53.最後の門
よろしくお願いします!
俺が足を踏み出す度、背中から幸せな振動が伝わってくる。
確かにこの状況は、全童貞垂涎の品。
代えがたいものであることは俺だってわかる。
だが、それ以上に体力が持たない。
人は、おっぱい様さえあればなんだってできる。
アーツまで覚えた俺の持論は、ここで儚くも崩れ去った。
残念ながら、人間、性欲だけで動けるような身体構造にはなっていないらしい。
背中から、気遣うようなナズナの声がする。
「ラインズ、大丈夫? 重くない?」
心から俺の体を慮った言葉だ。
例え、「その巨乳がマジ重い」とか言っても許してくれそうなほど。
……だけど、だけどな、この折角のチャンス、簡単に諦めたら童貞失格なんだよ!
「全然余裕だ任せとけナズナァ!」
「良かった! ありがとう!」
ここで根性を見せ、ナズナの好感度を爆稼ぎ。
今でも土下座すれば胸くらい触らせてくれそうだが、土下座すれば裸を見せてくれるくらいの好感度は溜めておこう。
俺の決意の咆哮に、前方から冷ややかな目線が一つ。
目線の主は当然、ナズナの親友兼保護者であるモニカだ。
彼女は現在、難関ダンジョンらしく際限なく溢れ出てくるモンスターに手を焼いている。
いつもだったら、即、俺の顔に黄金の右ストレートを叩き込んでくるところだが、今回ばかりはそんな余裕もないらしい。
俺に憤怒の形相を見せつけながらも、手際よく敵を捌いている。
しかしいくら切り刻んでも、敵の数は膨大。さぞ大変なことだろう。
なにしろ、前衛が一人サボっているからな。
誰とは言わないが。
それとはなんら関係が無いと思われるが、先ほどから妙に、モニカからこちらに流れ弾が飛んでくる。
何なら石礫とか、平気で俺にぶん投げてくる。
万が一にもナズナに当たらないよう、俺の脛を狙う完璧な配慮付きだ。
……これは一度、大きな変革が必要かもな。
こう何度も直接的な攻撃をされたらたまったものではない。
「ナズナ。今からお前の親友をオトすんだが、協力してくれないか?」
「また思考回路焼き切ったの?」
ノータイムの返答がそれかよ。ひでぇな。
俺が何をした。
「いや、これは本気だ。あいつの好感度を上げる方法を教えてくれ」
「まあ、私も仲良くはなってほしいけど……」
「大丈夫だ。お前が心配するようなことにはならない。ゼッタイニダ」
「そう? なら良いけど」
俺の全く心が入っていない言葉に納得し、ナズナは共謀を了承する。
流石はチョロインだ。
「とりあえず、贈り物とかしてみればいいんじゃない?」
「金か?」
「それ贈り物っていうより賄賂だよ! ……そうじゃなくて、もっとモニカが好きそうなもの……お菓子とか、洋服とか」
「は!? なんだそのファンシーな要求!? あいつの好きなモノって言ったら、返り血とか暗器とかに決まってるだろ? 冷静になれ」
「本当に仲良くなる気あるの……?」
もちろん、大真面目に言っている。
異論があるなら、ここで証明してやってもいい。
「おい、モニカ!! お前の夕食、モンスターの血とかでいいか!? どうせ大好物だろ!?」
風切り音。
視界の端にも捉えられなかったそれを、俺は動物的な本能、つまりは直感だけで回避する。
横っ飛びしたまま、通り過ぎていくそれを見やると、飛来物の正体は、漆黒の投げナイフのようだった。
モニカが本気で敵を殺傷する時にしか持ちださない、数量限定の貴重品。
強固なモンスターの鱗すら切り裂く上、猛毒が塗布されている。
「ナズナ、どうやら不正解だ」
「だろうね」
俺が避けることを信じていたからこそできた、モニカ流のブラックジョークだと受け取っておこう。
「困ったな。早くも詰んだぞ」
「諦めるの早すぎだよ! ……この冒険が終わったら、一緒に買い物に行こう! プレゼント選び手伝ってあげるから!」
「本当か? 助かる」
「ついでに私にも何かちょうだい!」
うわ、抜け目ねぇ……。
「何が欲しいんだ?」
「おいしいものいっぱい!」
「却下」
「何でよ!?」
何でよって、自覚が無いのかよ……。
「お前、毎朝どのくらい食べてる?」
「普通だよ! 人をそんな食いしん坊みたいに言って!」
ナズナは頬を膨らませて憤慨する。
いくら頭が空でも、女子としてたくさん食べるとは思われたくないらしい。
「で、どのくらい食べてるんだ?」
「普通に、みんなと同じくらいだよ」
「…………」
俺は思わず閉口した。
みんな、ね。物は言いようだな。
ここで言う『みんな』とは、文字通り、全員。
つまり、妖精の止まり木亭の宿泊客、従業員全員のことを指す。
彼女の言葉の真意は、それぞれと同じ量、ではない。
宿泊客、従業員全員と同じ量、ということだ。
これだけでナズナがどれほどの化け物かがわかるだろう。
単純に、彼女がいるだけで朝食の量が約二倍。それに伴って諸経費も二倍だ。
クラウスさんはよくこんな奴を手元においておけるな。
感心してしまう。
一番の問題が、こいつが一切悪びれもしていないということである。
いくらクラウスさんから気にしなくていいよと言われていても、気にしなさすぎだろ。
「思い起こせば、俺が聞いたお前の第一声は『お腹すいた』だったな」
「何それ!? 適当なこと言わないでね! パンチするよ!」
そう言いつつ、ナズナは俺の背中の上でじたばたともがく。
「うるせぇ。振り落とすぞ」
誰が運んでやってると思ってるんだ。
「むむむ……」
ナズナがアホらしく、さらに頬を膨らませていると、前方のクルトが、停止のハンドサインを送ってきた。
どうやら、到着したようだ。
石造りの地獄の門。
幸いなことに、先客は無し。
ただ、モタモタするわけにもいかない。
「よし、お前ら、ガウェイン、頑張れよ」
早速、石扉に近づく一行に、俺は激励する。
頑張ってほしい。俺は頑張らないから。
「何言ってるんですか。あなたには囮や壁役など、様々なことをやっていただきます。一番仕事が多いのはあなたですよ」
「あ? 何でだよ」
「道中、温存していたので」
「ぐっ!?」
意外と何も言ってこないなと思っていたら、こういう魂胆だったか。
確かに、他の前衛組は体力を消耗しており、なかなか苦しそうだ。
俺がやらない訳にはいかない、か。
歯ぎしりする俺の肩を、誰かが叩く。
振り返ると、ウザすぎる笑みを浮かべたエレノラがいた。
まるで、この世の悪意を余すことなく詰め込んだかのようだ。
「じゃあ、『私の』肉盾、よろしくね?」
「チクショー!」
エレノラたちは、有無を言わさず俺の後ろに隠れた。
そこに躊躇いは少しも無い。
隣に立つのはガウェインのみだ。
ありがとう、お前だけが俺の友達だよ。
俺とガウェインは息を合わせ、『墳墓迷宮』最終試練への扉に、手を伸ばした。




