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二章 謎の行動


 始の従妹千歳をどこかに消したであろう某は「犯人」と同義だ。始とヒバリは犯人が身代金やそれに等しい何かを要求するシナリオを拵えて(こしら     )いるのではないかという考えを同じくしていた。文字通り、ありがちなサスペンス小説の筋書きだ。

 朝を迎え、旅館を出発したヒバリに同行し、始は再び千歳の家にやってきた。山道側、千歳宅の門前に並んで三階建てを見据える。

「さて、どうしましょうね」

 始はヒバリを横目にジロリと見やった。

「目的もなく来たのかよ……」

「ボクは飽くまで調査役ですから」

 (てのひら)をひらりと翻して悪びれもせぬヒバリ。微笑以外の表情などないようだ。もしあっても微笑に滲み出ていたり、隠れていたりするので、表面的には微笑のままだ。

「ボクも何かしたいのはやまやまですが、現状では尽くせる手がありませんから、ね」

「『ね』じゃねぇよ。千歳に何かあったあとじゃ、取返し(とりかえ  )がつかないだろうが!」

 始が昨日ゆっくり休んだのは、今日彼女を見つけるのに朝から夜まで活動するためだ。待ってなどいられない。開け放たれた門を通って、伸びっぱなしの雑草が生えた庭に、足を踏み入れ、玄関に向かってズンズン進む。ヒバリが何もしないのなら自分でやるまでだ、と、始は息巻いていた。

 ところが、ヒバリがあることに気づき、

「ちょっと、待ってください」

 と、小さくも警告と解る声で始を止めた。

 振り向く始。ヒバリが物音を立てないような、器用な小走りで隣につけた。

「おかしいです」

「お前の髪型か」

 ヒバリが苦笑を滲ませた。彼の髪型は現在激しくウェーブしている。いつもの寝癖らしく出掛ける前に少し整えたが、今は見ての通りである。

「それもそうなんですが……」

 と、始のツッコミを否定はせず、ヒバリが微笑の中に緊張感を滲ます。

「昨日の帰りに、ボクは門を閉めておきました。さっきは開いていた」

「っ……、誰かがここに侵入したってことか」

 始は、否応(いやおう)なしに緊張した。始ほどではないがヒバリも緊張の色を覗かせている。

「今朝、組織から最新の情報が届きました。それには、千歳さんのご両親が渡航先に泊まるとした内容がありました」

「つまり――」

 二者はうなづき合う。

「ええ。侵入者は、今回の事件の犯人かも知れません。気をつけてください」

 ヒバリが注意喚起をすると、いよいよ始の緊張感は鰻上り(うなぎのぼ  )に急上昇した。

 ……まさか、こんなに早く犯人と面を合せようとは。

 始はゴクリと唾を吞んで、慎重に先行するヒバリのあとに続いた。

 歩が止めた玄関前。ヒバリが小声で始に告げる。

「家の中に、何者かの魔力反応があります」

 ……まさか!

 始は、ヒバリを押し退けて玄関扉に手を掛けた。昨日は鍵が掛かっていた古びた木目調の扉が、カタッと音を立てて簡単に開いた。軽率な行動だとは解っていたが、千歳に害を為した(な  )犯人がいるかと思ったら意識するより先に足が動いていたのだ。ヒバリの手が制止する前に始は屋内に駆け込み、

「!」

 飛び込んだ勢いを持て余しながらも、前のめりで足を止めた。

 その目は、小柄な少女の背中を捉えた。

 少女は始と同じく、今、来たばかりといった様子だ。廊下に片足を持ち上げた体勢で、声を漏らした始に気づいて振り向いた。

 始は「その顔」をじっと見つめ、胸がジンワリと熱くなる。

「千歳……」

 始の目先に佇む少女は、紛れもなく従妹の千歳であった。

「ハジメ君……?」

 千歳はキョトンとした顔で、始を見つめ返していた。

 見つめ合ったまま、しばらく石のように固まってしまった二人。

「これは――、どういうことでしょうね」

 始の後ろから、ヒバリが顔を出した。

 彼を知らない千歳が目にも留まらぬ速さでリビングに駆け込んだ。リビングからちょこっと顔を覗かせる姿は、中等部生徒とは思えぬ可愛さに満ちている。

「ハジメ君、その人は……?」

「あ、ああ、こいつか」

 千歳が無事だったことに拍子抜けしそうだったが、始はヒバリを示して応える。

「世界魔導師団の魔導師で、ヒバリ……、ヒバリ〜、なんだっけ」

 緊張の糸が切れたせいか名前をど忘れした始は、ヒバリに自己紹介をするよう顎で促した。

「ヒバリ・アスカです」

 と、ヒバリが快く自己紹介をした。

「ボクは彼に協力してもらっているんです」

 ヒバリがどこか遠い目で千歳を見ている。

「そ、そうなん、ですか?」

 千歳が半歩ほどリビングから出て、オドオドとヒバリを見る。人見知りの激しさは始も知るところだが、ヒバリに対してはその色が濃いようである。

 ……それもそうだ。

 ヒバリときたら相も変らずのデフォルト微笑を展開中。はっきり言って気持が悪い。

「――困りましたね」

 と、ヒバリが両手を持ち上げ、やれやれと顔を左右に微動させた。

「嫌われていますか」

「いや、気持悪いだけだろう」

 と、始はツッコミ。

「ふふふっ。君のようなおバカさんにいわれたくはありませんね」

 始に嫌みな細目を向けるヒバリ。軽率に家へ飛び込んだことを言ったのだろう。

「済んだことはいいだろ。千歳だったからよかったじゃないか」

「結果的には、ですよ。……まぁ、いいでしょう」

 ヒバリが始に微笑みかけた。

 ……顔が近いぞ、このヤロー!

 始は無言でヒバリの顔を押し返し、靴を脱いで家に上がった。

 すると、

「ハジメ君、待って!」

 と、千歳が制した。「お部屋、散らかってるから、外でお話しよう?」

「え、外で」

 千歳の気遣いは始には無用だ。昨日、窓越しに見たような埃っぽい空気を全く感じない。これなら半年掃除していない始の部屋のほうが、散らかっているに決まっている。……それに外は暑い。

 が、千歳の無言の視線が始を外へ追いやるまでに、そう時間は掛からなかった。

 ……オレ、弱っ。

 外へ出て炎天下に項垂れた(うなだ   )始は、心の中で自虐した。千歳の甘えるような目差(まなざし)は、始だけでなく彼女の両親も屈する威力がある。

 始の右隣に千歳、真後ろにヒバリがついて、旅館のある麓に向かって山道を下りていく。

「ハジメ君、どうしてここにいるの?」

 と、千歳が早速疑問を口にすることは、始でも予想できていたがしかし、何と言うべきか悩んだ。いい意味で驚かそうとしていたのが事実だが、そんな意図は(つゆ)と知らず、千歳は嬉しそうに笑っている。

 始は自分の浅はかなサプライズが、意図しない形で成功し、さらに「千歳が消えた!」と、驚かされてしまった身の上であるから、サプライズを構想していたなどとは恥しくて言えそうもない。

 結果、始は泣く泣く、背後のデフォルト微笑に眼力で助け舟を要請する羽目になった。

 威圧的かつ命令的に要請されたにも拘らず(かかわ     )、デフォルト微笑ことヒバリが嬉しそうに対応する。その対応力は突然に現れた銀行強盗を瞬時に制するが如く見事だ。

今日日(きょうび)のボクの仕事は地域の魔力流動の可変・不変の側面についての調査なんですよ。彼は一帯の地理を弁えて(わきま     )いるというので同行を求めた、ということです」

 ……魔力のなんたら、とか、よくもペラペラと口から出てくるもんだ。

 始には全く理解不能な話だ。ただ、ヒバリが言葉に詰まることなく言って退けたこれらは、根も葉もない嘘っぱち。千歳自身が自宅に魔法の影響を感じていないならあえて事実を伏せておくべきだろう。それは始の眼力がヒバリに要請したことに外ならないが、ヒバリの仙人めいた察しとハッタリには一目置いた上で、

 ……()な奴だ。

 と、目を眇めたのだった。

「そう、なんですか。ハジメ君は協力しているんですね」

 と、千歳がニコリと笑った。

「感心しなくていいぞ、千歳」

 虚言に感心する彼女がヒートアップしないように始は言った。普段大人しい千歳だが、始のこととなると感情の起伏が激しくなるのが昔からの常だった。

 ヒバリが面白そうに、内心では意地悪さを蓄えた声を発する。

「おやおや、いけませんね。千歳さんは君のことを褒めたいんでしょう。その気持を無視するんですか。ふふふっ」

「(こいつ楽しんでんな!)知るかっ」

 ヒバリから感ずる、「喜んで嘘を上塗りして話をややこしくしたいオーラ」を退散させるため、始は話の骨を折る。

「インチキ魔導師め。お前が魔法を使ってるとこ一度も見てないぞ。ホントに使えるのか」

「君は魔法に興味があるんですか」

「ちょっとは、な」

 なんとか話を逸らす(そ  )ことができ、少少気になるヒバリの魔導師としての実力を見られるかも知れないと、始は矢継ぎ早に言葉を投げる。

「見せてみろよ、お前の実力をさ」

 半ば(なか  )挑発と言える口調の始に、ヒバリが苦笑で応えた。

「申し訳ないんですが、ボクは『魔導師』です。『魔法』は使えません」

 冷静な物言いで、ヒバリが告げる。

「ボクは魔導師。魔法的現象を道具の力で扱うのが専門で、ボク自身には魔法を操るほどの魔力がないんです」

「そうなのか」

 意外といえば意外だ。始は、魔導師なら強い魔力を持っていて、魔法を使いたい放題なのだと思っていた。実際はヒバリのような魔力が希薄(きはく)な者が多いと、ヒバリが合せて説明した。

「強い魔力を有し、機械や道具に頼らず魔法を行使できる〈魔術師(まじゅつし)〉は、現代では非常に(まれ)な存在なんですよ。特に時や空間を操るような魔術師はなおのこと稀です」

 と、いうヒバリの講釈を聞き、始は一つ悟った。千歳の家を風化させたのは「時間を速める魔法」だとヒバリが言っていた。ということは、今、彼が講釈中に言った非常に稀な魔術師が、千歳宅を風化させたということなのだ。

 ……いったい誰がやったんだ。

 一番の謎はそれだが、ヒバリに訊いたところで今は応えられまい。始は千歳との会話に集中した。無論、口から出任せのヒバリの嘘を見破られないように、始らしくもない慎重な会話だ。慣れないことをして覚束ない口ではあったが、なんとか旅館まで持ちこたえて千歳と別れたのだった。

 昼にも至らない時間である。

 客室の窓辺。始は、小テーブルを挟んでヒバリと向かい合って座った。川底を透かしてキラキラと陽光を返す渓流に、涼しい風を運ぶ窓から目を落としていた。

「嘘をつくのはあんまり気持が良くないな……」

「ボクも同じ気持ですが、仕方のないことですよ」

 始にそう言ったヒバリは平素の微笑を顔面に貼りつけていたが、なぜだかもどかしげに口を開こうとしてはやめて、また口を開こうとしてはやめてしまう。

 嫌みな彼には似つかわしくなく煮えきらない態度に、始はしばらくしてから対応した。

「何かいいたいことでもあるのか。あるなら、さっさといえよ」

 切り出さない話題を促して始はヒバリを一瞥(いちべつ)し、渓流へ目を戻した。そうすると、ヒバリが窺い(うかが  )口調で話を始めた。

「朝、君は千歳さん宅の雑草の様子を観たでしょう。いま思えばあれは妙です」

「何がだ」

「草の状態です」

 おかしなことを言う。

「草が伸びきってたのは魔法のせいなんだろ。お前がいったんじゃないか」

「いえ、ボクがいっているのは草の成長具合ではなく、庭全体の草のありようです」

「よく解らん。はっきり、解るようにいえよ」

「はい」

 間を置いて、話し出す。

「ボク達が千歳さん宅に入る際、門が開かれていたことは覚えていますね」

「千歳が開けたんだろ」

「ええ、恐らく間違いありません。そこで、一つ疑問が生じます」

 始がヒバリに目を向けると、彼は人差指を立てた。

「千歳さんはいったい、どこへ行っていたんでしょう」

「朝の散歩だろ。以前、オレが泊まったとき、一緒についていったことがある。日課なんだとさ。帰りに千歳もいってたろ」

「日課ですか。疑問が消えません。なぜなら、昨日あの家は、確かに無人だったのです」

「それは……、たまたま、千歳が出掛けてただけなんじゃないか」

頑な(かたく   )ですね」

 ヒバリが微笑の中に、哀れみに似た寂しさを覗かせた。

「決定的なことをいいましょうか」

 ヒバリがそう言って立ち上がり、窓枠に手をついて山麓(さんろく)一帯の風景を眺めた。

「昨日ボクは千歳さん宅を一人で調査していました。ボクが調査を開始したのは正午頃。君が千歳さん宅を訪ね、屋外を調べ始め、一旦去ったときから直接出会うまでずっとボクはあの家を監視していたんです」

「おまっ、見てたのかよ……!」

「すみません」

 微笑で頭を下げるヒバリに憤らないでもないが、話に続きがあるようなので始はグッと怺えた。

「ボクが観ていた限りでは、彼女は昨日、一度も帰宅していません」

「夜に帰ってきたとも考えられるだろう」

「夜は燈もない山道を通ってですか」

「確かに街灯はないけど……地理があるから大丈夫だろ」

「ありえません。それは君もよく解っている。違いますか」

「ああ、千歳は夜に一人で出歩くようなヤツじゃ……」

「無駄です」

 と、ヒバリが始を制した。途端に始の口から、言葉が出なくなった。

「……夜」

 と、ヒバリが呟くように言ったのは、しばらくの沈黙を置いた後のことだ。

「君が眠ったあと、ボクは再び千歳さん宅に監視をしに行っていました」

 始は無言で、目線を小テーブルの上で彷徨わせ(さまよ   )ていた。

「千歳さんは魔力を持っています。目視しなくてもボクはそれを感じることができるので、帰宅していなかったのは確かです。そうなると、必然的に、『朝の散歩』はありえません。無論、昨日正午以前から先程までの間、一人で散歩、あるいは外出など、常識的に観ても一三歳がすべき行動ではありません。君も解っていることでしょう……」

 ヒバリが、再び間を作る。

 始はその間に、なんとか、気持を落ちつけることができた。それを見計らっていたヒバリがベストなタイミングで告げる。

「千歳さんは確かにいなかった。なのに、ボク達が想定していた某かに拉致されていた様子が全くありませんでした」

「……ああ」

 ヒバリの指摘した点を、彼とのやり取りの途中で始も気づいていた。認めたくなかった。某が存在し、千歳宅で何かした証拠を隠滅するために魔法を使った以上、その存在を千歳が認知できなかったはずがない。千歳が認知していない様子だったのは、長時間、家を留守にしていた以外に理由がない。

「千歳は……どこに行ってたんだ」

 千歳は品行方正だと、始は思っていた。ヒバリの話や実際の出来事を考慮すると、品行方正を欠いているように思えた。

「千歳が魔術師と接触してなかったのは不幸中の幸いだったけどな」

 と、始は言った。

 ところが、ヒバリの考えは違うようだった。

「ここで、庭を覆った草の話に戻ります。ボク達が通ったあとに草が倒されて道になっていました。ですが、ボク達が通る前、千歳さんが通ったはずの道がありませんでした。妙です」

「千歳は見ての通りちっこいからな。草が折れるほど踏み倒せなかったんだろう」

 と、始は意見した。なぜか一瞬驚いたように目を開き、ヒバリがうなづき返した。

「そうですね」

「どうかしたのか」

「いいえ、やにわに目が痒くなりまして」

 と、言うのと、もとのおおらかな微笑に戻ったのは同時だ。「それでも妙だと思いませんか。千歳さんの外出・在宅何如(いかん)に拘らず、彼女の魔力反応にボクが気づかなかったのはどういうことでしょう」

「お前の実力不足なんじゃないのか」

 と、始は上目遣いで詰って(なじ    )やった。

「それもあるかも知れません」

 と、ヒバリが否定はしない。

「だとしても、千歳さんがどこに行っていたのか、やはり疑問を抱かざるを得ません」

「まあ、な……」

 それはご尤も(もっと   )だと、始はうなづいた。

 始とヒバリは、千歳宅を中心とした一連の動きを整理した。

 事の発端は、某が暗躍した空白の時間。千歳が始との通話を切った昨日の三時頃からヒバリが調査と監視を始めた同日正午頃の間、この間に千歳が姿を消したのは確かだ。また、世界魔導師団の情報部が「時間操作による風化」を感知したのは、ヒバリによれば同日六時半頃。なお、肝心の某の足跡は摑めていない。

 次に、唯一、某と接近したはずの千歳の動きだ。千歳が消えた空白の時間のあと、ヒバリの監視によって昨日正午から夕方までずっと家に帰ってこなかったことが明らかだ。並びに始が眠りについた昨日二二時頃から本日六時頃までも、千歳は家を留守にしていた。千歳が家に帰っていたと目される時間はたったの二つに分けることができる。昨日、始達が旅館に戻ってからヒバリが一人で再び監視についた夜の「約六時間」と、ヒバリが旅館に戻り始と同行して三度(みたび)の調査を開始するまでの「三時間弱」。この二つだ。実際、千歳は後者の時間帯に家に戻ったところ、始達と対面した。

「いまさらだけど、推理小説みたいな成行きになってるな。探偵にでもなった気分だ」

「ボク達にとっては日常ですよ」

 始の発言を、ある意味で一蹴してヒバリが話を再開した。

「さて、もう気づいたでしょう。千歳さんは、一生徒としてはあまりに睡眠が足りない行動をしています」

「そうだな」

 一つ目の時間帯が六時間ほど、二つ目の時間帯が三時間弱。外出先にもよるだろうが、人見知りの千歳が、そうそう他人の前で寝たりはしないだろう。よって、家に帰ったときしか寝ていないと予想できる。しかも千歳が家に帰ったかどうかは定かでない。

 これらのことから某が千歳宅を風化させた理由が解らなくなった。始達の予想では、某は千歳を人質に身代金を要求するはずだった。ところが、人質になっているはずの千歳は某の手の範囲外で実情の摑めぬ謎の行動に興じている。

 某の痕跡が全く判らない以上、始達が執るべき行動は自ずと限られた。

「千歳さん宅を風化させた魔術師を捨て置くわけではありませんが、ただでさえ某についての情報が少ない今です。被害者側である千歳さんの行動を追ってみるのも一興(いっきょう)です」

 ヒバリが始を見る。「君はどうしますか」

「行くに決まってる」

 始は体温で熱した籐の椅子から立ち上がり、部屋を出ようとした。

「あ、待ってください」

 ヒバリが、時機悪し(じきあ )に止めた。

 始は顰めっ面(しか    つら)でヒバリを振り返る。

「なんだよ」

「組織と連絡を取りたいので、少し待ってください」

「連絡」

「ええ。朝・昼・夕・夜、それと必要に応じて幾度と情報を送受しています。事件の解決には不可欠なんです」

 なるほど。

 千歳が何をしていたのか気になる、と、いう(よこしま)な興味を持ってしまっている始だが、それ以上に、千歳の家にちょっかいを出した輩が気に入らない。某を捕まえられるなら始は喜んでヒバリに協力するつもりだ。

「解った。オレはロビで待ってる。早く来いよな」

「ええ。一〇分以内に合流することを確約しますよ」

 ヒバリとうなづき合い、始は一足先に部屋を出た。




――二章 終――




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