41.イル・ローフ
よろしくお願いします!
石造りのコロシアムを、風の如き速度で疾駆する。
ただでさえアンデット系のモンスターは動きがトロい。
そのため、必死に放った反撃も彼は悠々と回避していく。
墳墓迷宮地下三階のボスモンスターの名は、イル・ローフ。
低級の冒険者は、こいつに出会ったら五体満足での生還は諦めろとまで言われるほどの凶悪な悪霊である。
常に人体に多大な悪影響を及ぼす瘴気を纏うボロの法衣。それがこのモンスターの全容ではあるが、実際に戦ってみると、そんなシンプルに片付けられるものではない。
吸い込まずとも触れるだけで人体を腐敗させる瘴気、これにより近接戦闘はまず難しい。
その上、魔法耐性も抜群。並みの聖術は効きもしないときた。
本体の攻撃力はそれほどではないが、厄介な防御性能を誇るモンスターだった。
正攻法は、俺やクルトの『羽搏』など、魔法ではない、聖属性を込めた遠距離攻撃でじわじわと力をそいでいったり、圧倒的な超火力魔法で吹き飛ばしたり、とひと手間かかる手法が多い。
いよいよ俺の出番か。唯一のアーツを見せてやる。
そんな感じで意気込んでいた俺をぶん殴りたい。
馬鹿かと、アホかと。
触れるだけで人体を腐敗させる瘴気? 抜群の魔法耐性?
そんなもの、彼には意味がないだろう!
と。
「――――」
鋼鉄の騎士はけたたましく駆動音をかき鳴らしながら、無言にて敵を斬る。
そこに露ほどの慈悲も無く、存在しているのは下された命令のみだ。
クルトをも上回るかもしれない卓越した剣技。
ケインをも上回るかもしれない圧倒的な防御。
そして、グレイやシンシアさえ敵わないかもしれない、刻印された魔法術式。
ガウェインに敵う者は、この場に一人とていなかった。
「やっぱ強ぇー」
「俺たちがはぐれた時も、めちゃくちゃでしたからね!」
「あのゴーレム、ウチにも欲しいねぇ」
クルト、ケイン、シンシアはもはや警戒すら解いている。
何て言ったって既にイル・ナントカさんは地に臥せっているからな。今もお手玉のようにぶっ飛ばされている。
警戒するのも馬鹿らしく思えるだろう。
「あ、終わったみたいだな」
俺は、イル・ローフが粒子となって消えるのを見届けた。
何とも達成感のないボス戦だ。
長いこと休憩する必要もなかったな。
ま、まあ、今回は特に相性が良かっただけだろうし? 本命は最下層のダンジョンボスだからな。
「怪我人が出なくて良かったね!」
ナズナが屈託のない笑顔で勝利を喜ぶ。
確かに、これはゲームじゃないんだから。戦闘に達成感を求めるのは間違っているな。
楽勝、圧勝であることに越したことはない。
「そうだな、イエーイ」
なんとなしにナズナとハイタッチ。
そのままパイタッチに移行したかったが、それはモニカの鋭い眼光によって諦めざるを得ない。
しかし、ナズナって俺たちと一緒に行動してちゃいけないほどの潔白さだよな。
エレノラにもモニカにも出ない俺の遠慮が、ナズナには現れてしまう。
「もうサクサク攻略しちまおう」
半ば勝利を確信したようなクルトは、一応の緊張感を持ったままに、俺たちに声をかける。
下の階に降りるつもりのようだ。
俺たちは、ボスを倒すと同時に開かれた地下四階への階段を臆することなく下っていった。
最前列にガウェインを配置した、探索速度重視の隊列である。
接敵の瞬間、相手が細切れになっている。
そういった目的の、スタンバって下さったモンスターさんサイドに全く無遠慮な配置だ。
高難易度ダンジョンらしく、上層とは明らかにモンスターが湧いて出る速度が変わる。
まるで包囲でもされているかのように、次々と襲撃者は現れる。
休息を必要としないゴーレムは、休む間もなくモンスターを切り伏せていくわけだが。
ぶっちゃけ、ここからは戦闘する意味が薄れていくんだよな。
俺たちの目的はアーツを習得することだ。そして、その目標は達成されている。
アーツのレパートリーを増やすためにもっと実戦練習をしてもいいが、その重要度は低い。
俺が今詰まっているのは、反復練習の不足による部分が大きいわけではないからだ。
生命力とかいう謎エネルギーを使いこなすには、まずその理解が必要不可欠だろう。
ただ適当に見よう見まねで練習していても、実力はつかない。
それよりかは、ボス戦や不測の事態に体力やアイテムを温存しておきたい。
クルトたちが動かないのもその辺りが理由だろう。
「ガウェイン、このままボス部屋まで頑張ってくれー」
一人、獅子奮迅の剣舞を見せるガウェインに、投げやりな声援を送る。
俺はと言えば、エレノラやナズナ、シンシアやグレイ、ケインと一緒に、教えた手遊びもろもろで暇つぶし中だ。
真面目なグレイは索敵をしたそうにしているが、そんなことは気にしない。
多少強引に遊びに引き込ませてもらった。
ちなみにクルトとモニカの堅物どもは誘っても駄目でした。
「ゆびすまーごっ!」
「あー! いきなり当てないでよ!」
「挙げてくれてサンキュー!」
周囲を警戒するモニカたちが明らかに苛立っているがもはやこちらがマジョリティだ。残念だったな。
墳墓迷宮地下四階の攻略が、こうほのぼのしていていいのか。
そんな風に思わないでもなかった。




