58.ゴング
よろしくお願いします!
極光を纏うガウェインは、ドラゴンゾンビを見下ろす形で宙空に立つ。
相も変わらず膨大な魔力量を誇り、それは未だに膨張し続けていた。
随分と隙が大きいようだ。
当然ながら、ドラゴンゾンビも彼を迎え撃たんと口腔に魔力を収束させていた。
その魔力は、アンデットらしく禍々しい光を帯びていた。
「エレノラ、ガウェインは何をしようとしてるんだ?」
俺は、傍らで目を輝かせる狂人に問う。
「多分、演算した中で一番相手にダメージを負わせられる魔法じゃない? ガウェインがどういう演算回路をしているのかは私にも分からないけどね」
「おい開発者」
「そんなこと言われても。私のやったことは、ただ1つ。機械に、ものを知りたいという機能、つまり知識欲を与えただけだよ」
「……エレノラ、今ここで死ね」
この期に及んでまだふざけていられるとは、随分と余裕だな。
俺はエレノラにアイアンクローを決め込む。
「っちょ! 痛いって!」
エレノラがじたばたともがく。
だが、簡単に離してやる気にはなれないな。
ふと、膨大な魔力の収束が収まりつつあるのを感じ取った。
俺たちがギャーギャーと騒いでいる内に、ガウェインとドラゴンゾンビの両名とも、大体の準備を完了したようだ。
青コーナー、ガウェイン選手。
彼は、その溢れ出る魔力量に比例したチャージ時間の長さのせいで、未だに術式が整い切っていないようだ。
あと、数秒というところか。
たった数秒、されど数秒。
対する赤コーナー、ドラゴンゾンビ選手は、ガウェインよりも規模が小さめの技ということもあってか、既に魔力の充填を完了。先制攻撃の権利を得た。
一瞬たりともガウェインに、時間を与えるべきではない。
そう判断したのだろう。
ドラゴンゾンビは空中で動かないまま静止したガウェインに向かって大口を開け、その口腔から漆黒の息吹を放射した。
竜種にのみ許された、全てを破壊し尽くす奥義、『竜の咆撃』。
他種族の紛い物とは一線を画す、正真正銘、本家本元のブレスだ。
竜種のブレスは、彼らが持つ特徴によってその性質を変化させる。
火竜なら炎、雷竜なら電気と、彼らはわかりやすくその生態に応じたブレスを吐く。
ドラゴンゾンビの場合はどうやら、周囲に毒のようなものを撒き散らす性質があるらしい。
漆黒の息吹は黒々とした霧のようなものを渦巻かせながら、その直線上の一切を薙ぎ払わんと突き進む。
射線上のガウェインは、未だに術式を構築する途中らしく、躱すこともままならないままその漆黒に飲み込まれていった。
ガウェインに毒がまともに効くとは思えないが、単純な衝撃だけでもその威力には目を見張るものがある。
多分、俺がもろに喰らったら数十回は死ねるくらいのエネルギーだ。
「エレノラ!? 大丈夫なのかアレ!?」
かつて、グレウスごときに傷を負わされたこともあるガウェインだ。
信頼し切るのはあまりよろしくない。
だが、俺に激しく肩を揺さぶられているエレノラの視線は、冷ややかなものだ。
「グレウスの時はクールタイムだったからって言ったでしょ。……まあ、見ててよ」
エレノラは煙幕に包まれた宙を指さす。
見慣れたニヒルな笑み。ムカつく。
漆黒の光線が途切れ、少しずつ黒煙が晴れていく。
現れたのは、エレノラの言う通り、傷一つないガウェインの姿だ。
そして、彼は完成させている。
俺たちも見たことが無いほどの、今打てる最高の聖天魔術を。
『竜の咆撃』は燃費が良いが、少し反動があるらしい。
殺人的、殺竜的な魔力量を前にしても、彼は防御行動をとることが出来ない。
そう、それは殺人的だった。
天使を模したかのような神々しい姿。
エレノラが精緻を凝らした一級の意匠。
その全てが肯定的な外観だというのに、何故かそれを恐れることしか出来ない。
とある小説家によれば、「人類の最も古く最も強い感情は恐怖であり、中でも最も古く最も強い恐怖は未知なるものへの恐怖である」らしい。
ガウェインは、この場にいる誰からも、恐れられていた。
人間も人外も、誰もかれもが彼を理解できなかった。
いや、若干一名、目を輝かせている奴いたな。
腹立たしさここに極まれりだが、そのメンタルは羨ましい。
純白の使徒は、光によって構築された両腕に、極光を放つ大剣を抱いていた。
彼は大上段にそれを構え直し、振り下ろす。
酷く洗練された動作だ。思わず見惚れてしまうほど。
そして放たれたはずの斬撃は、俺の眼には映らなかった。
文字通り、神速。
気が付いた時にはもう、ドラゴンゾンビの骨の体は、まるで元からそうであったかのように、すっぱりとズレていた。
相手に痛みを感じさせず、斬られたという事実すら認識させない。
まさに神業だ。
「聖天魔装、『神剣 ゼラム』」
エレノラが呟いたそれは、これを成し遂げた神器の名。
同時に、死して天界に送られ、剣になったとされる伝説の英雄の名前でもある。
少しの土煙さえ立たせずに、斬りたいものだけを斬る一閃。
ドラゴンゾンビの胸に突き刺さっていた魔核は、見事に断ち切られていた。
あ、おいエレノラ。
不満そうにするんじゃねぇ。
そんなにこのダンジョンをぶっ壊したいか。
体を分離させられたドラゴンゾンビが崩れるのと同時に、ガウェインは空高くから墜落する。
もはやクールタイムどころではない。
スリープモードにでも移行したのだろう。
俺たちは、墜落したガウェインの元に駆け寄った。
反対側の壁から、クルトたちも走り寄ってくるのが見えた。
「あー、これ、今日はもう動かなそうだね」
エレノラはあっけらかんとそう言った。
これ、多分持って帰るのケインとかだろ。
まあ、いいか。
とりあえず、グレウスのミッションは達成したし。
不利益を被るのは俺じゃないし。
「……まだ」
突然、グレイがそう呟いた。
ん? まだ? 何が?
大体予想はできるが、当たってほしくない。
「GUUUU……」
地響きのような、野獣の呻き声のようなものが聞こえた。
ただ、スケールが桁違いだ。
具体的には、さっき倒したはずのドラゴンゾンビくらいの大きさの……。
一体、誰なんだろうな?
ナズナの腹の虫か?
チラリ。
……なんか、散らばった骨が集まって、再生してるんですけど。
再生するにあたって、使い物にならない骨は取り除いただろうが、それでも圧倒的な体長、全長の差。
プレッシャーの塊みたいなやつだ。
「エレノラ、再生って、そこまで強力なものではない。みたいなこと言ってなかったっけ?」
「うーん。知らない!!」
一瞬の考えるふりの後、エレノラは笑顔で答える。
こいつ、ぶん投げやがった。
「ガウェインで倒せなかったの!?」
「これ、なんとかなりますかね!?」
ナズナ、モニカが驚愕する。
「こんなの情報に無いぞ」
「あ、それ、あからさまに今から死ぬ奴のセリフじゃない?」
クルトがメガネキャラみたいなことを宣い、シンシアがそれを嘲笑する。
「とりあえず、守ります! 頑張りましょう! グレイ!」
「……うん」
壁役狂いが激励し、グレイは平常運転だ。
そういえば、ガウェインが『逆天の機神』を使って倒せなかった敵はこれが初めてだな。
……早くも心が折れそうだ。
ドラゴンゾンビ戦。
互いに切り札を一枚ずつ切り、第二ラウンドのゴングが鳴った。




