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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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夢見

 修行地に来てから、よく見る夢がある。

 ベロマの夢だ。

 たったの一度だけ、実習で行った青果の町。

 あの町の地下に囚われていた、あわれな亡骸たちが夢に出てくるようになった。


 どうしてだろう?

 あれから、何ヶ月も経っている。いまになって、なぜあの場所を思い出すような夢を見るのか。

 夢を見はじめてから、何日も悩んでみたが、いまだに原因がわからない。

 しかも、あの町の夢を見たあとは頭痛が出る。今日は頭痛に加えて背中の寒気がひどい。

 ()け布団にくるまり、寝床のなかで丸くなってみた。

 しばらく丸くなっていたけれど、ぶるぶると震える背中に我慢ができなくなった。寝床に残りたがる心を叱咤して、布団から脱出する。


 抜け出た途端、襲いかかってくる寒気を気力でこらえて。箪笥(たんす)から、厚手の羽織物(はおりもの)を取り出した。

 町の古着屋で、男物として売られていたしぶい色の上着。寒冷地仕様で、もこもことしているそれを羽織(はお)っても、まだまだ寒かった。

 さらなるあたたかさを求めて、視線を暖炉まで滑らせる。すすけた暖炉に向かって念じれば、奥で輝尚石が輝き、(たきぎ)に着火した。

 暖炉に火が入ったことで、ほんの少しだけ部屋の寒さが和らいだ。鏡台の前に座って、起き抜けの自分を確認する。


 顔色は悪くない。

 眉間にしわが寄っているくらいで、顔自体はいつもどおり。

 よかった。風邪をひいたわけではなさそうだ。

 頭痛からくるしわを深めながら、鏡のなかの自分とにらめっこをしていたら、足元で鳴き声した。


「おはよう、ジュジュ」


 声をかけると、頭の奥がずきりと痛んだ。

 とっさに目をつぶり。両手をこめかみにやって、痛みをやり過ごす。


 本当におかしい。

 こんなにしつこい頭痛がつづくのは初めてだ。夢を見て泣くことはあっても、締めつけられるような頭の痛みが出たことなど、過去に一度だってなかったのに。


 ああ、まったく困ってしまう。

 風邪でもないから薬も飲めないし。あたたかくするくらいしか、やりようがない。

 しばらくじっとして、自分の内側に集中する。

 胸の奥からは、つねにふたつの音が聞こえている。ひとつは心臓が発っしている音。もうひとつは、大切な宝である神授(しんじゅ)の杖が発している音。

 鼓動と同じように鳴っている音は、心にやすらぎを運んでくる。その心地いい音を聞いていたら、透明な何かが勘に触れた。

 予感を抱いてぱっと目を開き、真上をうかがう。


 もちろん、自分の真上には天井しかない。いつ確認してもそうだ。わかっている事実をたしかめたくて、視線を送りつづける。

 しばらくそうしていたら、足元にいたかわいい子が、心配そうにふたつほど鳴いた。


「……大丈夫。なんでもない」

 そう、なんでもない。

 この痛みは、起き抜けだけ。朝一をやり過ごせば、もう大丈夫。

 それに、この感覚もきっと気のせいだ。だれもいない部屋で視線を感じるなんて、錯覚としか思えない。


 気がつけば、頭から痛みが去っていた。

 もう、動いてもよさそうである。

 まずは、手早く髪を編みあげた。いつものように編みあげた三つ編みは、普段よりもわずかに(ふく)らんでいる。これは、()え髪を含めているためだ。

 ()え髪は、未婚の女性である証。

 つまり、()え髪を下げていると、すぐに娘だとわかってしまうのだ。


 修行地は、里の保護下にはない国の領域。

 聖都ダールのように憲兵いてくれたり、真導士に手厚い守護があれば気にしなくてもいい。しかし、聖都ほど守りが厚い場所というのは、国内でも数えるほどしかない。

 この地の領主は、民からの信頼があるとは聞く。領地内の町や村に、領兵の派遣もされている。それでも聖都と比べれば、守りが手薄く感じてしまう。


 修行地は、領地内でもとくに、人気(ひとけ)がないと言われている土地。

 身の安全を考え、常日頃から男装するようにと、師父(しふ)から言いつけられている。


 男装するなら、()え髪を隠すのは絶対だ。

 慣れない髪型だからか、こぼれ髪が出やすくて困っている。

 やっぱり今日も、はらはらと落ちてきてしまった。いい加減、なれないとと考えつつ、布を手にとる。

 ひたいにあてる布は、男性がする額飾(ひたいかざ)りの真似事。ついでに、ちょっとした仕込みがある。

 この布を巻けば、たとえ真眼を開いていても、外に気配や光がもれなくなるのだ。

 布を通して真力や真術を出すと、普段より力が削減される。それに、真眼を開いた真導士を相手にすれば、さすがに誤魔化せないらしい。けれども、民しかいない場所ならこれで十分なのだとか。

 真眼を(おお)い隠すように布を巻いたら、いつもの帽子をかぶる。

 そろそろと出てきた髪を、しっかりと押しこんで。最後に大事な腰布を巻いて、とりあえずの支度は完成だ。


 外出するときは、ほかにも術具が必要になる。変声するための面布や、いざというときの術具――なんてものもある。

 でも、今日は外出の予定がないので、これだけで十分。


「さあ、居間へ行こうね。朝ごはんを作りますよ」

 言ってしまってから「あっ」と思った。

 ジュジュを相手に、敬語を取る練習をしているのに、油断するとすぐもどってしまう。

「やってしま……やっちゃったね、ジュジュ」

 ぺろりと舌を出したら、からかうような高い鳴き声が返ってきた。


 修行地に来てから十日目。

 この日の朝は、のちに起きる騒動の予感などまったく感じられないほど、静かにゆったりとはじまった。

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