。
「神の教えを知れば、この世がいかに歪か。その歪さの原因がどこにあるか。それがよくわかってくる」
得意満面のジョシュアは、神がいかに素晴らしい存在かを熱く語り。女神が、いかに悪しき存在かを切々と説く。
その長々しい素人説教に辟易とながらも、ちゃんと聞いてるような相槌をうちつづけて――ようやく、待ち望んだ解放の時を迎える。
「さて、オレは松明の輝尚石を代えてくるからな。鍵を締め忘れるんじゃないぞ」
先輩風が吹き荒れている命令にも、「はい、わかりました」と素直に返す。
すると今度は、えらく先輩ぶった注意がやってきた。
「とくに、あの混髪の男には油断をするな。あいつは神の教えを受け入れない。とんでもなく獰猛な危険人物だ」
最後に剣士の悪口を言って、ようやく満足したらしい。ジョシュアは、やっとのことで輝尚石交換の仕事に出かけていった。
めんどうな人物の足音が、すっかり遠ざかったのをたしかめてから、大きなため息をついた。
今日は、何だかさんざんな一日だ。
ちょっと用事を済ませようとしただけなのに、あれよあれよと巻き込まれ、邪教の隠れ家でいびられるはめになってしまった。
目的の場所からから遠のいていくのを実感するたび、今日町にこなければよかったと考えてしまう。
何かがずれているような感覚を抱えたまま、いまこなすべき役割に手を伸ばす。
蔵の奥で、気配を放ちつづけている木箱の蓋を開く。
(癒し、流水、炎豪)
この三つは、かなりの数が保管されていた。
しかし、保管されている輝尚石は、どれもこれも黄ばんだ不良品ばかり。
形も色も不揃いで、なかに籠められている真術も小さい。ここにある輝尚石は、すべて片生が籠めたもののようだ。
そのうえ、一番大事な転送が見当たらない。少しの間だけ、真眼を見開いて気配を追ってみたが、この蔵にはひとつも保管されてないようだった。
(でも、転送がないのはおかしい)
"もぐら" に通じていた傾斜は、一方通行だった。
旦那さんいわく。自分たちが滑り落ちたあの傾斜は、かつて "もぐら" が生きた鉱山だったときに、いらない土砂を流していた場所だという。
掘ったところから出た土は、運び出すのも手間がかかる。だから、集めた土砂をあそこから流して、 "もぐら" のなかですっかり処理していた。山賊が出はじめてから手を加え、退治する用の罠に変えただけ。
おそらくあの場所には、過去の――大戦時代の真術が残っていたのだろう。
あの傾斜から流した土砂は、しばらくするときれいに消える。
大量の土砂が、どこに流れていってるか。それを知る者はいなかった。しかし、そういう現象が起こることは、昔から知られていた。だからこそ、あの場所を賊に対する罠として活用していたのだ。
まさか、奥にこんな建物があったなんてと語ったご主人から、うその匂いはしなかった。お兄さんも心底おどろいていたようだから、だれも知らなかったというのは事実と思えた。
"もぐら" とつながっていた傾斜は、土砂が流れていないときならば、どうにか登れるかもしれない。
でも、志教たちは頻繁に町へ出ていっているという。
それに、邪教の信徒として認められた習学者たちも、家族を連れてくるときは、別の場所から出入りしていると聞いた。
しかし、横穴を通じて自由に出入りができるケン坊が言うには、どの部屋にも備え付けられている扉はひとつしかなく。どこかに通じているような場所は、 "もぐら" の入口にある部屋――つまり志教たちがいる控室しか無いという。
でも――いや、落ち着いて考えよう。
ひとつひとつ、順番に追っていけばいい。
何かを考えるときは、まず深呼吸。それから、要点をゆっくりと追っていくのだ。彼は、いつもそうしていた
頼りっぱなしだったから、こういうときは本当に心細い。
でも、さみしがってばかりでは駄目だ。何もできないままはいやなのだ。
とてもではないけれど、彼と同じことはできない。
でも、真似事ならできるはずだ。
自分はだれよりも一番長く、だれよりも近い場所で、ずっと見ていた。
自分は彼をよく知っている。だからちょっと背伸びをして、難問に立ち向かう姿勢だけでも似せてみよう。
まず、この "泉" は、閉じた場所だ。
出口はひとつで、利用するのが困難。そういう話なら、かならずどこかに “転送の陣” がしまわれている。
(しまわれているけれど、ここじゃない。もしも、転送があるとすれば――)
転送をしまう。
"泉" には、まだ邪教に染まっていない人々がいる。そんな彼らが転送を手にすれば、すぐさま町へと脱出し、神殿に駆けこむはず。
志教たちは、それを防ぎたい。脱走だけは絶対に阻止したい。だから、 "転送の陣" だけは大切に隠している。
大切なものを隠すとき、人はどう動くだろう?
そうまで考えて、思い出されるのは自分の行動だった。
大切なものを……だれにも見つかりたくない大事なものを隠すなら、自分の近くに置きたい。自分が管理している領域に置いておくのが一番安心だ。
ただ、自分の領域であっても、知られている場所はいやだった。
自分も、木箱に入れるのは抵抗があった。木箱に入れることは、先生に見つかるのといっしょだったから。
この蔵は、例えるなら木箱のようなものかもしれない。
ここに輝尚石があると、みんなが知っている。だから、蔵に転送はしまっていないのだ。
たしかに自分はそうだった。
だから、術具を木箱には入れず、あの袋に隠した。
志教たちにとって、あの袋と同じ意味を持つ場所はどこか。さすがに、いますぐは思いつかない。でも、転送をしまうなら自分の領域であるはず。
あの人たちにとって、自分の領域と言える場所。
それはきっと――志教たちがいる、あの控室だ。