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 公共バスとちょうど時間がよかったのか、町の福祉バスを乗り継いで、N市の南に位置するすこし古びた校舎が見えてきた。

 見ようによってはおばけが出るんじゃないだろうかというくらいに校舎の色が黒ずんでいる。

 私立璃庵由学園(りあんゆがくえん)……初等部。

 私と裕香が通っており、和成おにいちゃんも通っていた共学の学園。

 初等部なのだから、当然中等部、高等部があるのだけど、実は区内のそれぞれに分裂されていて、よほどのことがない限り、違う校舎の人と遭うことがない奇妙な学校だ。

「変わってないなぁ」

 私は校門の前で肩をすくめた。まぁ学校の外見が変わるほうがおかしい気がするけど。

 卒業したのが今から四年前かぁ……。

 学校自体は創立六十年以上らしいから、それくらいの雰囲気があるのだろう。

「さてと、サッカークラブはっと」

 たしか校内のグラウンドを使っていたはずだ。

 視線を校舎のほうへと向け、公道からそのままグラウンドに入れる小さな門に視線を向ける。

「おっ? ここまだ直してなかったんだ」

 門の鍵が普通のドアノブではなく、針金でとめるようなタイプ。

 昔からこういうものだったらしいのと、取り替える予算がなかったらしい。

「失礼しますよっと」

 そのドアの前に立つと、自分の胸くらいのところまでしかなかった。

 通っていたときは大きいと思っていたのだけど、それだけ自分の身長が大きくなったのだろうと、すこし感傷に浸ってしまった。


 門を開き、グラウンドに出てみると、

「フリーッ!」

 という、大きな声が聞こえてきた。状況からして八対八のミニゲームをしているようだった。

「フリーッ!」

 もう一度、同じ声が聞こえてきた。そこに視線を向けると、赤い6番のゼッケンをつけた体操着の着た、小学六年生くらいの男の子が、右腕を上げてアピールをしていた。

 ボールは、同じ赤い4番をつけている男の子。その前に白のゼッケンをつけている二人の男の子にパスコースをふさがれている。

「もらいッ!」

 白の子がボールをカットした。ボールはテンテンと先へと、おそらく赤のペナルティーエリアと思われる場所へと転がっていく。

 ボールが赤の2番へと転がる。髪をうしろに束ねた、身長一四二センチくらいの小柄な少女。

 ト…………ッ!

「――えっ?」

 私は一瞬なにがおきたのかわからなかった。

 ボールはたしかに赤の2番をつけた少女へと転がっていた。

 それが気付けば、きれいな弧を描きながら、先ほどまで「フリーッ!」と叫んでいた赤の6番の男の子が安心して取れるところまでセンタリングされていたのだ。

 普通、ボールが転がってくれば、それを止めてからパスを送るのがセオリーだ。

 だけど今のは、ボールの勢いを殺さないまま、右足のインフロントでカーブをかけてパスを送っていた。

 まるでそこに道がかかっているといえるくらいに綺麗な線。

「…………っ」

 赤の6番がボールをクリアし、そのままシュートの体勢に入る。

 白のGKが前に出た。DFの二人はGKがまんがいちボールを取り損ねたときのことを考えてうしろで待ち構えていた。

 今シュートするとかえって危ない。ここは一度うしろに下げたほうがいい。

「千鶴ッ!」

 赤の6番がそう叫び、白のペナルティーエリアにある半円――ペナルティーアークへとボールを蹴り上げた。

 そこには、赤のゴール近くにいたはずの、赤の2番がすでに走りこんでいた。

「しまったッ!」

「あぁもうッ! だれか千鶴をマークしとけよッ!」

 白の男子が一言二言文句を垂れ流す。

 いや、誰も責められるはずがない。

 一瞬だった。一瞬ボールの動きに気を取られていた白の選手が、DFラインにいた彼女を注視できていなかったんだ。

 それどころか、おそらくパスをした瞬間からトップギアで走りこんでいたのだろう。

 小学生――八人制サッカーは推奨だが横のタッチラインが68メートル、縦のゴールラインが50メートルのコートを使う。その半分を走ったとしても、赤の2番は相手の裏をかくように一瞬にして敵の懐に入り込んでいた。スピードスター以前の問題だった。

 いや、違う。自分が放ったボールがかならず赤の6番に渡り、自分にボールが来ることを知っていたからこそできたんだと思う。

 赤の6番から放たれたボールは、赤の2番へと渡り、右足のインサイドで蹴りだした。

 GKは赤の6番に注意がいってしまい、そのうしろのDF二人も「あっ」と声を上げた。

 三人のうしろを悠々とボールが通り過ぎ、ボールはゴールネットを突き刺した。

 審判をしているのだろう、メガネをかけた痩せ細った教師らしき人がセンターマークに手を示した。得点が入ったことの証明だ。

 最近はファウル以外で笛を鳴らすと騒音騒ぎになるらしい。世知辛い世の中だ。

「よっしゃッ!」

「ナイス千鶴ッ!」

 まぁ、得点を決めた赤の子供たちにそんなことは関係ないか。

 ひとり、またひとりと、相手チームのコートに入っていた赤のゼッケンをつけた男の子たちが、千鶴と呼ばれている赤の2番に声をかけていく。

 そんな中、千鶴はまるでつまらないと言った顔でうなずいているだけだった。

 私はそれを見ながら、あんなすごいプレイができているのに、うれしいどころかまるで怒られているようにいやそうな顔をしているのが印象的だった。


 子供たちの試合を見ていて思ったことがあった。

 ボールに気を取られているというよりも、DFラインにいる赤の2番が前線に上がってくることに油断していたことだ。

「千鶴ッ!」

 白の4番が放ったシュートをカットした赤の3番が、赤の2番――千鶴へとボールをパスする。それを同時に上がっていた白の8番がボールを奪おうと走りこんできた。

 千鶴はボールを右足からドリブルを始めると、ぶつかる一歩手前で突然ボールを右足の裏で止め、そのままうしろへと流すと同時に身体を回転させ、左足の裏でボールを後ろに流す。いわゆるルーレットと言われているフェイントの一種だ。

「クソッ!」

 白の8番がボールを奪おうと千鶴のゼッケンをつかもうとする。

 ルーレットの弱点はフィジカルが弱いと簡単に取られてしまうことだけども、千鶴はそのまま振り切るようにトップスピードで敵線へと走りこんだ。

「正也くんッ!」

 チームメイトの名前を叫ぶと同時に、ボールを蹴り上げる。

 ボールが落ちようとしているのは、白の2番と赤の7番がいる場所だった。

 二人はせめぎ会うように飛び上がった。

「おらぁっ!」

 空中戦を制した赤の7番が、それこそまさにドンピシャなタイミングでヘディングシュートを放った。

 それが意表を衝いたのだろう。白のGKが反応できず、ボールはてんてんとバウンドしながらゴールへと吸い込まれていった。

「もしかして、あの女の子が和成おにいちゃんの言っていた子?」

 直接プレイを見ていて確信できた。絶対あの子がそうだ。

 ――でもなんだろう。千鶴のプレイを見ていて、どことなく誰かに似ているとも思えた。


 試合は2-1で赤の勝利だった。どうやら私が来る前に白が1点入れていたらしい。

「それじゃぁ、今日の練習はここまで。各自しっかりケアをしておくように」

 顧問の教師の言葉に、「ありがとうございました」

 ミニゲームで疲れているはずなのに、それを思わせない子供たちの元気な声が遠くにいる私のほうにも響いてきた。うん、なんかいいなこういうのって。

「あぁ、それと(はた)――」

 顧問の先生が、赤の2番――千鶴に声をかける。

 あれ、畑?

 どこかで聞いたことがあるような。

「なんですか先生?」

「お前、クラブに入る気はないか? もう六年生だし、お前の実力だとすぐにスタメンも」

「すみません先生。ワタシはサッカーに興味がないので」

 頭を下げる千鶴に、

「そ、そうか。無理強いするわけにもいかないな」

 と、先生が困惑した表情でちいさく頭を下げている。

 そんな中、二人の会話を聞いていた私はおもわず困惑してしまった。

 ――興味がない?

 私は、千鶴の言葉が信じられなかった。

 どう見ても、サッカーに興味がない女の子ができるようなプレイじゃなかった。

 それこそ毎日、ボールコントロールの精密度をあげたり、走りこみをしないとできないプレイをしていたじゃない。いったいどういうことなんだろうか?

 あれ? そういえば、あのメガネの先生って――。


「もしかして、マタロウ先生?」

 私は思わず叫んでしまった。「んっ? 誰だ? 私をそんな名前で呼ぶのは」

 メガネの教師――間太郎(はざまたろう)は、けげんな顔で私のほうへと視線を向けた。

「も、もしかして――市澤さんか?」

「おひさしぶりです」

 私は小さく頭を下げる。

「先生、誰ですかこの女の人」

「ってか、すげぇかわいくね? もしかして先生の愛人」

 その場にいた男の子たちがいっせいに私とマタロウ先生の近くに集まりだした。いきなり何を言うかな、このマセガキどもは。

「ははは、彼女はこの学校の卒業生で先生が受け持っていたクラスの子だ。ちなみにリーズFCっていう女子サッカークラブに所属していた人でもある」

「おー、リーズっていえば、けっこう強いところじゃないか?」

 あら、私や裕香たちが抜けてからいい話は聞いてないけど、結構できているようだ。

「たしか、今はスクレイバーFCの下部組織に所属していたと思うが、練習は――」

 マタロウ先生は言葉を止めた。ようやく松葉杖をついている私の状態に気付いたようだ。

「あははは、ちょっと故障をしてしまって」

「先生、もういいですか?」

 マタロウ先生と話をしていると、千鶴がそう言ってきた。

「あ、そうだ。遠くから見ていたけど、あなたすごいサッカーが上手いわね」

「――どうも」

 千鶴はそう言いながらも、まるでそう褒められるのが嫌だといわんばかりに、私をにらんできた。

「どうしてそんな顔をするのかな? サッカーが上手いならどこのチームでも活躍できるんじゃ?」

「はぁ……、すみません。ワタシ、サッカーに興味がないんじゃなくて、嫌いなんです」

 ――嫌い?

「えっと、どういう――こと? だってどう見ても」

 千鶴が見せたプレイは、サッカーが嫌いな人が出来るプレイなんかじゃなかった。

 もしサッカーの神様がいたとしたら、その加護を受けているとしか思えないプレイだった。

「理由は――?」

「――お姉ちゃんを殺したから」

 千鶴はそう言い捨てると、それこそ逃げるようにその場から走り去っていった。

「お姉ちゃんを殺した?」

 どういうこと? お姉ちゃんを殺したってことは、千鶴さんのお姉さんはサッカーが原因で死んだってことになるけど――。

「んっ? 畑――千鶴?」

 その名前に、どこか聞き覚えがあった。

 そしてうっすらと似た名前を持った少女の面影が脳裏に浮かび上がるや、私はおもわず、その場に立ち尽くした。「ま、まさか――」

 もしかしてあの子――、ましろさんの妹?



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