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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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即席食堂

「はいはい! みなさん、できるだけ詰めて座ってくださいよ!」


 お兄さんが、呼びこみをするときのように声を張った。

 さすがは商売人である。

 人さばきのうまさと、要領の良さには、思わず感服してしまう。

 話を聞いたとやってくる人々を、お兄さんがいい具合に座らせていく。

 仲の良さそうな人たちは向かいに。ひとりでやってきた人たちは斜向いに。しかも、配膳するときにうまく動けるよう、適度な空間を空けておいてくれるのだ。

 席についた人には、八百屋ご主人とケン坊が、順に配膳をする。こちらも「この青菜は、いまが旬だ」と、野菜の説明に余念がない。

 おかげで、即席の食堂ではあるが、それなりの(にぎ)わいとなっている。

 商売人というものは、みながみなして大変器用にできているようだ。つぎの春には、自分も仲間入りの予定である。けれど、果たして、こんな風に立ち回れるだろうか?

 ……ちょっとばかり。いや、まったくもって自信がない。


「こりゃ、すげえ!」

「いやはや。久々にまっとうな食事にありつけたな」

 ()()()殿()の采配は、見事なまでに大当たりだった。

 皿に残されていた残飯を見て、もしかしたらいけるかもとは思った。でもまさか、ここまでの大当たりとは思ってもみなかった。


 考えてみれば、そうなのだ。

 この "泉" に連れてこられるのは、だれも彼もが男性である。

 一般に、男というものは、家事炊事にうとい。それは基本的に女の仕事とされているのだ。

 連れてこられたひとのなかに、料理人がひとりもいなかったというのも、女神の思し召しなのかもしれない。

  "泉" のなかにも食堂はあれど、ほとんど使われていなかった様子。自分たちが足を踏み入れたときには、そこかしこにほこりが積もっていた。

 火も入っていなければ、水も汲まれていない。

 食材こそそろえられていたものの、調理が行われた形跡は一切なかった。乾物が入っていた荷箱ばかりが中身を減らし、肉や野菜は手つかずの状態。

 時折、志教たちから食事の差し入れがあったらしい。しかし、さすがに毎日ではなかったという。

 ()()()殿()の指示にしたがい、大量に昼食をこしらえた。

 時間的な余裕がなく、何品も用意はできなかった。仕方なく、今回は具だくさんのスープに焼いたパンだけ。「これでも何とかいけるだろう」という予想を大きく上回り。ほこりだらけで閑散としていた食堂は、もう座席の八割が埋まっている。




「手際がいいな」

 剣士は、炊事場の壁に背を預けた格好のまま。スープとパンの用意に追われている自分を、ただ眺めていた。

「ありがとうございます」

 せっせと手を動かしながら、とりあえずの礼を伝える。

「近頃の術具屋では、食事も出しているのか?」

 剣士の言葉には、つねに独特の険と圧が含まれていた。話せば話すほど、このひとの前で油断してはいけないという気分にさせられる。

 一度、食事を用意する手を止めて。下がってきていた外套(がいとう)の袖を持ち、もう一度、腰に強く巻きつけた。

「いろいろありまして、食堂で働いていたことがあります」

「……ほう」

 こういうときは、本当の話をするのがいい。

 ただし、本当は言うけれど全部は言わない。これが肝要だ。

 くり返し開かれていた男たち会合で、よく使われていたこの戦法。隠し事だらけで息苦しいいまの自分にとって、思いがけない恵みとなっている。

「剣士さま。サミーはこう見えて、石頭で意地っ張りの家出小僧なんですよ。この町に来たのも、故郷のおふくろさんと喧嘩して――」

「ああ、カイさん。この皿もお願いします」

 ひょっこりと戻ってきたお兄さんに、盛り付けたばかりの皿を、ぐいぐいと押し付けた。

「へいへい。そんな怖い顔するなって、な?」

 へらへらと笑いながら、食堂に戻っていたその背中を見送り。調理中から気になっていたことを、声を潜めて剣士に問いかけた。


「あの方は、どうされたのです……?」

 目線だけで示した人物は、ひとり炊事場の隅にうずくまっていた。

 自分たちがここに来たときには、すでにこの姿勢で隅に座りこんでいたはず。あれからけっこうな時間が経ったというのに、いまも微動だにせず。自身を抱き込むような格好で、ずっとうずくまったまま。

 あのひとの分も、食事を作ろうか。

 いや、具合が悪いなら病人食をこしらえた方がいいか。どうしたらいいかとたずねたら、剣士が「ああ……」と言葉をもらした。

 自分たちの話が聞こえたのか。食堂から帰ってきたばかりのご主人が、剣士に代わってこっそりと事情を教えてくれた。


「あのお人はね、ちょいと前に内省室送りにされたんだよ……」

「内省室?」


 ご主人につられて、自分の声も自然と小さくなった。

「そう、内省室。 "泉" のどこにあるんだかもわからない、謎の部屋なんだ。あそこに送られた人は、みんなして人格が変わってしまう。急に神への信仰にのめりこんだり、あのお人みたいにおびえきって、口も聞けなくなったりね」

 ご主人は知っているかぎりの話をして。その小さく丸い姿を見つめながら「……おかわいそうなことだよ」と、憐憫(れんびん)をもらした。

 ご主人が説明を終えると、今度は剣士が密やかな声で語りはじめる。

「さんざん教義室には入れられたがな。反抗ばかりしている私ですら、内省室には送られたことはない。どのような理由かは知らないが、むごいことだ」

 むごいという言葉のとおり。よくよく見れば、そのひとはうずくまりながら震えつづけていた。

 おととい、内省室から出てきて、それきりここから動かなくなってしまったのだという。


「でも、剣士さま。あなたは、なぜ大丈夫だったのですか?」

 見ていられなくなって、話の軸を違う場所にうつした。

 そうしながらも、意識はべつのところに飛んでいた。

 あれから時間が経ったけれど、いまもニーザス神官の姿が見えない。邪教の徒にとって、パルシュナ教会の澪尾神官(シェルヴァ)は、間違いなく敵にあたるだろう。もしや、内省室送りにされてるのではないかと、心配になってきた。

 自分のなかでむくむくと湧いてきたそれを、そうとは知らずに切り捨てたのは、混髪の剣士だった。


「あちらに何某(なにがし)かの事情があるようだ。いまは、内省室の鍵が開かないらしい」

「開かない?」

「理由は不明だが。私が来てから、内省室に送られた者はいない。何しろ、志教のやり方に逐一反発している私が無事だからな。鍵が開かないというのは、おそらく事実だ」


 そうか。

 なら、ニーザス神官もきっと無事でいるはずだ。


 自分は、あのひとの力となるという責務を負っている。一刻も早く、ここを抜け出したいけれど。 "救援札" の件だけは、どうしても捨て置けない。

 お蔵番となれば、志教の部屋にも、ほかの鍵がかかっている部屋にも出入りができる。松明代わりに取りつけられている、炎豪の輝尚石を交換に行くという仕事があるからだ。


 とにかく、()()()()()()()()()()()を演じて、今日のお蔵番に選ばれることが第一。

 その第一目標を達成したら、蔵の輝尚石をケン坊に流しつつ、連れ去られたままニーザス神官を探し出す。

 ニーザス神官と合流できたら、 "救援札" について早急に確認をして。できるならいっしょに町の術具屋を目指す。

 それから、術具屋の高士に取りついで、ついでに鎮成と隠匿を込め直してもらう。


 朝出発したときより、少し……いや、かなりやることが増えている。

 しかし、弱音をはいている(ひま)などない。自分は絶対に、師父への弟子入りを果たさなければならないのだ。




 うず高くなってしまった数々の目標を見据えつつ、剣士との会話にもどる。

「内省室が開かないとしても……。何度も反抗していては、危険ではありませんか」

「そうだろうな」

 スープの具合をたしかめながら話をふれば、剣士はそれが何だというような返答をした。

 脱出希望者のまとめ役をこなしている剣士。そんな彼の行動をとがめるのも、どこか気が引けた。けれども、大事なまとめ役を失えば、町への道がさらに遠のいてしまう。

 できるだけ安全に配慮して欲しいのだけれど、剣士は気にするつもりがないようだった。

「いま、私たちがやれることは、非常に少ない。奴らを斬り伏せてやろうにも愛剣がない。脱出しようにも力がない。道も見えず、手も足も出せない時間は、もどかしく、()(がた)い。こういうとき、思い出すようにしている言葉がある」

 めずらしく多弁になった剣士に興味をひかれ、つと顔をあげた。

「やりたいこと、すべきこと、選ぶべきことがわからない。そんな時は、自分が絶対にゆずれないことを追えばいい――と。(こら)え性がない私のために、父が残した遺言だ」

 壁に寄りかかりながら、どこでもない場所を見ている剣士。

 その目には、なつかしい日々が浮かんでいるようだった。


「どちらにせよ、私はもう目をつけられている。鍵が戻れば、内省室送りは確実だ。だが、君だけは引っかからないように気をつけてくれ。われわれの大事な隠し玉だからな」

 剣士は、かつてから視線を外し、自分の目を直視しながらこう言った。

 その発言に「ええ」と返したとき、食堂のほうから、やや大きな声が響いてきた。

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