8.オーナーの依頼
よろしくお願いします!
宿屋、妖精の止まり木亭。この街の中では人気な部類の宿屋で、主に新米冒険者を狙いとした値段設定が特徴だ。
オーナーであるクラウス・ハイトも元冒険者であり、よく後輩たちへのアドバイスを行っている。そのことも人気の一因だ。
要約するとこんな感じか。
……宿屋に戻った後、俺はモニカたちにこの宿屋について聞いた。どうやら、宿屋もクラウスさんも周囲からの評価は高いようだ。
「人気な店なんだな」
「そうだね。普通、余裕がなければ私たちみたいな雇い方出来ないだろうし」
「そりゃそうだ」
部屋を貸してもらえるだけでなく、食事もついてくる。それなのに、こうして働かなくていい時間もたくさんある。……絶対、元は取れてないだろうな。
「そういえば、そろそろ時間じゃないか?」
「そうですね。ロビーに向かいましょう」
時間というのは、クラウスさんとの話し合いの集合時間のことだ。
俺たちが冒険者ギルドから帰ってきた際、クラウスに話がある。と聞かされていた。
一体、何の話なのか分からないのが怖いな。やっぱクビにします。とかだったら笑えないが。
「来たね。まあ、座ってよ」
ロビーに赴いた俺たちは、先に椅子を用意していたクラウスに、着席を促された。
「失礼します。……それで、要件は何でしょうか」
「うん。実は、僕から君たちに頼みがあってね」
「頼み?」
とりあえずクビじゃなくてよかった。
「うん。最近、お客さんが多くなってきていてね、部屋に飾っている花があるんだけど、それの数が足りなくなってしまったんだよ」
「それを、採集してくれば良いってことですか?」
モニカはそう尋ねた。今までも、何度か似たようなことがあったんだろうか。
「そうだね。申し訳ないけど、僕は忙しくて動けないんだ。そんなに危険な仕事ではないはずだから、三人で行ってきてもらえないかな?」
「わかりました。いつもお世話になっているんですから。それくらいは当然です。ね? ナズナ」
「うん。当然です!」
ナズナが元気よく答える。
ってか、おい、俺の意見は聞かないのか。
「それじゃあ、頼むよ。三人とも。花は、明後日までにとってきてくれればいいから」
「わかりました。では、明日、向かうとします」
モニカは自信ありげに言った。多分、道わかってないな。
「じゃあ、地図などはありますかね? 大雑把なものでもいいんですけど」
「なんですかあなた。私のナビゲートが信用ならない。こいつ方向音痴だろ。みたいな顔してますね」
「そこまでわかってんなら自分の空間把握能力やらなにやらが足りないってことにも気づいてくれ」
「相変わらず失礼ですね! あなたって人は!」
「ごめん。それは事実だよ」
「ナズナ!?」
モニカが四面楚歌になった後、話し合いは終了した。
しっかりクラウスさんに地図を描いてもらい、一応の注意事項も教えてもらった。
明日は採集クエストだ。花精の森とやらに行けばいいらしい。
その後、初めて宿に泊まる俺は、クラウスさんに宿の施設を紹介してもらった。ロビーや、食事の場所、風呂の場所などを一通り教えてもらったのだ。
風呂。そう! 風呂だ!
ぶっちゃけ、異世界の文明レベルなんて……。と内心嘲笑していたが、この宿屋には風呂があるのだ。ついでに言うとシャンプーなどもあるらしい。
機械は魔法道具で、化学物質はモンスターの素材などで代用できるこの世界では、思ったより生活に不便はなさそうだった。
それはつまり、俺の知識チートの効果が薄くなったということでもある。しかし、いちいち自分で物を作るのは多分めんどいからやらなくてよかったな。
兎にも角にも、今は風呂だ。
「マジで天国か?」
俺はそう言いながら風呂に入った。この宿屋は共有浴場で、俺たちは客がいないときにさっさと入る。というルールになっているらしい。
というわけで、客が少ない時間である今、俺はこの男風呂を独占している。まるで貴族にでもなった気分だ。実質、目標達成だな。
だが、正直なところそんなこともどうでもいいのだ。野郎の風呂なんてサービスシーンはどこにも需要が存在しねぇ。
男、風呂、隣にはモニカたちのいるであろう女風呂。この配牌で、やることなんて決まってる。
「…………」
さあ……
祭りだ!!
俺は全速力で、男風呂を飛び出した。こんなに全力で走ったのは、高校三年生の修学旅行以来だ。その時も、とある理由で仲間の男子たちと一緒に、風呂場へダッシュした。
その作戦は、心無い教師たちの妨害により俺たちの夢は潰えてしまった。
だが! 今! 俺の行く手を阻むものはいない!
見えたぞ! 赤の生地に白で女と書かれた暖簾が!
颯爽とそれを潜り抜け、扉一枚をこじ開け、その先の楽園を!
「あ? 何で誰も……」
開かれた楽園。しかし、そこには人の姿は見えない。
瞬間、背後から強烈な殺気を感じた。
「遺言は、それでいいですか?」
「モ、ニカさん?」
背後に立っていたのは、モニカだった。ただ、いつもと様子が全然違う。全ての感情を削ぎ落し、ただただ俺をゴミを見る目で睨みつけている。
「本当に、警戒しておいてよかったです」
「いや待て! 誤解だ! 俺は騙されたんだ!」
「見え透いた嘘ですね! 死んでください!」
マズい。あの鉄拳を食らったら死ぬ気がする! 肉体的に!
「遺言を! 遺言を残させてくれ!」
「いいでしょう。聞きますよ」
よし、ここで、何とか許してもらえることを言えば……
いや、少し待て。何で俺が許してもらう必要がある? 俺はまだ未遂だ! 何も悪くなんてないのではないか!?
決めたぞ。どうせ何言っても殴られるんだろう。なら
「別に俺、お前のその貧相な身体に興味無ぇから。ナズナを見に来ただけだから。お前のことを見に来る野郎ってどんな性癖してんだよ。ってことで、チェン……」
「死ね!!」
モニカの鉄拳は、見事に俺の脳を揺らし、俺はそのまま意識を手放した。
一体、何がダメだったんだろう。