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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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第一作戦

「何の騒ぎでしょうか」


 食堂から、聞き覚えのある声がする。

 声が届いた瞬間から、剣士の表情と姿勢が一変した。壁に背中を預けた状態で、腰布に挟んであった木の棒に手をかける。

 剣の代わりとしては心もとないが、何も無いよりはいい。そう評していた木の棒。それを握りしめながら、剣士は姿勢を低くした。

 おたまを鍋に引っ掛けて。自分も壁沿いに隠れてから、そっと食堂をのぞき見る。


 やってきた志教はふたり。

 体格からして、あの片生ではない。そろってやってきた志教たちは、ひとで埋まった座席を眺め。視線を卓に移して、「これは?」と言った。

「昼食会です」

 ふたりの志教は、炊事場からあらわれた自分の顔を、静かに見返してきた。

 そんな志教たちへ歩み寄りながら、可能なかぎり普通を装う。


「こいつ、キテナクスに来たばかりなんですよ」

 場を和ませようとしてくれたのか。お兄さんが会話に横入りしてきた。

 その助け舟に感謝をして、できるだけにこやかな笑顔をうかべながら、状況の説明をする。

「近隣のみなさまに、あいさつ回りが済んでいませんでしたので……お近づきの印にと思いまして」

 そのように伝えれば、志教たちはそろって表情をゆるめた。

 本心はうかがいしれないものの、この状況については納得がいったらしい。

「それは素晴らしい心がけです。お名前をうかがっても?」

 笑顔で問うてきた志教に、自分のいまの名を告げる。

「サミーと申します」

「サミーさんですね。どうでしょう。われわれもご相伴(しょうばん)に預かってもよろしいでしょうか」

「もちろんです。おかけになってお待ちください」


 志教たちは、習学者たちに友好的だ。

 機会があれば、会話もするし。食事もともにする。

 習学者が望めば、時間をかけて悩みの相談に応じ。神についての疑問に答える。

 剣士と旦那さんが言っていたとおり。そして、自分が立てた作戦通りに、志教が昼食会に参加してきた。

 ここまでは順調。

 でも、大事なのはここからである。


 食堂にかかっている壁掛け時計を横目で見れば、時刻はすでに昼を過ぎていた。

 可能なかぎりの歓待をして、志教の信頼を得る。

 お蔵番となり、輝尚石の捜索を行う。

 その目標を達成するための方法は、これしか思いつかなかった。

 刻一刻と過ぎていく時を眺めながら、炊事場に戻る。戻った炊事場では、壁に隠れ潜んでいた剣士が、よくやったというような笑顔を見せていた。




「サミーさん、けっこうなお点前でした」

「ありがとうございます」

 志教のお褒めの言葉に、精一杯のうれしそうな態度で応じる。

 この期を逃してなるものかと、手早く作った追加料理も、どうやらよろこんでもらえたようだ。


「ああ、もうこんな時間ですね。みなさんもおそろいのようです。本日のお蔵番をお伝えしましょうか」

 やれることはやった。

 固唾を呑んで、志教が口を開くのを待つ。

「本日のお蔵番は、ジョシュアさん。あなたにお願いしたいのですが」

「光栄です。ありがとうございます!!」

 しかし、呼ばれたのは自分の名前ではなかった。

 お兄さんも、ご主人も、それからケン坊も。

 三人ともそろって落胆の表情を浮かべた。

 とにかく早く。なんならすぐにでも飛んで帰りたいと言っていた三人は、今日のお蔵番にかけていた。

 もちろん、自分も剣士もそうであったが、三人の熱の入れようは相当なもので。絶対にお蔵番をもぎ取ってやるという熱意にあふれていた。

 それでこの結果が出れば、落胆して当然というものだろう。


 けれども、自分はさらに待った。

 何しろ、()()()殿()が指示した作戦だ。この作戦が間違っていたとは、到底思えなかった。

 ジョシュアというのは、さきほど自分たちにからんできた男の名前だったようだ。

 さっきの一件が尾を引いているのか。うれしそうに志教の手をとり、感謝を伝えているその男を、お兄さんが冷ややかな目で()めつけていた


「それから、サミーさん」

 来た。

 内心でつぶやきながら、一歩だけ前に出る。

「昼食会へのお招き、ありがとうございました」

 遠慮がちに「いいえ」とだけ応じて、静かに息をはいた。

 志教のそばでは、ジョシュアと呼ばれた男が、何か言いたげな顔をしていた。

「新たに "泉" へお越しになった方もおられます。せっかくなので、今宵は習学者のみなさまと志教で、懇親会を行いたいのです。準備をお願いできますでしょうか?」

 ケン坊が飛び跳ねかけたのを、ご主人が大あわてで抑えつける。


 志教の話を聞き、()()()殿()がいけそうだと判断した。

 やってきた指示にしたがい、笑顔をしまってから困り顔を浮かべた。


「じつは、昼食で材料を使い切ってしまいまして……」

 まいったなという顔を作ったら、志教は心配いらないという風に微笑み、祭服の胸元に手を入れた。

「それなら、蔵から必要なだけお持ちなさい。ジョシュアさんも、どうぞこちらへ」

 言われるがままに手を差し出す。すると、それぞれの手に真新しい鉄の鍵が置かれた。

「懇親会の準備を終えましたら、返却ください」

 「はい、承知しました」と応じて、退出する志教と習学者たちを見送る。


 ひとがすっかり掃けたあと、全員で炊事場に戻り。無言を保ったまま、互いの手を高くあげて軽快に合わせた

 第一作戦は、見事に成功である。

 お蔵番になれなかったのは残念だ。でも、蔵の鍵さえ手に入れば、いくらでも動きようはある。

 ではさっそく、つぎの作戦に移るとしようか。


 そう考えたとき、胸に小さな違和感を得た。

 違和感というか、ずれのようなもの。水の波紋ほどのささやかな感覚は、成功の高揚にかき消され。瞬きのあいだに姿を見失った。

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