60.双影
よろしくお願いします!
ドラゴンゾンビが、頭上高くの俺たちを睨む。
氷に身を封じられ、飛来する岩石群によって絶体絶命の危機だというのに、勇ましいことだ。
一方俺はと言えば、奴が蓄えていく魔力の流れを感覚的に理解しながら、真っ逆様に落下していた。
無論、隣のナズナとシンシアも同様に、パラシュート無しのスカイダイビングを敢行中だ。
度重なる冒険によって、もはや、俺は人間をやめていると言っていい。
大抵の冒険者と同様に、この肉体はかなり頑丈だ。
もし大事故があったとしても、着地による衝撃で命を落とす可能性は低いだろう。
問題なのは、普段、あまり体を張らない魔法使いの二人だが、これも手は打ってある。
そもそも、エレノラの支援魔法には、落下による衝撃を軽減する効果もあるのだ。
特に心配はしていない。
だが、やがてドラゴンゾンビが『竜の咆撃』を放てば、俺たちは着地どころではなく、消し炭になってしまうだろう。
一度見ているため、その尋常でない威力は理解している。
あのブレスは、視認してから何とかすることはできないと考えていいだろう。
「ちょっと!? ラインズ! 私たち大丈夫なんだよね!? 俺に任せろって言ってたもんね!?」
ナズナが、風のいたずらでスカートを捲られながらも泣き叫ぶ。
随分間抜けな姿だ。動画撮りたい。
「なあ、ナズナ。……もし、もしもの話だ。自軍の完璧な作戦を、相手が予想外の手で打ち破った場合。それは立案者の責任と言えるのか?」
「急に落ち着かないでよ! 余計に怖いから!」
「純粋な疑問だ。果たして、俺が悪いのだろうか?」
「もしもの話はどこ行っちゃったの!?」
俺とナズナがそんな禅問答にも等しい高尚な検討をしている内にも、ドラゴンゾンビは準備を整えたようだ。
牙と牙の間から漏れる殺人的な魔力には、思わず身も竦む。
張り詰めた弓を引き絞るように、ドラゴンゾンビはその顎を引く。
やがて、やや大きめの動作で射角を調節し、奴はこちらに向き直った。
徐々に開かれる顎門からは、口腔に充填された、濃厚な死の気配が剥き出しにされる。
俺たちが灰と化すまで、あと僅か。
「ちょぉぉ! ラインズ! どうにかして!」
「俺に言うんじゃねぇ! 俺がどうにかできるならとっくにしてんだよ!」
泣き叫ぶナズナと、声を荒げる俺。
何も話さず、観念したようなシンシア。
三者三様、これから訪れる災厄に怯えていた。
その、瞬間だった。
突如として、ドラゴンゾンビの頭蓋骨の、あちこちが爆ぜ飛んだ。
元々が巨大生物であるためか被害は軽微に見えるが、剥がれ落ちているのは人間の体ほどの骨。
それらが、二つの影が視界に映るたびに、バキバキという音を立てて崩れていく。
姿は捉え切れない。
しかし、次々と骨の破片は削り取られていく。
付与術でもかかっているのだろうか。見慣れた、あの技術独特の光が目に焼き付いた。
影たちは、手数の多さと最低限の攻撃力を両立させ、ようやく軽微な傷を負わせていた。
決して致命的な一撃ではないだろう。
ただの時間稼ぎか、陽動程度のダメージだ。
しかし、この瞬間において、それはただの陽動以上の成果を発揮した。
無防備だった横っ面に叩きつけられた高速の斬撃は、ドラゴンゾンビのブレスを中断させるのに十分すぎるほどの存在感を発した。
急襲に怯んだのか、ドラゴンゾンビは、俺たちへの対処とモニカたちへの対処で逡巡する。
その、一瞬にも満たない迷いが命取りだ。
直後、雪崩込んだ流星群と巨大戦斧に、ドラゴンゾンビは成す術なく呑み込まれていった。
あの巨躯が完全に埋まってしまうほどの物量。
小山が削られ、落とされたような、超常の光景。
まさに、災害そのものだった。
正直、俺でさえ見た目のエグさにちょっと引くくらいだ。
ドラゴンゾンビが土石流に押しつぶされているのを背景に、縦横無尽に飛び回るのは黒い影たちだ。
器用なことに、落下する岩石を足場に、こちらへ近づいてくる。
黒い影は流星群を掻い潜り、未だ空中の俺たちの前にひょっこりと現れた。
その正体は、布面積の小さい装備に身を包んだ少女、グレイだ。
あと、なんか貧相な肉体の女もいる。
「ナイスだグレイィ! 大好き最高愛してる!」
「……間に合ってよかった」
「ラインズ! 私も一応働いていたんですけど!?」
落下しながら、俺は手放しでグレイを称賛する。
なんか貧相な身体の女が文句を言ってきたが、まあ気のせいだろう。
それにしたって、やっぱりグレイはスレンダーで美しいなぁ!
作戦Mにおいて、俺は、モニカとグレイを独立遊軍という立ち位置に任命していた。
適当な言葉で濁してはいるが、要するに体のいい雑用係だ。
特に仕事が思いつかなかっただけである。
一応、与えておいた仕事としては、落下する魔法使い組の回収、サポートというものがあったが、別に いてもいなくてもそんなに変わらない予定だった。
それが、ここに来て命を助けられることになるとは。
「まあ、今回ばかりは助かったぞモニカ! 偉いな!」
俺は彼女の肩を掴み、グワングワンと前後左右に揺さぶる。
「人の体で八の字を描かないでください! 喜びすぎでしょう!」
「よかったよ! モニカ! 死ぬかと思ったぁ!」
「ナズナも、一緒になって私を回さないで!」
ナズナが深く息を吐きながら、モニカをグワングワンと回す。
見事なデンプシーロールである。
と、遊んでいる内にも、地面はすぐそこに近づいてきていた。
エレノラの支援魔法によって、自らのジャンプ力に耐えられるだけの落下ダメージ耐性は付与されているはずだが、如何せん高さが高さだ。
しっかりと両の足で踏ん張って……。
「ゔっ!」
クソ、グネった。
左右を見ると、ナズナ、シンシアの魔法使い組は、それぞれモニカとグレイに抱きかかえられ、安全に、軽やかに着地を決められていた。
失敗したのは俺だけのようだ。
「お前ら、無事か!?」
「大丈夫っすか?」
クルト、ケインが走り寄ってくるのが見えた。
「ガウェインのメンテしないと!」
エレノラが走り去っていくのが見えた。
…………。
腹は立つが、一応、無事を確認してからガウェインの様子を見に行った。と好意的に解釈していいのだろう。
背後に積まれた瓦礫の山からは、もう、ドラゴンゾンビが起き上がる気配はない。
これでまた蘇生したら、いよいよエレノラの自爆くらいしか攻撃手段が無いところだった。
本当に良かった。
エイゼン騎士団の奴らは、もう先を越されたことに気づいているだろう。
今後、出くわさないことを期待したい。
さっさとドロップアイテムを回収して、こんな場所からはお暇させていただこう。




