6.眠れる少女
よろしくお願いします!
「ふわぁ~。よく寝た~」
黒髪の少女は、自分がどんな目に遭っていたかすら知らないような呑気さで、目を覚ました。
「目が覚めた?」
モニカが黒髪の少女に話しかける。
少女は、未だに覚醒しきってはいないようだ。
「あ、モニカ。おはよう」
「……相変わらず呑気なものね。あなた、ゴブリンに攫われていたのよ?」
「ゴブリン? ゴブリンってあの?」
「そう。危ないところだったんだから」
「そんなことが……」
どうやら彼女は、攫われてからのことを一切覚えていないらしい。それが、良かったのか悪かったのかはわからないが。
あ、自己紹介でもしておくか。事情を知らないなら不思議に思うだろう。
「目が覚めたか。初めまして、俺はラインズ。よろしく」
少女は、俺の方へ向き直った。そして、不思議そうな顔を見せる。目が覚めたら知らない奴が部屋の中にいるんだからな。当たり前か。
「ラインズ、さん? すみません。どこかでお会いしましたか?」
「いや、面識はないよ。ゴブリンの洞穴の中でモニカと出会って、それから一緒に行動しているんだ」
自分で言っておいてあれだが、俺、完全に部外者だな。モニカはよく部屋に入れてくれたものだ。普通、街へ入って、はいさよならだろ。優しすぎか。
「ああ、なるほど。と、いうことは、あなたも私を助けて下さったのですか」
「そうだけど、そのことは別に気にしないでくれ。恩に着せるつもりはないから」
嘘だ。恩に着せる気しかない。
最初は優しくしておいて、あとから恩返しを取り立てていこう。
「ナズナ。気をつけて。こいつ猫被ってますよ」
モニカが妨害を入れる。一応、俺は顔だけはいいから、うっかりナズナが警戒を解かないようにしようという魂胆だろう。
「猫被ってるだなんて、ひどいな」
「その話し方やめて下さい。吐き気がします」
「もう。モニカったら、人にそんなことを言ってはダメですよ」
「ぐぬぬ……」
モニカは心底悔しそうにしている。ざまぁみやがれ。俺は隙を見て、モニカに渾身の煽り顔をお見舞いしてやった。コロンビアって感じのポーズ付きだ。
「それで、ラインズさんはどうしてここに? 何か要件があるのでしょう?」
「ラインズでいい。それと、敬語もいらない。歳は同じくらいだろ?」
とりあえずフレンドリーに会話したいところだ。これで、「え、嫌です」とか言われたら泣く自信あるが。
「わかった。ラインズね」
「ああ。そうしてくれると助かる」
「……じゃあ、私もナズナって呼んで?」
「わかった。よろしく、ナズナ」
「うん。よろしく、ラインズ」
ハイ! 第一関門突破! これで対等に話すことができる。
日々の会話から距離を縮めていこう。
それにしても、案外すんなりといったな。よろしくされたくないとか言われなくて良かった。
「それで、ナズナに用事があったんだ」
「何? 助けてもらった恩もあるし出来ることならなんでも……」
ナズナが言いきらないうちに、モニカが制止する。
「ダメよナズナ! その男に騙されてはいけないわ!」
「またモニカはそんなこと……」
「ん? 今なんでもって言ったか?」
「ほら見なさい! こんなに邪悪な表情を見たことある!?」
「確かに、ちょっと気持ち悪……」
クソ! 今何でも言うことを聞かせるチャンスだったろ! 完全にモニカに邪魔された。
「さっきからうるさいぞモニカ! 俺は今ナズナと話してんだ! 部外者は首突っ込んでくんじゃねぇ!」
「あ! 本性を現しましたね! 大体、あなたは何ナズナを口説こうとしているんですか! 気持ち悪さに磨きがかかってますよ!」
「お前も失礼さが磨かれすぎだろ! まるですり減ったお前の胸部みてぇだ! 断崖絶壁女ァ!」
「何を言いますか! これは別に通常サイズです! ナズナやら一部の人が膨張しすぎなんですよ! これくらいが謙虚でいいんです!」
「通常サイズ!? 笑わせんな! お前を見たとき最初男かと思ったわ!」
「な! それはさすがに嘘ですよね!? よね!?」
「あのー」
ハッ。と我に返る。それはモニカも同じなようだった。
「ラインズ。さっきとずいぶん話し方が違うね……?」
……終わった。これでは仲良くなるどころか話す機会すらなくなりそうだ。
「で、俺の要件だけど……」
「当然のように始めようとしてる!? いままでのことをなかったことにした!?」
「何を言っているんだ。本題に入ろう」
ナズナは驚愕しているようだ。よし、これなら幻覚だったで通せるか……?
「さすがに無理です。諦めてください」
「いや、諦めねぇ。これだけは諦められねぇ」
「なんでそこまで粘るんですか? 見苦しいですよ」
モニカ、いや断崖絶壁女は冷ややかな目で俺を見る。
しかし、ナズナは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「一応、要件だけ聞こうかな」
なんだと? なんて優しいんだ。そこの崖とは大違いだ。
「じゃあ……」
「どうぞ」
「俺も一緒にこの部屋に泊まらせてくださ」
「それはダメ」
「…………」
なぜだ。今のは成功するパターンだと思ったんだが。
「でも……」
「でも?」
「クラウスさんに聞けば、部屋くらいは貸してくれるかも」
「クラウスさん?」
誰だそれ。新ヒロインか?
「この宿屋のオーナーです。いくつか部屋は空いているはずなので、そこを貸していただけるのでは? ということです」
「なるほど」
まだ、希望は残っているんだな。
「よし、さっそく行くぞ!」
「え? いきなりですか?」
俺はモニカに返事もせずに、宿屋の主人のもとへ歩き出した。
◇◆◇◆◇◆◇
クラウスさんという人は、口ひげを携えた、人のよさそうな人物だった。
俺は、モニカを通して経緯を説明した。それはもう、事細かに、俺に都合の良く。
反して、クラウスさんの返事はあっさりしたものだった。
「あ、部屋を借りたい? いいよ」
「マジすか」
「うん。料金とかはどうする? 君も住み込みで働くかい?」
考えてみれば、当たり前だ。料金さえ払えば客だもんな。いきなり働くかと言われたのには驚いたが。
「いや、俺は、冒険者になろうと思っているので。その稼ぎで払います」
「そうか。じゃあ、今日の分。十ゼニ―になります」
俺は風呂敷から一枚の銅貨を取り出し、渡した。そういえばこの風呂敷もモニカの物だったか。……あれ、案外こいつも優しくね?
なんだかんだで助けてくれている気がする。
「ラインズ。あなた、冒険者になるんですか?」
流れるように宿泊の手続きが終わり、部屋に戻ろうかという時、モニカが俺に話しかけてきた。
「ああ。お約束だからな」
「何の約束を誰としたのかは知りませんが、パーティなどのあてはあるんですか? さすがに、一人でやるのは難しい仕事ですが」
「おう。もちろんだ」
「何か嫌な予感がしますね。ちなみにそのお仲間は?」
何を言っている。この街の俺の知り合いなど、限られているのに。
「お前ら」
「嫌です!」
まあ予想は出来ていた。そりゃあそうなる。
さて、とりあえずなんとか説得することからだな。




