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 放課後、今日も今日とて、練習は軽めにしてもらい、別の小学校のサッカークラブに行ってみようと思ったときだった。「あ、梨桜、あんたにお客さん」

 寮母の光葉さんから、玄関で呼び止められた。

「お客さん?」

「えぇ、小学生っていうか、外人さんというか――」

 あぁ、なんか心当たりがある。でもなんで、ここに来たんだろうか。

「とりあえず、寮の入り口で待たせているから」

 私はそちらへと向かうことにした。


「あ、怪我大丈夫ですか?」

 寮の入り口で待っていたのは、サラだった。松葉杖をついている私を気遣ってくれたのか、私の方へと駆け寄ってきたが、

「あ、今日も出かけようと思っているから、そのままでいいよ」

 と、私のほうから彼女に近寄った。

「それで今日はどうしてここに来たの」

 それに、時間的にもお母さんたちが心配しているんじゃないの?

「今日、チヅルと勝負したいって言いました。でもあの子嫌だって」

 昨日の今日だというのに、もう言ってきたのか。なんというかブラジル人だなぁ。

「それでリオにお願いがあります。チヅル、どうしたらワタシと勝負してくれますか?」

「サラは、千鶴さんがどうしてサッカーが嫌いなのにあんなに上手いのか知ってるの?」

「マタロウから聞きました。ワタシそれでもチヅルが上手いって思っています。だってワタシはその人を知りませんから、だからチヅルとその人を比べるなんてことはしません」

 私もそれは千鶴さんのプレイを見ていて思った。

 というよりも、そもそもプレイスタイルが違うんだ。

 私とましろさんはどちらかといえば、サイドバッグというよりはリベロという、今は珍しい攻撃にも参加するDFに位置していた。

 逆に千鶴さんもサイドバッグに位置しているけど、自分からはボールをとって、パスを送っても、自分からゴールを狙おうとはしていない。どちらかといえば、アシストに秀でている部分がある。

「サラ、あなた得意なポジションは?」

「サッカーができればどこでもいいですが、トバートはあまりしたくないです」

「トバート?」

「オゥ、キーバーのことです。キーバーも走れますけど、ほかの人たちは手が使えません。だからあまり遠くまでいけません」

 うーん、あるいみ野生児って感じがしてきたなぁ。だから本能的に千鶴さんがすごいって素直に思えたのだろう。「ということは、ポジションにこだわっていないと」

 というか固定されていなかったって気がしないでもないけど。

「そういえば、サラさんって璃庵由に通っているから、家はその近くなのよね?」

「んっ? はい。家は学校からそんなに離れていません」

 そうかそうか。それだったらちょっと考えが浮かび上がった。

「実はさ、私、千鶴さんのおねえさんと勝負したことがあってね」

「おぉ、生き証人がここにいました。チヅルのお姐さんもサッカーをやっていたんですね」

 生き証人って、あんまり聞き心地よくないなぁ。「それでどんな人だったんですか?」

「すごく上手かったよ。なにせ私の憧れの人に勝ったからね」

「おおおおおお、さすがチヅルのお姐さんです。でもなんでチヅル勝てないって思っているんですか? その人とはもう勝負できないんですか?」

 サラは興奮しながらも、キョトンと首をかしげる。

「したくてもできないんだよ。その人――もう亡くなっているから」

「Oh――――…………」

 さすがに天真爛漫なサラでも、衝撃を隠せないでいるようだ。

「でもね、私が千鶴さんのお姐さんと勝負したのは、彼女が亡くなってからなんだよ」

「ゴースト?」

 目を見開くようにサラは口をあけた。「そんなファンタジーなことが」

「まぁ眉唾物ではあるけど、実際勝負した私がいうんだから。それにその人が練習していたときの映像をまだ持っていると思う」

 私はスマホを取り出し、和成おにいちゃんに電話をかけた。時間的にもう家には帰ってきているはずだ。

『そういうことだったら、今すぐうちに来い』

 承諾成功。

「それじゃぁサラ、いまから千鶴勧誘計画を考えるよ」

「おお、いよいよチヅルと勝負できるんですね」

 いや、まだ千鶴さんと勝負できるかどうかはわからないけどね。


 和成おにいちゃんの家のチャイムを鳴らす。「お、来たか」

 玄関のドアを開けた和成おにいちゃんが、私とサラを迎え入れてくれた。

「お邪魔します」

 家に上がりこんだ私とサラは、そのまま二階の和成おにいちゃんの部屋へと向かう。

 そして、和成おにいちゃんに事の件を説明した。

「ましろの練習風景を録画した映像を見せてほしい――か」

 けげんな顔で私を見る和成おにいちゃんに、「チヅルのおねえさん、どんな風なのか見てみたいです」

 サラが急かすように言った。

「もしかしてこの子も?」

「あははは、まぁね」

 私がそうこたえると、サラを見据える和成おにいちゃんは、ちいさく笑みを浮かべた。

「よっしゃ、ましろの説明するより、直接相手したほうがわかりやすいな」

 そういうや、和成おにいちゃんは椅子から立ち上がり、本棚の上におかれていたスパイクを取り出した。「えっ? スパイク」

 私がキョトンとしていると、

「高校でもたまに練習の時に呼ばれることもあるっていっただろ?」

 それはそうだろうけど。スパイクについた土埃を落としていても、ところどころに見える傷跡からして、頻繁に使っているのが目に見えている。

 つまり、体育の授業以外でも使っているということだ。

「おぉ、高校生と勝負してみたかったんです。どれくらい上手いか見ものです」

 そんなことお構いなしに、サラは興奮していた。


 私とサラは和成おにいちゃんの家からちょっと離れたちいさな公園に案内された。

 本格的なサッカーはできないけど、一対一の勝負するくらいは許されているくらいの小さな公園。

「ルールは?」

 運動靴から持ってきていたスパイクに履き替えているサラが和成おにいちゃんに問いかけた。

「オフェンスとディフェンスで交互に分かれて、俺を抜くか、ボールを取れればサラの勝ちだ」

 スパイクを履き終えたのを確認したのか、和成おにいちゃんはボールの下を右のトーで蹴り上げ、インサイドでサラの方へと蹴り流した。

 それをサラが胸でトラップし、ボールを右足の裏で止めた瞬間だった。

「――ッ!」

 突然ボールを奪いにかかった和成おにいちゃんから逃げるように、サラはボールをからだごとうしろへと流し、ルーレットの要領で抜き去ろうとする。「うらぁッ!」

 和成おにいちゃんは、そのうしろからボールを奪い取るように、右足で地面をえぐるようにスライドさせた。

「ッ!」

 サラはそれを取られないように自分のほうへとボールを右足の裏で流そうとしたが、

「キャァッ!」

 和成おにいちゃんとの力勝負に負け、サラさんは左肩から崩れるようにして倒れこんだ。ボールは横回転で転がり、すこし離れた場所でとまろうとしていたのを和成おにいちゃんが右足の裏で止める。

「ちょ、ちょっと和成おにいちゃんッ? さすがにいきなり過ぎない?」

 まだはじめとかなにも言ってないのに。「それに今のはファウルになるんじゃ?」

「直接相手を狙っているわけじゃないんだからファウルにならないだろ」

 それはそうだろうけど、っていうか小学生相手にそこまでする?

「それでサラ……、一回力負けしたくらいであきらめるか? そんなんじゃましろのことなんかひとつも教えられないなぁ」

 倒れこんでいたサラが、起き上がり、頭を振りながら、和成おにいちゃんを睨みあげた。

 いや違う。闘争心むき出しで笑みを浮かべていた。

「ぜんぜん、これくらいでへこたれるなんてバカバカしいです。カズナリ、絶対あなたからバールを奪い取って――」

 サラの言葉を待たずに、和成おにいちゃんはドリブルを仕掛けてきた。だから本気すぎるって。

 サラとの間合いを1メートル近くにしたところで、右足のアウトサイドでボールを右に流す姿勢を向ける。「こっちです」

 サラが右へと姿勢を傾けたが、和成おにいちゃんの右足はボールの内側から外側へとまわされた。つまりシザーズの動作なのだが――。

「ッ? 左?」

 即座にサラは左へと体勢を立て直すが、和成おにいちゃんは右足のインフロントと左足を使ってボールを掬い上げるようにかるく浮かせた。「なっ?」

 意表をつかれたサラは、体を再び右へと向ける。

「意外に足が長いな。でもな――それが弱点ってのも知っておけ」

 和成おにいちゃんは右のインフロントで、サラの伸ばしきった股座のすきまにボールを蹴り流した。

「もし、自分のうしろに相手チームの選手がいた場合、こういうことも起こりえるってことも考えておけ。一対一はあくまで取れるって自信がないやつとはするな」

 ボールは転々と転がっていき、公園のフェンスにぶつかって止まった。

「まだです。まだ勝負は終わってません。ワタシの知らない上手い人がいるのはすごく楽しいです」

 和成おにいちゃんの実力を直に感じたのか、サラは満面の笑みを浮かべていた。

 この子、ちっともあきらめていないというか、今でも和成おにいちゃんから勝とうとしている。

 それを見ながら、和成おにいちゃんは大きく笑みを浮かべる。

 やっぱり、和成おにいちゃんはサラの実力を一瞬で見極めている。だからこそ本気――とまではいかないにしても手加減はしないのだろう。

 やばいな――私もあの中に入りたくなってきた。

「あぁ、そうだ、その意気だ。それがサラと千鶴の大きな違いだ」

 大きな違い? と、私は和成おにいちゃんを見据えた。「ワタシとチヅルの違い?」

 サラもキョトンとしている。

「サラは俺に勝ちたいんだよな?」

「はい、そうです」

 サラはハッキリと言った。それこそ今すぐにでも勝とうと言う気持ちで。

「だが千鶴はそうじゃない。自分はぜんぜんましろ――お姉さんにかなわないと思い込んでしまっている」

 和成おにいちゃんがちらりと私を見た。

「それってな、サッカーにおいて、いやスポーツ全般においてすでに負けているんだよ」

 そのとき、私は後藤監督の言葉が頭によぎった。

 ――チームの中で勝ちたい、いや勝とうという覇気が見受けられなくなっていた。

 それって、もう諦めているって言っているようなものだ。

 勝負はまだ終わっていないのに、まだ勝てるかもしれないのに、勝ちたいというがむしゃらになる純粋な気持ちがなくなっているから、今のAチームは負けが続いている。

「サラ、お前から見てチヅルは自分よりも弱いか? 自分よりへたくそでサッカーなんか辞めてしまえって思うか?」

「ちょ、ちょっと和成おにいちゃん?」

 ギョッとした声で私が和成おにいちゃんに理由を問いただそうとしたときだった。

「…………」

 フェンス下に転がっていたボールをサラが右足のトーで蹴り上げ、それこそキーパーのパントキックをするように、和成おにいちゃんに向かって強いシュートを打ち込んだ。

 ボールが和成おにいちゃんのおなかを抉るように命中した。「うぐぅッ!」

 和成おにいちゃんはうずくまるように倒れこんでいく。

「和成おにいちゃん?」

 いくら挑発をしたとしても、さっきみたいみたいなボール、和成おにいちゃんだったら避けられたはず。……もしかして、わざと?

「チヅルがへたくそなわけないですよ。冗談でも二度とそんなことを言わないでください」

 闘争心どころか、殺意むき出しでサラは和成おにいちゃんに言葉を吐き捨てる。

「あぁ……、あのましろの妹だし、直接千鶴が練習しているところも見ている。あんなに練習している、いや純粋にサッカーが大好きなやつにへたくそなんていわねぇよ」

 それじゃぁなんであんなケンカ売るようなこと言ってるのよ?

「それとなサラ、今のはスピッティングっていう、相手の挑発に負けて取られるファウルな。冷静さを欠くと勝てるゲームも勝てなくなるぞ」

 それを仕掛けたのはいうまでもなく和成おにいちゃんだと思うんだけど――と、苦笑するのは頭の中だけにしておこう。

「おぅ、今後注意します。でも今のは仕方ないと思います。カズナリもへたくそだって言われて怒らないわけないですよね?」

 言うや、サラは肩を落としながら片眉をゆがめた。うんわかっているならしつこく言わないほうかいいか。

「俺は別に気にしないしな。というか全力でできない以上、上手いなんて思っていないし」

 和成おにいちゃんは、自虐するように、カラカラと哂ってみせる。それはそれでどうかと思うけど。

 ……キーンコーンカーンコーン。

 と、夕方五時を報せるチャイムが公園の中で鳴り響きはじめた。

「っと、そろそろ帰らないといけないんじゃないか?」

「おぉ、勝ち逃げですか? ずるいです。もう一回勝負ですっ!」

 勝負を終わらせようと促している和成おにいちゃんに対して、サラは夜遅くなっても、自分が勝つまで続けるといわんばかりに噛み付いていた。

「いや、さすがに――これから俺アルバイトなんだわ」

 苦笑を浮かべながら、自分のおなかをさすっている和成おにいちゃんを見て、

「そういえば、さっきのシュート、どうして避けなかったの?」

「避けたらそれ以上に侮辱だろ。せっかく自分と比べることができる子が近くにいるとさ」

 和成おにいちゃんは、それこそ脂汗を流しながら私を見据えた。

「別にポジションなんて関係ないんだよ。自分が勝負したいって思う相手がいるとさ。お前が梓と勝負したいって、襟川さんの指示を無視してまで勝負しようとしたのと一緒でさ」

 言われ、私はどうして裕香が私に負けたくないって思ったのか、なんとなくわかった。

 そしてサラが千鶴さんと勝負したいという気持ちも――。

 私たちも、サラたちも、勝負したいと言う根本的な理由は変わらないんだと思う。

 相手を認めているから、勝負がしたい。

 裕香がAチームの人たちに怒ったのも、チームの力を信じているから、それなのに勝てるかもしれない勝負を捨てたことが許せなかった。

 そんな純粋な気持ちがあるから、あんなに相手のことが自分のことのように許せなかったんだろう。

「あぁ、それから梨桜に伝え忘れていたけどな」

 なにを思い出したのか、帰ろうとしていた和成おにいちゃんは立ち止まり、私のほうへと振り返った。「伝え忘れ?」

 和成おにいちゃんを眇めるや、

「トライアウト……今度の日曜だから」

 と言い返された。トライアウトってことは、小学生クラブの入団テストのことを言っているのだろうけど。

 ――はい?

 突然すぎる言葉に、肩にかけていたポーチがずれ落ちそうになった。

 え? なにその突貫スケジュール。



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