一話 女騎士『レティシア』
両親が二泊三日の旅行に出かけているので、思いっきりエロゲをプレイしようと思う。
八月に入り猛暑が続いているが、今日は朝から雨が降っていたこともあり、比較的過ごしやすい一日だった。真夜中になっても、雨の勢いはとどまる事を知らず、自宅の屋根を激しく叩いている。
俺は自分の部屋でパソコンにインストールされたエロゲを起動する。立ち上がるまでの時間がもどかしい。
『敗北女騎士 凌辱の果てに』
この魅惑のタイトルを発見したのは、つい先日の事だった。
いつも通りフラフラとネットサーフィンをしていると、いつの間にかフリーゲームを扱うサイトに迷い込んでいた。とはいっても、置いてあるゲームは一つしかなく、サイトのデザインもチープなものだった。
しかし、公開されているゲームのスクリーンショットを見ると心を奪われた。
実写と見紛うほどに描き込まれたグラフィック。木々の葉の一枚一枚がつややかに表現されており、枝葉の間から差し込む陽の光も、照らされている地面の土も、本当にその世界があるのだと錯覚するくらいだ。フリーゲームとしては異常ともいえるほどのクオリティだと思う。
特に、目を奪われたのはこのゲームの主人公。
女騎士レティシアだ。
背中に流れる金髪は絹糸のようにきらびやかで、穏やかな川を連想させる。少しだけつりあがった青色の瞳は、力強くもあるがまだ幼さも見て取れる。キャラクター紹介によると十七歳だそうだ。同い年ということで、感情移入度もうなぎ上りだ。
期待に胸を膨らませていると、モニターにタイトルが浮かび上がった。俺はコントローラをしっかりと握り、モニターに顔を近づける。
外は相変わらずどしゃ降りだ。時折、夜空には稲妻が走り、雷鳴が耳をつんざく。
「……うるさいなぁ」
ヘッドホンを装着し、余計な音をシャットダウンする。
モニターに目を向けると物語のストーリーがテロップとなり、下からスクロールしてくるところだった。
ゲームの内容はたった一人で剣の修行に出ていたある国の女騎士が、祖国の危機を風のうわさで知るところから始まる。近道である迷いの森には、醜悪で強靭なオークが闊歩しており、迷い込んだ旅人を襲っているのだという。急いで祖国に帰りたいと願う女騎士は、不安を覚えながらも迷いの森へと足を踏み入れる。
テロップが流れ終えると、主人公のレティシアがゆっくりと迷いの森へと足を踏み入れる映像が流れ始めた。
ジャンルはアクションゲームだ。
レティシアが剣を振るたび、しなやかに宙を舞う髪の毛が、陽光に反射し美しく輝いている。銀色に輝くプレートメイルがレティシアの体中を覆っているが、わずかにその隙間から見える二の腕や太ももが、俺の目には扇情的に映る。
……この女騎士が、醜悪なオークにあんなことやこんなことをされてしまうのか……。
もんもんとした思いを抱きながら、迷いの森の中を進んでいくと早速、巨大な木の陰からオークが飛び出してきた。
豚のような顔にはぶつぶつとした黒いできものがあり、より醜悪さに磨きがかかっている。耳まで避けた口からはだらしなく舌が垂れ下がり、糸を引いてよだれがぽたぽたと地面に滴り落ちている。筋肉質の体には申し訳程度に動物の革でできた鎧を身にまとっているが、股間の大事なところは隠しきれていない。
戦闘開始だ! とコントローラを握る手に力が入るが、オークはその醜悪な顔に笑みを浮かべ、レティシアに突撃してきた。
オークはレティシアの体めがけ、手に持ったこん棒を振りぬく。
まともに一撃を受けたレティシアは、人形のように宙を舞い、地面に何度も体を打ちつける。モニター左上のヒットポイントバーが八割ほど削られ、赤く点滅していた。
「えっ……マジで? 強すぎないか?」
序盤の、しかも初めての敵に対して、こんなに苦戦するなんて……。グラフィックは目を見張るものがあるが、戦闘バランスはよくないのかもしれない。
あっけにとられる俺を尻目に、オークは動けないレティシアに対し、こん棒を打ち下ろした。残りのヒットポイントバーは跡形もなく消え去り、レティシアはぐったりと、地面に体を横たえる。
「いやぁ、無理だってこんなの」
俺が不満を口にすると、オークはレティシアの両腕をつかみ、体を持ち上げた。レティシアの体中を舐めるように見ると、オークは赤黒い舌をのぞかせる。
『くっ……殺せ』
苦しそうな表情で、レティシアはかすれた声を出した。
正直、プレートメイルの下にあるレティシアの柔肌には非常に興味はあるが、凌辱とか、無理やりとかそういった強引なのは俺の趣味ではない。
そんな俺がこのゲームに興味を持った理由の一つに、ルートが分岐するところにある。
『ピュアルート』と『凌辱ルート』だ。
タイトルにも「敗北女騎士」とあるように、女騎士レティシアはオークに凌辱されるたび強くなっていく。清純な女騎士レティシアの奥底に眠る、淫乱な人格を呼び起こすことにより新たな力を得ていくという設定だ。
しかし、一度でもオークに凌辱されてしまうと『ピュアルート』は消滅してしまう。残るのは、数多くのオークに凌辱され続け、淫乱な人格を持って迷いの森を抜ける『凌辱ルート』のみだ。
サイトの説明によると、凌辱されたほうがより多くの経験値が手に入り、レベルも上がりやすくなるらしい。
『凌辱ルート』のほうがエロゲにふさわしいが、趣味に合わないのはしょうがない。とはいえ、モニターでは、オークの穢れた舌がレティシアの太ももを這っており、屈辱にまみれた女騎士の頬に赤みが差しているのを見ると、俺もちょっとどきり、としてしまう。
ああ、いやいや。見入っている場合ではない。
現在は凌辱シーンではあるが、新しいコマンドがモニターに出現している。
・祈る
・暴れる
・屈する
などなど、いくつかの選択肢があるみたいだ。
「屈する」はおそらく、凌辱シーンへと一直線だろう。ひとまず……。
俺は「祈る」を選択する。
『父上……母上……レティシアに力をお貸しください。この醜悪なオークを滅する力を!』
ピロリン、と軽い音が鳴ると、レティシアの体が淡く光る膜に覆われた。ヒットポイントが少し回復したみたいだったが、オークがレティシアの体を木に激しく押し付ける。レティシアは動きが取れないみたいだ。
うーむ。だったら「暴れる」だ。
『ビルゲート王国に措いて、騎士の称号を受けしこのレティシア・バルトホルト! オークなどに屈しはしない。いっそ殺せ!』
レティシアはじたばたと暴れるが、オークは全く意に介していない。ダメじゃん。
ハァ、と一つため息をつき、イスの背もたれに深く体を預ける。
ふと、外を見ると窓には激しく雨が叩きつけられている。
あまりの豪雨に窓が割れないかと心配になり、イスから立ち上がった瞬間――目の前が真っ白になるくらいの稲光が部屋中に満ちた。と、同時に雷鳴が鳴り響く。あまりの衝撃に俺は声も出せずに身を縮めた。ぅわんぅわん、と耳に残響が残る中、かすかに、バチッという音がパソコンから聞こえた。瞬間、モニターからは真っ白な濃い煙が噴き出し部屋中を覆う。
雷が近くに落ちたのか? パソコン! やばい!
慌てた俺は、パソコンの電源を切ろうとマウスを握る。
「……い、ってぇ!」
触れたそばから腕には電流が走り、腕がはじかれてしまう。その反動で、俺は座っていたイスから転げ落ちてしまった。もう一度、すさまじいほどの光と、鼓膜を激しく震わせる轟音。
俺は声も出せずに、真っ白な煙で覆われた部屋の中で這いつくばっていた。
そして、二、三度、部屋の中が強烈に光る。
「な、な、なんだよ!」
想像もしていなかったことに、俺の頭はパニック状態だ。視界の悪い部屋中を見渡していると、
「うげふっ!」
突然、硬くて重いものが俺の体に覆いかぶさってきた。
黄金色のさらり、とした糸のようなものが俺の顔をなでる。固く閉じてしまっていた目を開けると、そこには女性の顔が間近に迫っていた。
俺を見つめる澄み切った青色の瞳には、驚愕の感情が読み取れる。薄ピンク色の唇は細かく震え、いまにも叫びだしてしまいそうだ。きめ細かい肌には、しっとりとした汗と、砂ぼこりが交じり合い額や頬を汚していた。
目の前にいるのは、いま俺がプレイしていたゲームのキャラクター。レティシアだった。