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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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お蔵番

 甲高い悲鳴から一拍おいて、幼い声が部屋にひびいた。

「いったあ! また、ぶつけちゃったよ」

 背後の通風孔から姿を見せたのは、見覚えのある少年だった。

「ケン坊!?」

 お兄さんが声をかけると、少年はぶつけたばかりの頭をさすりながら、くったくのない笑みを浮かべた。

「あ、カイ兄ちゃん? サミー兄ちゃんも!」

 「まいど」と挨拶してきた少年に、「まいど」と返す。

 これは、商人同士がする定番の挨拶だ。

 表向きは、武器商人に弟子入りしているという話になっているし。架空の実家も、商家ということにしてある。

 そのため、周囲にばれないよう、できるだけこなれた風に挨拶を返している。それなりに様になっているのは、悪徳商人殿のおかげだと思っている。


「ケンや。持ってこれたかい?」

 八百屋のご主人が声をかけると、少年は自慢をするように手のなかのものを広げて見せてきた。

「うん、おっとう。今度は三つも持ってこれたよ!」

 八百屋の息子――町の人々からケン坊と呼ばれている少年の手には、言葉のとおり、三つの黄ばんだ輝尚石が乗っていた。

 息子の手にあるものを確認し、うんうんとうなずいた八百屋のご主人は、混髪の男にこう問いかけた。

「剣士さま。こいつをサミーに見せてもいいですかい?」

 話の流れを想像していなかったのだろう。

 問われた相手は、さもいぶかしそうに自分を見てきた。

「彼に?」

「ええ。じつはね、この子の実家が術具をあつかっているとかで。けっこう輝尚石に詳しいようなんですよ」


 これも、先生が考えてくれた自分の設定のひとつである。

 輝尚石や術具は、民にとっては高級品。

 まだ成人したばかりの若造が、あれもこれもと持っていれば、なかにはおかしいと感じる者も出てくるだろう。

 だが、実家が術具屋という話にしておけば、違和感を払拭するのに困らない。家業ならば、持っていても知っていて当然――と、みなされるからである。

 ちなみに、この設定を使うときの口上も決まっていて、今回の場合は――


上物(じょうもの)のあつかいはありませんが、行商人に卸すような品でしたら、よく知っています」


 と、答えるようにと言いつけられていた。

 ぐうたらな師父の助言どおりに答えれば、相手の顔から警戒の色が抜けた。

「見てもらえるだろうか」

 どうやら、とりあえずの信頼は得られたらしい。なかなか便利な口上である。

 このひとは、周囲を緊張させるような独特の威圧感をもっている。

 悪人ではなさそうだ。

 しかし、どうにも油断できないような印象がある。さきほどの立ち回りを考えても、あまり警戒されたくない相手だと思えた。

 いまは協力的な姿勢を見せて、信頼をかせいでおきたい。

 このあと、どう動くかまでは考えが追いついていない。けれど、剣士と呼ばれたこのひとを敵に回したくない。そういう相手だと、本能がささやいていた。


 革鞄から木の棒を取り出して指でつつき、ケン坊から手渡された水晶にかざす。

 本当のことを言えば、手にもつ前に輝尚石の正体はわかっていた。でも、普通はわかっている方がおかしい。だからこそ時間をかけて、さも調べていますという風を演出する。


 心のなかで、ゆっくり十数えてから、じれったそうに待っていたケン坊に答えを伝える。

「……これは "癒しの陣" ですね。こちらのふたつは "流水の陣" 。力は弱いようですが、飲み水としてなら使えます」

 事実を伝えた途端、少年の顔が露骨にしおれてしまった。

「…… "転送の陣" じゃないの?」

 さきほどとは打って変わって、しょんぼりとしてしまったたケン坊。かわいそうであっても、事実を変えるわけにはいかない。

 いかにも残念そうな子供に、転送ではないことを改めて伝えると、今度は唇がとんがってしまう。


「なあケン。こんな高価なもの、どこから拾ってきたんだ?」

 鑑定が終わるのを待っていたらしいお兄さんが、当然の質問をケン坊に投げる。すると、唇をとんがらせたままの子供が、さきほど出てきた通風孔を指差しつつ、「蔵だよ」と答えた。

「蔵?」

「うん。そこの穴から入れるんだ」

 息子の不十分な説明を、八百屋のご主人が補足する。

「 "泉" のなかにはね、隠し通路のような横穴が、そこらじゅうに空いているんだ。こちらの剣士さまが出てきたのもそう。ほとんどが、大人には入れないような小さい横穴だけどね。この子なら、楽に出入りできる。だから見張りがいないときを狙って、志教たちの蔵から持ってこさせてるんだよ」

 父親が説明しているうしろ側で、鑑定結果に不満があったらしい子供が、ますますいじけをひどくしていっている。

「あーあ。また空振りかぁ。いつになったら "転送の陣" を見つけられるんだろ?」

 いじけにいじけ、小さく丸くしゃがみこんでしまったケン坊。

 親子の会話を聞いているばかりだった剣士が、すっかり小さくなった少年の横にひざをつき、傷跡が残る大きな手で頭をなでた。


「ケン。いままで持ってきたものは無駄ではない。のちにかならず必要となる。その三つは、いままでとは違う場所を探して、うまいこと隠しておいてくれ」


 混髪の剣士が言うと、ケン坊の気分はすこしばかり回復した様子だった。

 しょぼくれは残っているものの、「わかったよ、剣士さま」と応じて、鑑定した輝尚石たちを引き取りにくる。

「ほかにも輝尚石があるのか?」

「うん。オイラいっぱい集めたんだよ」

 小さな両手に三つの輝尚石を抱えたまま、ケン坊は少しだけ胸を張る。

 そんな子供に、酒屋のお兄さんは両手を合わせ、申し訳ないんだけどと話を切り出した。

「ひとつ都合してもらえないか。さっき "もぐら" から落とされたとき、足をひねってさ……」

 頼まれた子供は、父親ではなく剣士の顔を見やった。

 その仕草だけで、関係性が理解できた。

 輝尚石集めを主導しているのは、やはりこの剣士であるようだ。

「もちろん、傷を治すのはかまわない。ただ、足を痛めたふりはつづけて欲しい。怪我が治っていては、志教たちに不審がられる。君たちは何も知らない。ここに来たばかりでまだ混乱している。そのうえ怪我もしている。ここに馴染むには、まだ時間がかかる……そういうことにしておいてくれ」

 剣士の頼みに、ふたりで了承を返す。


 話がついたのを見計らって、八百屋のご主人が「ついておいで」とお兄さんを呼んだ。

「カイや、包帯を巻いておこう。その方が、誤魔化しやすいだろうからね。それから、ほかの輝尚石もサミーに見てもらおう。もしかしたら "転送の陣" とやらが混ざっているかもしれない。……剣士さま、それでよろしいですか?」

「かまわない」

「カイはこっちにおいで。ケンや、その輝尚石を、こっちに持ってきなさい。サミーはここで待っていてくれ。包帯を巻き終わったら、いままで集めたもの奥から出してくるから」

「いっぱいあるからがんばってね、サミー兄ちゃん!」

 立ち直ったケン坊の、元気いっぱいな励ましに、右手を振って返した。

「わかりました。まかせてください」

 よかった、うまくいった。

 安堵しかけたとき。場に残った剣士から、切れ味のある言葉が飛んできた。




「若いのに目が利くな」


 その声は、さきほどよりも低く、小さなものだった。

 荒い言葉遣いではない。けれども、強い圧がある。


「あれだけの早さで、輝尚石の強度まで視られる者は、そういない」


 言われて、思わずぎくりとした。

 ゆっくりと数えたつもりだったのに、まだまだ早かったらしい。

「ありがとうございます」

 内心のあせりを隠して返答をしてみたものの、心臓の騒ぎまではおさえきれない。

 この人は、とても鋭い。

 正体がばれないよう、会話にも注意していかなければと、緊張を高める。

 あせりや緊張も悟られてはいけない。面布の下で、静かに呼吸を整えながら、表情を崩さない努力をつづける。


「ひとつ聞く。パルシュナへの信仰はたしかか?」


 剣士が出した問いには、鋭い刃が潜んでいた。

 この質問は、絶対にはぐらかせない。半端な答えも危険だ。

 そう直感して、相手の目をしっかりと見返した。

「わたしたちといっしょにきた神官さまが、志教たちに連れて行かれてしまいました。あの方は澪尾神官(シェルヴァ)です」

 剣士のひたいを隠している、色あざやかな布。

 その布が作り出した影のなかに、燃え盛るまなざしがあった。

 剣士がもつ瞳は、燃えるような夕日色。心身の強さをあらわしているかのような瞳には、疑心に似たものが見え隠れしている。

「わたしは、あの方をお助けしたい。そう考えています」

 瞳の奥にある、剣士の心に向けて言霊を出すと、剣士の表情がわずかに和らいだ。


「私には事情があってな。できるだけ早く、町へ戻らなければならない」

 淡々と語った相手に、自分も聞いておきたいことがあった。

「それは、あなたが兵士だからですか?」

「いまは回答できない。これを答えの代わりとさせてくれ」

 すぐに答えを返してきた剣士の顔には、迷いが微塵(みじん)も浮かんでいない。

 それでも、いまの返事で腑に落ちた。

 この人は、ただの剣士ではなく兵士だ。

 国軍にしろ、領兵にしろ、兵士であるならば、悪党に(くみ)することはない。きっと、澪尾神官(シェルヴァ)の救助にも、手を貸してくれるだろう。

 お互いが本当を語らずとも、大事な部分の確認ができたなら、この状況では十分だと思えた。

「奇遇ですね。わたしも急ぎの用事があるのです。早く町に帰る方法と、神官さまをお探ししたいと考えているのですが……」

 相手も、いまの会話で最低限の確認ができたようだ。

 今度は、余計なものを取り払った、直球とも感じるような話題を出してきた。




「私を含め、 "泉" から出たがっている者が何人かいる。だが、われわれを監視している志教たちは、全員が輝尚石を使う。 "泉" に連れてこられたとき、武器はすべて没収されてしまった。丸腰では真術に対抗できない

 話題と態度を一変させた剣士は、音を立てないように歩き、外をのぞける場所へと移動していく。

「しかも、志教のなかには、真術をあつかえる者がひとりいる」

 外の様子をうかがいながら会話をつづける剣士に、こちらも直球で応じることにした。

 危なっかしい会話ではある。けれど、そうでしか伝わらないこともあると、感覚で理解していた。

「真導士ではなさそうですよ」

片生(かたなり)だ。こう呼べば、精通している君ならわかるはずだな?」

 一切の遠慮がなくなった会話。

 楽だと思える反面、危険度がぐんと上がった。

 しかし、こちらの方が断然話がしやすい。言葉を選びながらの会話は、機転がきかない自分にとって、どうにも負荷が高いのだ。


「ケンが持ってこられる輝尚石は、蔵の通風孔の近くに積んであるものだけ。数も一度に三つがせいぜい。そのうえ、武力とならない種類が多い。片生相手にやり合うことを考えると、いまのままでは効率が悪すぎる」

 三人が戻ってくる前に、情報を伝えきろうとしているのか。

 剣士の口調が、いきなり速くなった。

「長居をすれば、洗脳される者も増えていく。現に、昨日今日と、 "泉" の人数が減っている。いまは敵意がなくとも、相手は邪教の信徒。いつ本性をあらわすかわからない。早急に、志教に対抗できるだけの輝尚石。もしくは "転送の陣" を入手したい」


 そういうことか。

 ケン坊が転送にこだわっていたのは、剣士から教わったためだったのだろう。


「輝尚石は蔵にある。蔵には鍵がかかっていて、志教のほか、かぎられた者しか入れない」

「かぎられた者?」

「日替わりのお蔵番だ」

 お蔵番と復唱すれば、剣士は外をのぞいた姿勢のまま、こう答えた。


「お蔵番は、習学者の間で、信仰心を競わせるための仕組みだ。心映えがすばらしい。もしくはよく学べていると、志教が評価した者だけが選ばれ。特別に、蔵の鍵があたえられる」

 蔵の鍵を持つ者は、その日にかぎり、蔵と各部屋の行き来が許される。主な仕事は、各所に設置された輝尚石の交換だという。

「選任されるのは、決まって昼食のあとだな」

 剣士は、志教連中にさんざん反抗してしまったらしい。

 そのため、どうあがいてもお蔵番は狙えない。また、できることなら、あの親子に危険なことはさせたくないとも語った。

「君は、輝尚石の鑑定ができる。この役目にうってつけだ。やれそうか?」

 質問の(てい)であったものの、これは決定事項だと感じた。さらにいえば、話を聞きながら自分が考えたのと同じ内容でもあった。

 なので迷うことなく、了承を伝えた。

 剣士の言うとおり、八百屋の親子にはさせたくない。そして、できるならお兄さんにもさせたくない。志教のなかには片生がいる。もしもを考えれば、自分が引き受けるのが一番いい。


「これからの短時間で、どうにか志教たちに取り入るしかないのだが」

 ここで、剣士の言葉がはじめて途切れた。

「もう昼食の時間が近い。何か方法があれば」

 壁に身を隠すようにしながらも、木枠だけの窓から階下を眺めている剣士。彼にならい、自分も反対側の壁にはりついて、そっと階下をのぞきこんだ。


 階下には、まばらながらも人影がある。

 志教と呼ばれていた者たちの姿はない。連れてこられた習学者たちが、地下の広場で好きなようにくつろいでいる。

 その光景を眺めていたら、ふとひっかかるものを見つけた。

 談笑をしていたらしきふたりが、席を立ったのだ。いまのいままで彼らがいた卓には、汚れた食器がそのまま残されていた。

 食べきれなかったのか。もしくは気に入らなかったのか。皿のうえに、彩りが足りない食事が、半分も残されている。

 それを見ていたら、ずっと沈黙を守っていた()()()殿()が、ひさびさとなる号令を頭のなかで発した。


「剣士さま。ひとつだけ、試してみたいことがあります」

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