3.群がる小鬼たち
よろしくお願いします!
ポツン、ポツンという水の音が、薄暗い洞窟内を反響する。
もう何度も聞いたその音は、俺を無性に苛立たせた。
「ちょっと? モニカさん。あなた出口を知っていらっしゃるのですよね?」
「もちろん。当たり前でしょう。でなければ私はどこからこの洞窟に入ったと言うのですか」
「ほうほう」
「私はあなたのように約束を違える不義理な人間ではありませんから。また、しっかり者でもあるため、最短で出口へ向かっていますよ」
「ちなみに、出会った所からどのくらいで出口に着く予定だったんだ?」
「そりゃあもう。二時間以内には」
「へー。じゃあ、なんで……」
俺は今まで溜まっていた疑問と不満を同時に吐き出した。
「五時間以上洞窟を彷徨ってんだァァァァン!?」
カッ目を見開き吠える。
すでに何度もゴブリンと遭遇し、戦闘を繰り返している。加えて、光が差し込まないため、今が昼なのかどうかすらわからなくなっている。
「い、いえ、ちゃんと出口へ歩いてるはずなんです。きっと、たぶん」
「俺を逃がさないつもりじゃないよな?」
「そんなことはありません! それだけはないと誓いましょう!」
「じゃあ何があるんだ? お前が方向音痴だという事実か?」
「ぐ……」
「それとも口だけ達者で能力が伴っていない残念な知性の証明か?」
「うぐ……」
ぐぎぎ。とモニカが歯噛みする。どうやら相当悔しがっているようだ。
[ねぇ]
突然、女神が話しかけて来る。これが数時間前なら、無視を決め込むところだったが、俺も学習した。
基本的にこいつは、俺が人と一緒にいる時は話しかけてこない。しかし、たまにこいつが話しかけて来る時は案外有益な情報をもたらす場合が多いのだ。
(どうした? 何があった)
[なんだか人の声が聞こえない? 勘違いかもしれないけどさ]
(そうか?)
[うん。少し反響してる]
俺には全くわからないが、ここまで言うなら可能性はある。
(わかった。モニカに相談しよう)
[それがいいよ]
俺はブツブツと独り言を呟くモニカに向き直った。
「なあ、なんか声が聞こえないか?」
「声、ですか?」
そう言ってモニカは耳を澄ませた。やはりこうして黙っていると可愛らしい女の子だ。
モニカは、何かを聞き取ったのか、驚いたような表情をした。
「確かに聞こえます! 向かいましょう!」
それほど友人が大切だということなのだろう。モニカはこちらを見向きもせずに走り出した。
少しすると、人のうめき声がはっきり聞こえるようになると同時に、そいつらは現れた。
「またゴブリンかよ……」
奴らは想像通りの醜い面に、嗜虐的な笑みを浮かべている。
「多いな」
「そうですね」
先程まで戦闘をしていたゴブリンは多くても五匹くらいで行動していた。しかし、現在目の前にはざっと十五匹程度のゴブリン。それらが俺たちに襲いかからんとしている。
「こんなにゴブリンがいるってことは、多分正解ルートなんだろうな」
「ですよね! 私は間違ってなかっ……」
「そりゃよかったな」
モニカの言葉に食い気味に答えながら、剣を構えた。余裕そうに振舞ってはいるが、正直この戦いは相当厳しそうだ。いざとなったらモニカを盾にしてでも逃げ出そう。
「モニカ! 友達はいたか!?」
「わかりません! 近くにはいるはずです!」
「先にこいつらをやる! 絶対俺を見捨てるんじゃねぇぞ! 絶対!」
「本当にブレませんねあなたは!」
小鬼共が一斉に吠え、次々に突撃を敢行する。一体一体は弱くとも、迫力がヤバい。その数の暴力は容易に俺を震え上がらせた。
「かかってこいや、カス共がァ!」
俺は、自らの恐怖を掻き消すように剣を振るった。
先鋒は少し鼻の曲がったゴブリン。闇雲に突っ込んで来るそいつを力任せにぶった斬る。
剣の扱いとしては最悪だろうが、そんなことは知らん。
ついでに周りの奴らの足を止めることもできたようだ。牽制されたゴブリンが少し身じろぐ。
だが、警戒しきれなかったゴブリンが俺の肩に噛み付いてくる。さらに他の個体が俺の脇腹を爪で切り裂いた。
「がぁぁぁァア!」
血が沸騰するような熱。痛みに耐えつつ声を枯らして叫んだ。
数時間前、洞窟内を彷徨っている際に何度かゴブリンと戦っている。そのため一応、ゴブリンとは戦い慣れていると言ってもいいだろう。
そして遭遇戦の中で、いくつか有効な戦術を見つけた。その中のひとつを発動する。
召喚の魔法陣が輝き、俺に纏わりつくゴブリンの頭上にその頭より大きな石が顕現する。
「グガァ?」
呆けているゴブリンの脳天へ、自由落下に任せて叩き込まれた岩石は、俺に纏わりついていた小鬼を昏倒させた。
次々と石を召喚し、一瞬、ゴブリンを引き離すことに成功する。
名付けて『岩落とし』だ。我ながらネーミングセンスが無い。
「モニカ!」
柄にもなく心配し、モニカを呼んだ。しかし、この数はあの少女には厳しいのではないか。
見ると、モニカは両手に持ったダガーを自在に操り、ちょうどゴブリンの首を掻き切っていたところだった。非常に手慣れている。むしろ俺より余裕そうだ。
「あ、ラインズさん! こいつら、案外大したことないですね!」
……まあ、道中ゴブリンとも普通に戦っていたからな。実力は俺とそんなに変わらないと思うべきか。正直、俺が戦わなくてもいいかもしれない。
[ラインズ! モニカは私が見てるから、君は自分のことに集中して! 君、もしかするとあの子より弱いかもしれないよ!]
女神の叱咤の直後、ゴブリンが飛びかかって来る。
「オラァ!!」
俺は飛びかかってきたゴブリンとその後ろにいた一匹に、倒れ込むように剣を突き刺した。剣は地面に深く突き立ち、もう抜けそうにない。しかし、二匹を確実に仕留めることができた。
直後、背中に鈍い痛みが走る。おそらく、石か何かで殴られたのだろう。
「クソが!」
振り向くと同時に剣を召喚。そして、そのままの勢いで振り抜いた。
ニタニタと笑っていたゴブリンの喉笛を切り裂き、それはすぐに動かなくなる。
あと半分。
仲間が減らされ、次第にゴブリンたちの眼には恐怖の色が見え始めた。
戦意が薄れ始めている。こうなればもう、ただの案山子だ。
「さて、攻守交代だなぁ?」
俺はゴブリンよりも邪悪な笑みを浮かべ、威圧するように剣を振った。
小鬼どもの眼にさらに恐怖が宿る。
一匹、また一匹。淡々と小鬼どもを処理していく。奴らの眼には涙が浮かんでいた。
「ほらほら逃げて見ろよォ!」
[本当に、シンプルにゴミだな]
(あいつらもこんな感じだったろ。やり返すのは当然の権利だ)
[ただの小物なんだよなぁ]
(なんとでも言え)
最後のゴブリンの首を刎ね、俺はモニカの方を見た。ちょうど、彼女も終わったようだ。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、いくつか攻撃は貰ったが、大したことじゃあない」
「一応、見せて下さい。応急処置をしておきましょう」
「悪いな」
「私に付き合わせてしまっているんですから、これくらいは当然です」
モニカはそう言いながらポーチから草の束を取り出した。
「それは?」
「薬草です。冒険の必需品ですよ」
そんなのがあったのか。確かに、モンスターと戦って怪我することもあるだろうし、当然と言えば当然だ。
(知らなかったな)
[知っといたほうがいいよ。回復アイテムなしでモンスターと戦うなんてありえないもん]
(なるほど。お前がありえない女神ってことがよくわかったよ)
[私は悪くないッ!]
(なっ! 開き直るんじゃねぇ!)
ギャーギャーと、俺とエレノラが言い争っている間にも、モニカはテキパキと処置をしている。一応、もう一度礼を言っておくか。
「ありがとう」
「頭打ちました?」
「感謝を述べてんだぞ!?」
「世界一感謝が似合わない人ですね」
「いやー、この度はモニカ様がいてくれて本当に助かっております」
「気持ち悪い」
「なんだと? おっぱい触るぞ」
「やっぱり頭を打ったようですね」
この後めちゃくちゃ口喧嘩した。