32.逆天の機神
よろしくお願いします!
聖戦士のグレイという女性は、無口な人だった。
不愛想とも捉えられかねないそのクールビューティーは、休息中であろうと、ただの一言も言葉を発しなかった。
「グレイ。ポーションを飲んでおけ」
クルトがそう言って、腰に取り付けた魔法の鞄から、青色の水薬を取り出す。
薬草と錬金術により生成されるポーションは、傷を癒すもの、魔力を回復するもの、身体能力を上げるもの、と素材によって多岐に渡る効能を持つ。
その回復量は錬金術師の腕と素材で決まるが、基本的には回復魔法より効率が良い。
ただ、持ち運び難いのが難点だな。
青色のポーションは魔力回復だ。
グレイはコクリと頷き、それを受け取るだけだった。
「そういえば、グレイはどんなことが得意なんだ?」
興味本位で、俺は彼女に質問をする。
この質問に意味は無く、ただ俺が彼女の声が聞きたいという学術的な理由である。
さすがに、生まれてから一度も話したことがないわけではないだろうし、言葉が話せないわけでもないだろう。
「!」
グレイは少し戸惑ったような表情をし、それから。
「聖術と短剣術」
とだけ、か細い声で呟いた。
女性にしては落ち着いた、低めの声だ。
……要するに、この人はコミュ障なわけだな! 基本的に俺と同じ人種だ。
外見だけ見れば完璧そうな美人だが、多分そこだけが弱点なのだろう。
一気に親近感が湧く。
軽い装備で、スピード重視の戦闘スタイルらしく、気弱な割には際どい恰好をしている。お腹なんか思いっきり出ているし、焦げ茶のマントが逆にエロい。
「今度、もっと詳しく教えてくれよ」
この人とお近づきになっておこう。別に巨乳ではなく、どちらかと言えばスレンダーな体形だが、そこに大人の魅力が隠されているのだ。
「…………」
コクリ。と頷きで返答され、さらに何か聞こうとした時、クルトが立ち上がって言う。
「よし。皆、そろそろボス戦といこう」
残念、間が悪いな。まあ、大したことは話していないから良いか。
何なら、俺のナンパをクルトが阻止した可能性だってある。
全員、準備は終わらせていたらしく、最終確認をしながら次々と立ち上がる。
「行くぞ」
今まで余裕だったからといって、階層主との戦いもそうであるとは限らない。
皆、真剣な面持ちだった。
クルトが、ボス部屋への門を開ける。
五メートルはある大きな石の門は、煙を吐きながら、ゆっくりと開いていく。
石門に彫られた悪魔のレリーフが、俺たちを睨め付けているようだ。
さっきまではその迫力に驚いていたが、今は少し慣れてしまったな。
かくして、本日三度目の地獄の門が開く。
一斉に突入した俺たちは、まず最初に、足を見た。
そう、足だ。それだけが視界に映っていた。
俺たちは、恐る恐る、その足の持ち主を見上げる。
そいつの体は、このアンデットの巣窟に相応しく、ほとんどが骨でできていた。
造りも通常のスケルトン系のモンスターと大きな差は無く、よく見知っているものである。
恐るべきは、その巨体。
スケルトンが人間の残骸だとするならば、さしずめこいつは巨人の残骸だ。
全長百メートルを優に超す、超大型の骸。
拳だけで俺たち全員を潰せるほどのスケールだ。
「オオオオオオオ!」
スケルトンに声帯は無い。そのため、通常彼らが雄たけびを上げるなんてこと、あり得ないのだ。
あれは、骸を操る怨念の絶叫。生を恨み、力をつけすぎた亡者の咆哮だ。
「スケルトンギガンテ! 弱点は基本のスケルトン系と同じだよ!」
エレノラが持ち前の知識で注意を喚起。
それに呼応するように、巨骸は白い煙を吐き出しながら、拳骨を以て俺たちをまとめて叩き潰さんとする。
一瞬の迷いも無く、各員はそれぞれ、自分たちの役割に沿った行動ををした。
「『防人の加護』!」
重装備のケインは、後ろに控えるエレノラたちを守るように、自らの身長ほどもあるタワーシールドを構える。
あのデカブツから見たら、ただの人間なんて塵芥に等しいだろう。まさに吹けば飛ぶような存在。そのはずだった。
拳撃のインパクトと同時に展開された障壁。スケルトンギガンテの拳よりも大きく、盾のようにも見えるそれは、衝突によるあらゆるダメージを殺し、一歩の後退も無く巨骸の拳を受け切った。
「『巨人の戦杖』!」
シンシアの高速詠唱により、スケルトンギガンテの手首上に巨大な杖が現れる。
硬質化された土によって生み出されたそれは、単純に、巨骸と渡り合えるだけの強度を持つ。
振り下ろされた土杖は、スケルトンギガンテの腕に大質量の制裁を加えた。
しかし、罅割れた腕の骨を、スケルトンギガンテは気にも止めない。
「『使徒の剣』!」
「『セイクリッドエンチャント』!」
エレノラの攻撃力上昇の支援魔法が、ナズナの神聖属性付与の聖術が、前衛五名とガウェインを包み込む。
スケルトンギガンテの元に真っ先にたどり着いたのは、パーティ最速のグレイだった。
彼女は音すら置き去りにする高速の短剣で、通り過ぎ様にスケルトンギガンテの足を十数回斬りつける。
少し遅れて、ガウェインとモニカがほぼ同時に接敵する。
モニカは、グレイを真似るように自らのスピードを活かした剣撃を見舞った。
いつもより動きが洗練されている。この冒険の中で、得たものがあったのだろう。
対するガウェインは、喧しく駆動音を立てながら、物理法則を無視しているとしか思えない跳躍をする。
一瞬にしてスケルトンギガンテの顔面あたりに肉薄した彼は、その腕に刻まれた魔術刻印を赤く輝かせる。
あれは、エレノラがガウェインに仕込んでいたギミックの一つ。
刻印式聖天魔術現界機構『逆天の機神』
本来、天界に存在する神か、それに仕える天使しか扱えない聖天魔術。
それをガウェインが扱える魔力量まで調整し、何重にも重なる魔法陣を予め彼の腕に刻み込んでおくことで、一日数回だけ使える切り札としてこの世に実現させた。
眼を灼かれるほどの光。同時に超高熱を孕むガウェインの騎士剣は、赤熱したその刀身の熱量のみで、スケルトンギガンテの骨を蒸発させつつあった。
ガウェインが、自らをも焦がしかねない太陽の剣を、正中線に振り下ろす。
それは、神の裁きだった。
純白の火柱。極光を放つそれは、正しく天の怒りそのものだ。
体のほぼ全てを極光に包まれたスケルトンギガンテは、苦悶の表情を作ることさえ許されず、痛苦の絶叫を上げることさえ許されず、ただただ存在ごと焼き尽かされていく。
ほんの数瞬のことだった。
一応、エレノラからそういう機能があるよ。と言われていた俺でさえ、まさかここまでだとは思わなかった。
クルトたちのパーティなんか特にそうだろう。
俺と共に攻撃の準備をしていたクルトは、出鼻を挫かれたことと、その圧倒的な破壊を齎したガウェインに対して、驚愕の表情を浮かべていた。
周りの人間も、言葉すら出てこないようだ。
ただ、エレノラが、未だかつてないほどにウザい、誇らしげな表情をしていて、何事もなかったかのようにガウェインが華麗に着地を決める。
俺たちは、そんな光景を眺めていることしか出来なかった。
……静寂を打ち破るように、どこからか、ピシリ。と音が聞こえた。
嫌な予感がする。何が起こるのかが容易に想像できるぞ。
その直感の赴くまま地面を見ると、ものの見事に穴が開いているではないか。
世界のルールとして、ダンジョンのボス部屋とかは『不壊』のはずなんだけどなーオカシイナー。
穴は空洞に、亀裂は地割れに。
ようやく極光から解放され、既に体の八分の一が消滅している故スケルトンギガンテ君と共に、俺たちは落下した。
崩壊していくボス部屋、中空にて、エレノラが未だ! 何故か! 誇らしげに言った。
「ごめんね! 崩落するとは思わなかった!」
「やりすぎだクソ女神がぁぁぁ!!」
これで死んだら化けてでも殺してやる。
エレノラに殺意を覚えながら、俺たちは奈落へと落ちていった。




