1.転生
よろしくお願いします。
「おい、クソ女神」
俺は誰もいない虚空に向かって話しかける。別に俺の頭がおかしくなったとか、そういう話ではない。
[なにかな? クソカスゴミ野郎]
直接脳内に語りかけてくる声。これは、あの女神が念話とやらを使用しているらしい。
対象と声を発さずに会話することのできる魔術だそうだ。
それにしても罵倒がすごいな! 受けた側でも惚れ惚れする鮮やかな三連コンボだ。
「この状況は何だね?」
[何って、君が望んだ環境だよ?]
「へー。これが」
視線を体へ向けた。中学生くらいだろうか。しっかりと筋肉もついており、健康体であるようだ。まあ、それはいい。
「なーんで転生地点がゴブリンの巣穴なんですかねぇ!?」
良くないのはこの状況。光源がないため、辺りをよく見ることはできない。しかし、ここら一帯に充満している血と汚物の匂いで、酷い有様だということはわかる。居心地の悪さが天元突破してるぞ。
さすがにおかしいと、先ほど女神に聞いたところ
[ここはゴブリンの洞穴。まあ、アリの巣みたいなものだよ]
とかほざきやがった。
[要望通り、主人公っぽいでしょ? ダークファンタジー系の]
「ふっざけんじゃねぇ! 俺がなりたいのは努力型主人公じゃねぇんだよ! もっと楽させやがれ! 権力振るわせろ!」
[権力なんて絶対ロクなことに使わないでしょ。君が好き勝手に動いたら世界が終わりそうだし]
「当たり前だ! だから早く公爵にでもしやがれ!」
[……まあ君はそういう奴だろうね。知ってた]
まるでゴミに話しかけているような態度で、女神は俺に言った。
なんて失礼な奴なんだ。男子たるもの権力なんて振りかざすに決まっているだろうに。
「ってか、そんな話をしている場合でもねぇ。いつ病気になってもおかしくないぞ、この環境は」
[そりゃあそうだよ。細菌とかだけじゃなくて、魔術的な毒素も充満してる。人間の子どもがいていい場所じゃないね]
「その人間の子どもをここに放りこんだのはどこのどいつだ!?」
よくぬけぬけと人間の子どもがいていい場所じゃないなんて言えるもんだ。もしかするとこいつ、邪神か何かじゃないのか。
「さっさと脱出する!」
[それがいいよ。ほらほら、早くしないとゴブリンが来ちゃうかもよ?]
「お前俺に死んでほしいのかそうじゃないのかどっちだよ」
間接的に人を殺そうとしたり、助言をしたりと、忙しいやつだなオイ。
[む、せっかく親切にしてやってるのに失礼なやつだな!]
「親切って言葉を使うのは自分の行動を振り返ってからにしようか」
[その方が楽しそうだったから。ね?]
ね? じゃないが。
やっぱこいつ邪神だわ。それも、人を観察して楽しむ類いの、タチの悪いタイプだ。
「……いつか絶対に仕返ししてやるからな」
俺は神への復讐を胸に誓って、手探りで歩き始めた。
少し歩いて、ようやく、あの吐き気を催す邪悪な匂いから抜け出すことができた。
抜け出した先は通路のようだった。相も変わらず薄暗いままだが、壁を伝って歩くことができていた。
これでやっと女神に聞きたいことが聞けるってもんだ。
「なあ女神」
[どうしたの。急に]
「俺のこの世界での名前ってあるのか?」
[あー。何も考えてなかったな。元の名前じゃダメなの?]
「ばっかお前、それしたら生まれ変わった感がないだろ?」
[さいで]
風情がないことを言いやがる。
「ほら早くしろよ、待ってんだぞ」
[私が考えるの!?]
「ダサかったらこの世のものとは思えないくらいキレるから」
[いや知らないよ! 勝手にキレろよ!]
そういえば、こいつの名前も知らないな。
神に名前なんてあるのかはわかんねぇけど。
「ところで、お前の名前ってあるのか?」
[ああ、確かに言ってなかったね]
こほん。と一つ咳払いをして、彼女は仰々しく言った。
[私の名前はエレノラ。しっかり、その脳髄に刻みこんでおいてね]
「お、おう」
[なんだいその気の抜けた返事は! 興味なしか!]
「聞いてた聞いてた。脳髄に叩き込んだから安心しとけや」
[ふーん。ならいいけど]
「で、俺の名前は決まったかエロ女」
[かすりもしてないじゃないか! 人の名前を卑猥な感じにするんじゃない! エレノラ、だよ!]
「悪い、ちょっとエロいこと考えててな」
[史上最もどうでもいいカミングアウトだよ!]
せやろか? もっとどうでもいいカミングアウトしてやろうか?
俺の好きなエロ同人のジャンルとか。
「それで、俺の名前は決まったか?」
[一応、思いついたのはあるよ]
「どんなのだ?」
[二代目の勇者の名前で、ラインズってのはどうかな]
「何で初代じゃないんだ?」
[初代はだいぶ晩節汚しまくってたので……]
「なるほど」
一体何をしたのか気になるところだが、聞くのは後にしよう。
それで、ラインズか。悪くないな。
「わかった。今日から俺はラインズだ。よろしく、エレノラ」
新しい名前も決まり、ようやく人生の再スタートが
[え、やだ]
「やだ!?」
[君によろしくされたくない]
「よろしくされたくない!?」
せっかく人が主人公感出して悦に浸ろうとしてたのに、なんたる言い草だ。
文句の一つでも言ってやろうかという時、暗闇から、それは現れた。
煌々と妖しく光る双眸。鋭く尖った犬歯と爪。不気味さを際立たせる深緑色の皮膚。体躯こそ人間の子ども程度だ。しかし、その威圧感でもうチビリそうになる。ってかチビった。
きっと、あれがゴブリンだ。
「なんだあれ? 想像してたのと違うんだけど。化け物じゃん」
[化け物でしょ]
「グルァァア!」
枯らしたような声で叫びながら、ゴブリンは俺に向かって威嚇してくる。オイオイオイ、死ぬわ俺。
いや、待て! まだ活路は残っている。
「そうだよ! 俺にはチートがあるじゃねぇか!」
転生の時、三つの願いで要求した召喚魔法。それなら、この状況も打破できるはずだ。
「蜂の巣にしたらぁ! 召喚! アサルトライフルッ!」
そう叫んだ直後、手のひらに幾何学的な模様で描かれた青の魔法陣が浮かび上がり――
――何も起きずに消えた。
そこに残るのは静寂と、何してるんだコイツ? とでも言いたげなゴブリンだけだ。
「あるぇ!? なんでぇ!?」
[MPが足りません。ってことだよ]
「アホかぁぁぁ!」
何で仮にも神から賜った魔法がまともに発動しないんだよ!
主人公補正という転生特典もクソ女神のせいで無意味になってしまった今、俺はただのイケメンだ。
それはそれで最高だけれども。
「どうするんだよこれ。戦えんのか?」
未だ動かないゴブリンをチラリ。
いや無理、二秒で殺される気がする。
そんな恐怖と戦う俺に、心無い女神は呆れたように、念話を飛ばしてくる。
[生まれたての小鹿かな?]
「やかましいわ。はっ倒すぞ」
[そんなにビビらなくても。ゴブリンなんて一匹じゃあ人間の子どもにも撃退される雑魚だよ。ほら気張って気張って]
「べ、べべ、別にビビってねぇし? ちょっとチビっただけだし?」
[だいぶビビってるじゃないか]
コイツ、他人事だと思いやがって。だが、武器さえあれば、何とかなりそうだ。
生憎、ボロい貫頭衣みたいなのしか装備してないけどな!
一応、召喚魔法をもう一度試してみるか?
「召喚。剣」
そう詠唱すると、虚空から、一振りの剣が現れた。さっきは何も出なかったのに。
ダメ元だったが、やってみるものだな。
[お、気づいたね。召喚魔法は召喚するものの価値とかで消費魔力が変わるから、完全な死にスキルってわけでもないんだよね]
「それ重要だろ。先に言えや」
[言わないほうがおもしろいかなって]
「おっと? 最大の敵は味方か?」
こんな無駄な会話をしているにも関わらず、ゴブリン君は待っていてくれているというのに。女神がこんなのでいいのか。
「まあいい。さっさと四肢を削ぎ落して終わらせよう」
[主人公のセリフじゃないな。サイコすぎるだろ]
女神の言葉なんて聞き流し、俺はゴブリンに向かって駆け出す。
しかし、ゴブリンとはいえ、過酷な自然界を生き抜いた猛者だ。その動きは俺の想像をはるかに上回った。
奴は俺の一振りを華麗に躱し、腕に噛みついてきた。
「ちょっ! 痛い痛い痛い痛い!」
[さすがに情けなさすぎない?]
激痛で思わず声が裏返ってしまった。でも、そんなことを言われる筋合いはないぞ。傷つく。
腕に噛みついたままのゴブリンを力ずくで振り払い、その喉元に剣を突き刺す。
ゴブリンの喉から鮮血が噴出し、やがて、動かなくなった。
「よぉし! やってやったぞコラァ!」
死骸が動かないことを確認してから、勝利の雄叫びを上げる。
[チキンだなぁ]
「失礼な。残心と言え」
[そのポジティブさには感心するよ]
「おう、もっと褒めろ」
[……すぐに移動したほうがいいんじゃない? 仲間が来るかも]
「ああ。そうする」
初陣を終え、俺は出口に向かって歩き出した。




