表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CARD  作者: 竹内緋色
2/4

seen2

「退院当日に登校させるとか、鬼畜だな。」

 琥瑯は早朝にその言葉を発し看護師一同を苦笑いさせてから病院を後にした。病院から学校が近いこともあってか担任の教師が時たま訪れるので、登校せざるを得ないという事情もあった。担任はやる気にあふれた新任教師で、どこかしら体育会系の臭いを感じさせるため、琥瑯は少し苦手であった。入学して間もなく事故に遭った玖瑯が孤立しないように気にかけているのかもしれないが、苦手なものは苦手である。

 琥瑯は早く登校する気もないので歩いてゆっくりと登校することに決めた。5キロほどはある道のりなので一時間はかかるだろうが、学校に行くよりもましであった。あわよくば再び事故に巻き込まれないか、とバカなことを考えていたりも玖瑯はした。舗装されたアスファルトばかりの道を琥瑯は行く。田舎なのだから田舎らしく土の道であればよいのに、などと思いながら、昼間の町というのはこれほどまでに人通りがないものなのかと内心奇妙な心持になりながら道を行く。白昼夢を見るなどというのも強ち非現実的なものではないな、と琥瑯は思った。それほどまでに現実的でありながら現実的ではなかった。

 ふと、猫が玖瑯の目の前を横切った。

 琥瑯は猫を追った。猫を見失ったつもりはなかったのに猫はいつのまにか民家の塀の上にいた。退屈そうに大きな欠伸を一つしていた。

「退屈そうだね。」

 琥瑯は猫に言った。

「いや、案外俺の場合はそうでもなかったりするんだけどね。」

 猫は言った。

 猫ならばしゃべっても仕方がない、と思い琥瑯は猫に別れを告げて先を急いだ。

「最近変な夢ばかり見る。」

 琥瑯はそう言った。

 近時代的なものを感じさせるのは自動販売機くらいしかなかった。時たまコンビニもあるのだが、一キロ単位でしか見つけることはできない。自販機、自販機、また、自販機。自販機ばかりが道を作り出しているようなそんな奇妙な錯覚を感じさせる。どこかで大きな風でも吹いたのか、桜の花びらが舞い上がり大きな柱を作り出している。不思議なこともあるもんだ、と琥瑯は思った。


 結局、昼休みの後からの参加になった。寄り道したことがばれたので担任から頭をグリグリされるはめにはなったものの、昼からの参加となってよかったと思った。昼休みから突然やってきたクラスメイトに教室は一時異様な空気が流れたものの、琥瑯に声をかけるものはいなかった。もともと教室に居辛い玖瑯は校舎を回ってみることにした。とはいえ何もない高校である。散歩した途端、やる気をなくした。昨日もそんなことがあったような気がしたが琥瑯は別段思い出すことはしなかった。とある廊下でのことである。見知ったような姿の生徒を見かけた。昨日の少女である。少女はある教室へ入って行く。一年六組。特進クラスである。普通科である琥瑯には全く縁のないクラスであった。特進というだけあって特別視されることが多いせいかクラス内でのまとまりは強いと言われているクラスである。それはある意味排他的であるということでもあるが。

 琥瑯は少女に少し興味を持った。なので、教室の外から少女を眺めてみることにした。少女は誰とも話さず何かの書物を読んでいた。そこだけは傍から見れば浮いているのだが実際の空気からは調和がとれている。非常に奇妙であるような気がするのに奇妙ではない。琥瑯は少女にますます興味を持った。

「ねぇ君、一体だれ?」

 横から声が聞こえる。が、琥瑯に話しかけるものなどこの学校にはいない。だから、琥瑯は自分に話しかけられていることに気が付かなかった。

「え?俺?」

 琥瑯はしばらく後にようやく気が付いて言った。

「ハバラさんに何か用?」

「ハバラ?」

 隣にいる男は言った。眼鏡をかけていかにも知能が高そうな顔つきをしている。が、目つきが少し生意気だ。

「君、ずっとハバラさんのことを見ていたようじゃないか。」

「アイツはハバラというのか。」

「君はハバラさんのなんなんだい?」

「あなたこそ、私のなんなの?」

 少女の声が突き刺さる。いつの間にかハバラと呼ばれた少女がそばに来ていた。

「よう、ハバラ。久しぶり。」

 そう言って琥瑯は少女にハイタッチを求めた。

「私はあなたのことを知りませんけど。」

 ハバラはそう言った。

「なんだ。ハバラさんの知り合いでもないのに馴れ馴れしくしてるんじゃない。」

「あなたもです。誰ですか?」

「いや、同じクラスの磯山だよ。なんなら席が隣じゃないか。」

 琥瑯はこの隙にその場を去った。昨日の出来事は夢だったらしい。なんなら、花瓶の花も夢だったのだろう。ふと、琥瑯は花壇に咲いている花が目に写った。花瓶の花に似ているからである。その花壇のそばに座っている人物がいた。その人物に琥瑯は興味を持ったが、もうすぐ昼休みが終わりそうだったので教室に戻ることにした。


 高校の授業も初めのうちは中学時代の勉強の復習が主である。そこに楽しみを感じられるほど琥瑯は楽観的ではなかった。周りをチラリと見てみると、生徒はノートをとっている。しかし琥瑯はもはや黒板を見る気にもなれず窓から見える空を見ていた。もう六限である。太陽が少し傾き始めたのか、陽光が黄色い。大分夜が来るのが遅くなってきた、と琥瑯は思った。

「起立、礼、着席。」

 やる気のない声がする。玖瑯は突然のことに立ち上がれなかったが、誰も気に留めず授業が終わる。

 この日の授業はこれで終わった。琥瑯は入学から一週間以上休んでいた。そのせいか、校内には部活動の勧誘がなかった。そもそもこの高校がそれほど部活動の勧誘を活発に行うことを許可していないということもある。だが、それは琥瑯にとって都合のよいことであった。琥瑯は部活動に入るつもりはなかったからである。

 校内から帰宅部生が帰るのを待ってから教室を後にすることにした。数人はそのまま居座るようではあったが、部活動生より遅く帰ることはあるまい。

 大抵の教室の明かりが消され薄暗くなった廊下を琥瑯は歩き回った。だが、琥瑯が面白く思うものはなかった。琥瑯はそれほど期待もしていなかったが。

 ふと、一年六組を通りかかる。花瓶の少女の教室だ。その少女の名を琥瑯は思い出せなかった。少女はまだ教室にいた。一心不乱に机上の書物を読んでいる。

「また君か。」

 琥瑯に話しかける者がいた。

「誰?」

「磯山だ。ハバラさんの隣の磯山だ。」

 磯山と名乗った人物は声を荒げて琥瑯に言った。

「君はかの有名な奉琥瑯くんだそうじゃないか。あの―――」

 琥瑯は磯山の口を右手で塞いでいた。ギリリと琥瑯は右手に力を込める。磯山は琥瑯の顔を見て戦慄した。目は大きく開かれ、憎しみと怒りがこもった表情を琥瑯はしていたのだ。

 琥瑯は手を離した。磯山はストンとあまりにも軽く廊下のリノリウムに尻もちを搗く。磯山はしばらく立ち上がることができなかった。琥瑯は不機嫌そうに磯山に背を向け去っていく。

「アイツ、本当にやっちまったんじゃねぇか。」

 放心しながら磯山は呟いた。


 琥瑯は花壇に来ていた。昼、花瓶に刺さっていたのと同じ花が花壇に咲いていたのを思い出したからであった。そして、そこに一人の少女がいたことも思い出していた。

 赤い花が風に揺れている。昼間琥瑯は花瓶に刺さっていた花だったと思ったのだが、間近で見ると違う花であるような気がした。黄色い陽の光のせいであろうか。琥瑯はそれだけではない気がした。

「あなた、誰?」

 最近、そう言われることが多いと琥瑯は思った。琥瑯は振り返る。そこには少女がいた。昼間花壇にいた少女かはわからない。

 琥瑯は名乗っていいものか、と悩んだ。

「別に言いたくなければ言わなくてもいい。人の名前は人の付けたもの。それは真の名ではないのだから。」

 少女は言った。琥瑯はそう言った少女の名を知りたいと思った。もし彼女が彼女自身の真の名を知っているのなら、それを聞きたいと思ったのだ。

「俺は琥瑯だ。」

 彼女の名を聞くには自分から名乗らねばならない。苗字は伏せておいた。

「君の名は?」

「3号。いや、v3と名乗っておくべきか。」

「本当の名前は?」

「・・・」

 v3と名乗った少女は黙ってしまった。琥瑯はどこが苗字でどこが名前なのか分からないその名前に戸惑ってしまった。

「Vさんは一体ここでなにをしてるの?花壇の花を世話してるのか?」

「Vさんね・・・まあいっか。別に私は何もしていない。」

 じゃあ、なにを?と琥瑯が聞こうとすると、その前に少女が口を開いた。

「この花壇に染みついた想いは簡単にはとれない。だからこそ、こんなにも紅く咲いている。」

 花壇の花をさらに遠くを見つめるようにV3は言った。

「染みついた想い?」

 花壇の花の不吉なほどの赤は琥瑯に良くない想像を起こさせた。

「まさか、ここで・・・」

「いいえ。この下を掘っても何も出てはこない。でも、どれだけ深く掘ろうとも、土を掘り返そうとも、ここに染みついた想いはとれることはない。」

 琥瑯はV3がわざと遠回しに言っていると思った。これ以上詮索するのは良い事だとは思えなかった。

「この花の名前は?」

 琥瑯は最後にこう聞いた。

「知らない。」

 少女は素っ気なくそう言った。


 体育倉庫の中、大きな音が響く。鉄製のものが地面に叩きつけられたのであろう。日が徐々に傾いてきていたので、磯山は自分が何を投げたのか分かっていなかった。

 今の磯山は世界を憎んでいた。

「なんで僕があんな目に遭わなくちゃいけないんだよ!」

 磯山は先ほど琥瑯に受けた仕打ちに憤っていた。だが、恐怖のあまり玖瑯を直接憎むことができず、全ては自分を認めない世界のせいにしていた。

「僕が悪いんじゃない。世界が悪いんだ。僕を認めない世界が。」

「それは悪い思想だね。」

 どこからか聞こえてきた声に磯山はハッとする。体育倉庫は小さいのでどこから声が聞こえているのか分からない。だが、体育倉庫の中には人気がなかった。なので、入り口に声の主はいるはずである。磯山は後ろを振り向いた。だが、誰もいない。

「人間、怒りをどこかにぶつけないとやっていけないものさ。君も僕も含めてね。でも、世界なんて漠然として巨大なものに怒りをぶつけてしまっては見えなくなってしまう。自分自身の弱さが。」

 磯山はさらに振り向く。先ほどは誰もいなかったはずの体育倉庫に誰かがいた。薄暗くても分かる距離であり、磯山が存在を視認できないはずがなかった。そして、自分の横を誰かが通ればそれこそ分かる。この人物は前から体育倉庫の中にいたのだろうか、と磯山は疑問に思った。磯山はその人物の姿を見ることはできなかった。

「なに・・・?」

 磯山はその人物の眼しか見ることができなかった。その人物の眼で視界が固定されている。そして、体も動かない。

「炎術使いも接触したとは。あの少年、少し気になるね。少女のただの気まぐれかと思っていたんだけど。少々揺さぶる必要がありそうだ。」

 その人物は磯山に数枚の紙を見せて言った。

「君は人影のない時を見計らって、奉琥瑯にこれらを使うんだ。いいね?」

 そして、その紙を磯山のポケットにねじ込む。

 その人物が去った後、しばらくして磯山の拘束が解かれた。体育倉庫の床に大きく尻もちを搗く。

「あれ?僕はなんでこんなところに?」

 そして荒れている体育倉庫を見て言った。

「誰がこんなことをしたんだ。先生に知らせないと。」

 磯山は急いで職員室へ向かった。


 琥瑯の家は独り暮らし用の安いマンションだった。ほとんど何もないその部屋は、空間というべきものであった。琥瑯は炊事もしない。食べ物はコンビニで買ってくる。独り暮らしなので、風呂に湯を張ることもない。

「色々と面倒だな。」

 琥瑯はシャワーを浴びながらそう言った。

 琥瑯は風呂を上がった後、少し涼んでから勉強に励んだ。このローテーションは環境が変わっても変わることはないのか、と琥瑯は少しおかしくなった。テレビはない。

「明日は何が起こるかわからない。それはこの暗闇のよう。」

 琥瑯は窓から見える暗闇を見ようとしたが、そこから見えるのは自分の姿だけだった。そして、蠢く無数の虫。

 琥瑯は明かりを消して寝た。


 その日の朝はやけに霧が濃かった。数メートル先が見えないという程度のものではなかったが、近くのものは軽くもやがかかり、目を凝らさなければ看板の文字などは非常に見えにくかった。遠くもぼんやりとどんなものが存在し、何色であるのかくらいは認識できる。学校に行けないほどの霧だったらよかったのに、と琥瑯は思った。影が蠢くかのように人の存在を感じる。だが、それは本当に人であるのかもわからない。自分と同じ大きさで動く動物などそうそういないということと楽しそうな会話が聞こえるという点から、琥瑯は人間であると推測したのであった。衣装の点から、同じ高校の生徒であろう。話の内容も「濃霧警報は休みにならないなんておかしい」というものだから間違いない。

「今日は気を付けなよ。」

 琥瑯の耳元で何者かが囁いた。が、気配はすぐに消える。誰かの会話が耳元で聞こえてきたと錯覚しただけなのだろうか。男の声だった。


 自分を避けるように集まるクラスメイトに琥瑯は慣れてしまった。

「ねぇ、君。写真に興味ない?」

「は?」

 琥瑯は突然のことだったので少し愛想悪く言ってしまったことに相手がどう思っているのか心配になった。が、琥瑯に話しかけてきた少年は人懐っこい笑顔を琥瑯に見せている。

「すまない。部活動に入る気はない。」

 琥瑯ははっきりとそう言った。

「そうか。じゃあ、写真撮らせてくれない?」

「は?」

 少年の首には大きな黒いデジタルカメラが下がっていた。一眼レフというものであることを琥瑯は知っていた。

「撮るよ。はい、チーズ。」

 戸惑う琥瑯をよそに少年はシャッターを下ろす。

「驚かしてごめんね。僕は写真部の土師一。これからもよろしく。奉くん。」

 そう言って握手を土師は求めてきた。

「よ、よろしく。」

 そう言って琥瑯は握手に応じる。

「じゃあ、部活動があるから。」

 そう言って土師は去っていった。

「疾きこと風のごとし、か。」

 言葉の如く風のように去っていった土師を称して琥瑯は言った。


 琥瑯は再び昨日の花壇に来ていた。V3と名乗った少女はいなかった。

「V3って仮面ライダーのV3だよな。」

 誰もいない花壇に咲く赤い花を見下ろして琥瑯は言った。

「見つけたぞ、少年。」

 男のものでも、女のものでもないような奇怪な声を玖瑯は聞き取った。それは、人の声とも思えず、かといって声でしかないものであった。琥瑯は声のする方を向く。そこにいたのは磯山だった。

「てらそま、お前、そんな声だったか。」

「この少年はてらそまと言うのか。まあ、それはどうでもいい。僕が興味があるのは君だよ。奉琥瑯くん。」

老人のようにしわがれた、というよりかは掠れた声を磯山は出していた。

「お前もしつこいな。てらそま。」

琥瑯は軽口を叩いていたが、その反面、磯山の奇妙さに警戒していた。何がおかしく、危険なのかは琥瑯にも分からなかったが、体が自然と強張っており、注意せよという警報を鳴らしていた。

「何故、光術使い、炎術使いは君を狙うんだい?」

「なんだ、それは。」

 琥瑯は聞きなれない言葉に疑問を呈する。

「なるほど。彼らは君を巻き込もうとはしていない、ということか。ならば、カードとの関りは薄いのか、それともまだ様子見なのか。」

 言葉では考えているような言葉を発しているというのに、琥瑯の目の前の磯山はただ呆然と立っているのみだった。目は微妙に焦点があっていない。

「まあ、いい。君を殺してからじっくりと調べさせてもらおう。」

 そんな不穏な言葉が発せられた後、磯山はポケットから数枚の紙を取り出した。

「解!」

 そう言って磯山は紙を宙に解き放つ。すると、吸い込む風がその紙を中心に巻き起こる。

「てらそま、お前、一体・・・」

 体が持っていかれそうな琥瑯は必死に近くのものにしがみつく。花壇の花たちが巻き込まれていく。どうも土が集められているようだった。土を素材として何かが形作られていく。

「蟹?」

 初め、琥瑯はそれを蟹であるかと思ったが、よく考えてみると少し違っていた。足が四本しかない。だが、どら焼きのような胴は足に支えられ宙に浮いている。そして、口のようのものが開き―――

「うわっ。」

 琥瑯の足元めがけ、何かが飛んできた。琥瑯はかろうじて顔を守る。

「土?」

 磯山は四本足の背後で倒れていた。琥瑯は四本足が磯山に危害を食え話得るつもりがない事を確かめてから逃げる。

「あんな土の塊、ぶつけられたら痛いよな。」

 先ほどの攻撃は玖瑯には当たらなかった。すんでのところで外れていたのだった。攻撃は琥瑯のつま先のほんの少し前で着弾していた。

「あの足は飾りか?」

 琥瑯は時折四本足のことを観察しつつ逃げていた。四本足は立派な四本の足があるにもかかわらず、宙に浮いたように滑らかな動きで移動していた。速度は走っている琥瑯よりも少し遅いくらいだった。

 (あいつの攻撃の射線上に入らないようにしないと。)

 琥瑯はそう考え、角を曲がりながら移動していた。

 (そして、誰かを襲わないように惹きつけておかないと。)

 今は琥瑯しか追ってはいないようだが、誰かが犠牲になる可能性がある。

 (しかし、俺はいつまで逃げなければならないんだ?夢が覚めるまでか?あの化け物を倒さない限り意味はないんじゃないか?)

 だが、琥瑯にはどうすることもできず、逃げているばかりであった。

 (人に会うとやばいな。)

 そう思った矢先であった。

「きゃっ。」

 少女とおぼしきか細い声が聞こえた。そして、声とともに琥瑯の胸に軽い衝撃を受ける。どうも、歩いていた少女にぶつかったらしい。

「やばい。」

 角から四本足が現れた。口が開き、琥瑯の方を見つめている。琥瑯は咄嗟に地面に伏せた。顔に柔らかい感触を覚えた直後、頭上を音を立てて土の弾丸が通過する。

 メキシッ。

 弾が当たった先は樹木であったようだ。先ほどの音は樹木が音を立てて倒れる音だったのだろう。

「なんだ、なんだ?」

「木が倒れたぞ。」

 人の声がする。

「この先に人がいるのかよ!」

 そして、琥瑯は自分が何の上に載っているのかを知る。

「ああ、すまん。」

 琥瑯はぶつかった少女の上に伏せていたのだった。少女は赤い顔で

「は、はいっ。」

 と答えた。

「威力は戦車並っと。どんなチートだよ。」

 四本足は玖瑯に口を向けたまま迫ってくる。土の塊を撃ってはこない。琥瑯は装填に時間がかかるのだろうと考えた。

「やるっきゃねぇか。」

 琥瑯は後ろに向かう気はなかった。彼の背後からは大勢の声が聞こえる。木が折れたことによって人々が木を見に集まってきたのだ。被害を大きくすることはない。

「おい、お前。今すぐそこの校舎の角を曲がれ。今すぐに!」

 琥瑯はぶつかった少女、気が弱そうなメガネの少女に言った。少女はぼぅーっとしていて琥瑯のいうことを聞きそうもない。

「チクショウが。」

 そう吐き捨てると琥瑯は四本足に向かって走り出した。

 四本足は大きかった。余裕で琥瑯の身長の二倍はあるだろう。そして、胴は宙に浮いていた。琥瑯はそこを狙った。そこから滑り込んで四本足の向こう側へ行くというのが琥瑯の作戦だった。

 四本足の口が動く。

 (十分に惹きつけて、っと)

 口から砲弾が放たれると思った瞬間、琥瑯は横に跳ぶ。玖瑯がいる位置はちょうど中庭のようになっていてスペースがあった。一方、少女のいた場所、四本足のいる位置は狭く、殊に四本足のいる場所に至っては四本足の図体で防がれている。

 琥瑯のいた場所に着弾する。しかし、すでに横に跳んでいた琥瑯には少量の土が顔に付いただけだった。

「ぺっ。口に土が入った。」

 そう言いつつも琥瑯は笑っていた。先ほどの例から、砲弾はしばらく襲ってこないことがわかっているからである。

「って、嘘だろっ。」

 砲弾はすぐに襲いかかってきた。琥瑯はさらに逃げる。

「間が一秒くらいしか・・・あうっ。」

 琥瑯は避けるのに精一杯になりながらも、胴と地の間を、目標地点を見つめていた。

「ぬおううう。」

 琥瑯は横に跳ぶと同時に前へ向かっていた。腰を曲げ、頭を低くしながら四本足の足の下へ走る。もう、避けることはしない。被害が広がり人が来ることを恐れたからである。口が琥瑯の方を向く。琥瑯はそれを見ないようにし、前へ、前へと進む。

 琥瑯の背後で着弾した音が響く。戦車の大砲の着弾とは違い、軽いながらも鈍い音が響く。拳骨で殴られたときの音のようだ、と琥瑯は思った。威力もそのくらいだろう、などと軽率な予測もしていた。しかし、琥瑯には分かっていた。次の攻撃の時、確実に自分に着弾するであろうことを。万が一として、四本足がバカであるという可能性もありうる。だが、琥瑯はそんなことを真に受けられるほど楽観的な性格ではなかった。確実に誤差を修正し、発射してくるという確信があった。次の砲撃が襲ってくる前に四本足の胴と地面の隙間を抜けなければならない。だが、琥瑯も四本足の癖を感じていた。どのくらいの速さで砲撃が来るのかのタイミングを掴んでいた。だから、もう四本足の口を見ることはなかった。ただ、目標だけを見てる。

 琥瑯が砲撃が来ると思った刹那、野球のスライディングの要領で身体を滑り込ませる。ボールの弾むような鈍い音とともに琥瑯の頭部にパラパラと土が舞い落ちる。

 琥瑯は四本足の下を滑りぬける。丁度胴の下に着た時、赤い花や雑草やコケやらがところどころ混じった茶色い表面に拳骨を食らわせた。

「うへっ。」

 だが、土が崩れて琥瑯の顔にかかっただけだった。口の反対側へ到着した琥瑯は顔の土を払い、走って逃げる。先ほどの攻撃から、四本足は他の人間を襲うことは目的としていないらしい。ぶつかった少女は標的にはされないだろう。後は人に会うのを避けて逃げ切るだけ、と琥瑯が思った瞬間であった。

 四本足の胴の頭頂部のあたりから小さな土の塊が何発も放たれ、琥瑯のいる場所の周辺に着弾した。

 琥瑯は何が起こったのか分からなかった。ただ、背中に殴られたような痛みが何度も襲い、気が付いたら視界は地面と垂直になっていた。しばらくして、自分は倒れたのだと気が付いた。

「どこの未来兵器だよ。」

 琥瑯は力なく笑った。

 その琥瑯の垂直の視界に何やら黒くつやつやしたものが入った。

「汝ら、暁なり。ひんがしより出でて国をもたらすなり。」

 琥瑯はそれがローファーであることに気が付く。

「汝ら、陽光なり。南天にて世を照らす糧なり。」

 今、琥瑯の間近で非常に聞き覚えのある声が聞こえている。

「汝ら、斜陽なり。安らかな夜を暗示するものなり。」

 琥瑯は四本足が攻撃を加えようとしているのを感じた。琥瑯は叫んだ。

「逃げろ。」

 琥瑯が上体を起こし、四本足を見た時、少女は右手に持った光の槍を四本足に投げていた。槍は四本足の口へすっぽりと突き刺さる。四本足は暴れ出した。もし彼に喉があったのなら、断末魔の叫びを上げていただろう。光の槍はだんだん光を失っていき、緑色の棒に変わっていった。

「園芸用の支柱?それも滅多に使わないような極太の。」

「他に使えそうなものがなかったんだから、仕方ないでしょうがッ!」

 そう言って、少女は左手に持っていた数本の光の槍を投げる。今度は、足と地面の両方に突き刺さるように少女は投げた。計5本刺さっている。

「全くクモみたいで気持ち悪い。」

 なるほど、蜘蛛にも見える、と琥瑯は思った。

「おい。まだ動いてるぞ。」

「分かってるわよ。」

 言わなくても分かっていると母親に注意された娘のように少女は言った。

「ホント、虫みたいに気持ち悪い。」

 少女はスカートのポケットから何かを取り出す。琥瑯が見たそれは、鞘に入ったナイフだった。少女は鞘から煌めく刀身を晒して言う。

「目覚めろ、その魂!」

 瞬間、光の刃が形成される。刀身は地面に付くほどに長い。大層なことに柄まで光で形成され、十字のようになっている。

 四本足は地面に刺さった園芸用支柱に囚われ、身動きが出来ずにいる。痛みでも感じているのか、荒々しく暴れている。

 少女はそんな見るに堪えない四本足に向かって光の太刀を振り上げる。

「これは昨日食べたプリンの分。これは今日食べたプリンの分。これは、明日食べるであろうプリンの分だー!」

 三閃。

 四本足はバラバラになって胴を地面に落とす。砂が巻き起こる。そして、砂が晴れたときには、もう四本足は跡形もなく、ただ大量の黒い土が四本足が倒れていた場所に盛ってあっただけである。血液の代わりに、土の鉄臭い臭いが充満している。

「殺さなくても良かったじゃねぇか!」

 琥瑯は立ち上がって言った。動けるような身体ではないにも関わらず。目には燃えるような憎しみが宿っている。琥瑯は一度戦ったもの同士、四本足に少なからず友情を感じていた。自分以外の人間に被害を及ぼさないようにするという配慮、相手を行動不能にする手際の良さ、それらから四本足を讃えていたのだ。なのに、目の前の女は琥瑯の目の前で四本足を動けなくし、情け容赦なく殺してしまったのだ。

「アンタ、あんな式神風情に友情を抱いたっていうの?ばっかじゃない?」

「お前に何が分かるッ!」

「アンタこそ、魔術の何を知ってるっていうのよ。あれはね、心も何もないの。ロボットみたいにプログラムされた通り動いてるだけなの。それともあれかしら。AIBOを家族のように可愛がってたのかしら。」

「AIBOをバカにするな!」

「別にバカにしてないわよ。ちゃんとお葬式には出した?」

「当たり前だ。」

「そうよね。家族だもの、きちんと弔ってあげないと。」

 少女は少し寂しげな目をして言った。

「でも、お前は俺の友を殺した!」

「じゃあ、他の人間が被害に遭ってもいいっていうの?」

 凛とした姿勢で少女は言う。

「弱いくせに高度なプログラムが埋め込まれてたみたいだけど、現に被害が出てる。もしかしたら木の下に人がいたかもしれない。そしたらその人は死ぬか一生後遺症で苦しむの。あなたはその責任を負ったまま生きていける?」

 正論だった。琥瑯は反抗しようと思ったが、返す言葉が見つからない。

「でも、私も悪かった。あなたが友情を抱いてるだなんて思ってもみなかったから。だから、せめてもの償いに、弔ってあげましょう?」

 急に弱気になって少女は言った。少女は土に向かって手を合わせる。琥瑯も目を閉じ合掌する。

 琥瑯の頭の中には四本足との思い出がありありと思い出された。

 初めて会った日のこと。

 ともに育った幼年期。

 よきライバルとして腕を磨き合った少年時代。

 袂を分かってしまったあの日。

 そして、敵として再び出会ってしまった運命。

 四本足の最期の言葉が甦ってくる。

「わが友よ。俺はお前に倒されて、本当に幸せだった。俺は間違っていたのかもしれない。だが、今はそれも後悔はしていないのだ。よき友人であり、よき好敵手だったお前に終止符を打ってもらったのだから。お前を親友と見込んで頼みがある。俺の妻と子どもに俺が返ってこないことを伝えてくれ。約束を守れずすまないと伝えてくれ。」

 そして、四本足はガクリとうなだれ、二度と言葉を発することはなかった。

 琥瑯は四本足の妻と子どもに会いに行った。

「父さんは別の任務でしばらく帰ってこれない。でも、再び帰ってくる。」

 琥瑯には真実を告げることはできなかった。真実ほど人を魅了するものはないけど、真実ほど人に残酷なものもないのだろう。妻は泣いていた。琥瑯の言葉の意味することを理解したのだろう。無邪気な子どもは、何故母親が泣いているのか理解できず、不安そうに母親の顔を覗いている。

「大丈夫よ。パパは絶対帰ってくるから。」

 顔中を涙で濡らしながら母親は言った。

「うん。もうちょっと待ってる。だって、パパは約束してくれたもん。帰ってきたらディズニーランドに連れて行ってくれるって。」

 母親は力強く息子を抱きしめた。

 琥瑯は何も言わず静かに去っていく。

 その背中には新たな決意が宿っていた。

 これ以上こんな悲しみを増やしてはいけない。戦争を終わらせる。

 男の耳には潮風の臭いが血の鉄臭い臭いに、波の臭いが金属のぶつかる音に聞こえた。


「いや、随分と美化してるじゃない。」

 少女は言った。

 琥瑯は園芸用の立て看板に「わが友ゴルギアスここに眠る」と書き、盛り土に突き刺していた。

「我が友よ。お前は俺とともに生き続ける。」

「お取込み中のところ、申し訳ないけど。」

 少女が切り出す。

「さっきのこと、忘れてくれない?無理矢理忘れさせてもいいけど、私、そういうの苦手なのよ。」

「ふん。忘れなどするものか。」

「失敗すると脳が沸騰するわよ。」

「はい。忘れます。」


 漆黒の夜。何かが月の光を隠す。それはしみじみと厳かに移動していた。

「この大きさ、どう考えても一人では無理よね。」

 その宙に浮く巨大なものを見て少女は言った。

「他の魔術師と協力しないといけないんでしょうけど、誰も手伝ってくれそうにないしなあ。」

 悲しみを帯びた溜息を少女が吐いた。

「相性が悪くてこっちは手出しできないし。まあ、攻撃を加えない限り被害は出ないんでしょうけど。」

 だが、この町に訪れるであろう災難はこれだけではない。少女はそのことを考えると、頭が痛くなってくる。

「他の魔術師が封印してくれるのを待つか。でも、姿を現したのは炎術使いだけだしなあ。あのおっさんに頼るのもなあ。」

 再びため息をつく。傍から見ていてもこちらまで動揺してしまいそうな溜息だった。

「え?」

 少女の気のせいであろうか。夜空に何か影が過ったような気がする。

 キラリ、と何かが光った。

「なにやってくれてんのよおおおお。」

 誰かが巨大なものと戦っているのだ。そして、巨大なものが攻撃を放とうとしている。

 気が付いたときにはもう遅かった。太い光の光線が放たれる。

 町に当たらなくてよかった。

 光線は遠くの山に当たった。

 ストン、と何者かが少女の近くに落ちてきた。暗闇で何者かは分からない。

「まさか、素手で殴ったの?」

 その人物の腕だけが通り過ぎていく車のライトに照らされて見える。その人物の手からはぴしゃり、ぴしゃりと赤黒い血液が地面へと垂れていた。

 だんだんと周りが明るくなっていることに少女は気が付いた。漆黒の夜空を見上げると、巨大な物体がだんだんと消え始めている。

「アンタのせいで逃したじゃない。」

 少女は抗議しようと謎の人物を見るが、そこにはもういなかった。

「あんな無謀な真似するのは少なくとも魔術師ではなさそうね。」

 少女は覚悟していたものの、目まぐるしく変わっていく状況に使命を放棄したくなっていた。


 琥瑯は目を覚ます。そして、すぐさま異変に気が付く。

「俺は、また―――」

 琥瑯の右手には包帯が巻かれていた。そして、拳の辺りに痛みもある。もちろん、琥瑯には身に覚えがない。

 朝の弱弱しい光の中、琥瑯は携帯電話を探し、電話をかける。

「もしもし。奉さんかな?」

「はい。奉です。おはようございます。佐久馬さん。」

 眠たそうな声に対し、琥瑯は答える。

「今度はなにがあったんだい?」

 佐久馬と呼ばれた電話の向こうの人物は大きな欠伸を一つし、言った。

「右の拳に痛みがあり、包帯が巻かれています。」

「昨日は何時に寝た?」

「11時です。」

「なるほど。まあ、今日学校に着くなり保健室に寄ってよ。保健の先生から色々話は聞いておくから。ちなみに、現時点でニュースになってるのは山が大きながけ崩れを起こしたってことぐらいだから、安心しなよ。」

 どこが安心なんだろう、と琥瑯は思った。佐久馬が心配させないように気を配っているのは分かったが、昨日の夜の事件は今日一日待ってみないと何が起こったのかわからない。

「了解しました。では、失礼します。」

「はい。」

 そう言って琥瑯は電話を切った。


「皮膚が破れたことによる出血はあったみたいね。もう今は止まってるけど。骨折はしてないけどヒビが入ってる可能性はあるから、一度病院で見てもらった方がいいわ。佐久馬先生には私から言っておくわ。」

 やる気のなさそうな声で保険医は言った。

「ありがとうございました。」

 琥瑯はそう言って保健室を後にする。万が一を考えて、包帯は巻きなおされた。拘束具という面もあるのだろう。

「全く面倒な案件ばかりね。」

 女医は伸びをしながら言った。

「当事者が一番困っているんですよ。」

 白いレースのカーテンから声がした。

「あの少年にはどんな秘密があるんです?真田麻衣子先生。」

 うっすらと起き上がった人影がレースから見える。

「私だって知らないわよ。長い物には巻かれろって言葉を知ってる?葉原真樹さん?」

「知ろうとしないだけでしょう?」

「そうね。見て見ぬふりをして逃げているだけのように見えるかもしれないわ。若いあなたからしたらね。でも、大人になるって言うのはそういうことなの。自分の身を守るためにはいつまでも正義を振りかざしてはいられない。」

 遠い目をしながら真田麻衣子は言った。

「嘘ね。あなたは誰かが縛りつけられるほどの者じゃないわ。あなたはこの状況を傍観して楽しんでる。」

「悪女だと思う?」

 真田麻衣子は柔らかな笑みを浮かべて言った。

「いいえ。私も当事者じゃなかったら同じことをしていたでしょうし。」

「ホントかしら?」

 少し挑発するように真田麻衣子は言った。しかし、葉原真樹は何も言わない。

「授業が始まる前には出て行った方がいいわよ。光術使いの葉原さん。」

「こっちの事情をそっちは知ってるくせに、そっちの事情をこっちが知らないのは不公平ね。あなた、何者なの?」

「魔術師とかそういうものから遠く離れた存在であるのは確かでしょうね。」

 その時、風が吹き、レースのカーテンが舞い上がる。

 そこにはすでに少女の姿はなかった。

「普通に出て行きなさいよ。葉原真樹。」

 真田麻衣子は開け放たれた窓を見ながら軽くため息をついた。保健室は一階にあった。


 昼休みのことである。

「腕に包帯巻いた奴がいるのはここか⁉」

 校舎中に響き渡るような声が琥瑯の教室に響く。玖瑯は驚いて身を縮める。自分のことかもしれないと思ったのでより驚いてしまった。

 教室へ現れたのは髪が短く背の高い、活発そうな少女だった。

 琥瑯を教室にいる人々が見る。玖瑯は慌てて目を逸らしたが、少女は獲物を見つけたとばかりに琥瑯の机へと向かっていく。

 バタンッ。

 少女が机を叩く音に琥瑯は思わず耳を塞ぎそうになる。

「私に勝てば我が部に入れ!」

「はい?」

 突然のことに琥瑯は驚いた。

「どういうことでしょうか?」

 玖瑯は椅子の背もたれの部分にうまく右手を隠しながら言った。

「言葉の通りだが?」

 言葉の通りもへったくれもないと琥瑯は思ったが、冷静にお断りする。

「俺は部活に入るつもりはありません。」

「ならば、闘うのだ。少年。」

 話の通じないひとだ、と琥瑯はぼんやりと考えた。

「訳が分かりません。」

 琥瑯は非常に困っていた。このままだと戦わざるを得ないだろう。そんな琥瑯に助け舟を出す人物がいた。

「松ヶ崎さん、申し訳ないけど奉くんは写真部に入る予定なんだ。」

 土師であった。

「いや、写真部にも入らないから。」

「大丈夫。君が入ってくれるって僕は信じてるから。」

「じゃあ、貴様が戦うか。この少年を巡って。」

「いいだろう。」

 土師は胸を張って答えた。

「やめておけ。土師。ところで、何の部活なんですか?」

 土師を琥瑯はなだめ、松ヶ崎と呼ばれた少女に言った。

「異次元格闘技部だ。」

「は?」

 琥瑯はそれが一体何なのかが理解できなかった。周りにいた人々すべてが琥瑯のように顔を疑問の色でいっぱいにしていた。

「何なんですか、それ?」

 琥瑯は聞いた。

「異次元格闘技。それは理論も法則もなくただただ拳を振るい合う、究極の闘技。」

 なぜか土師が言った。

「そう。そして我が部はその異次元格闘技を日夜研究し、新たな発展へと導く部活動なのだ。」

 松ヶ崎が高らかに言った。

「だから、闘え。」

「何故俺に声をかけたんです?」

 琥瑯は松ヶ崎の言葉を無視するように言った。

「お前は拳に包帯を巻いている。それはつまり、結構な手練れということだ。」

 これは違う、と言いかけて、琥瑯は何が違うのだ、と言葉を発するのを止めた。自分は再び誰かを傷付けたかもしれない。いや、傷付けたに違いない。琥瑯の頭の中ではそんな言葉が飛び交った。

「そろそろ口を噤んだ方がいい。聞き耳をそばだてている者がいる。」

 土師が今まで見たことの無い真剣な顔で言った。よく見れば青銅色をした腕章を身につけた生徒が何人かいる。

「生活委員会か。」

「評議委員会もいるようだよ。」

「けっ。今回はお預けだ。だが、絶対入ってもらうからよ。」

 そう言い捨てて松ヶ崎は去っていった。琥瑯はホッと息を吐き土師を見つめて言った。

「ありがとう、土師。助かったよ。」

「じゃあ、写真部に入ってくれるかい?」

「お前もしつこいな。」

「しつこいのが取り柄だから。」

 土師はウインクをして去っていった。

「すべからく面倒だ。」

 誰も琥瑯について触れなくなった空間で琥瑯は呟いた。


「まあ、別に心配はないとは思っていたけど、骨は折れてないよ。」

 レントゲン写真の目の前で佐久馬は言った。

「それと」

 琥瑯の瞳を覗きながら佐久馬は続けて言う。

「警察に被害届は出ていないよ。殺人とか傷害はね。」

 その言葉を受けても琥瑯の表情は柔らかくはならない。

「包帯もいらないんだけど、どうする?」

 琥瑯は正直どっちでもよかった。巻かれている場所も拳周辺なので、指先は自由に使える。生活に支障はなかった。

「ま、お風呂の時にでも外したらいいよ。」

 話すことの無い琥瑯に辟易しながらも佐久馬は言った。

「では、失礼します。」

 何の表情もなく琥瑯は佐久馬に礼を言い、診察室を後にしようとする。去ろうとする琥瑯に佐久馬が言った。

「今日も千花ちゃんのところに行くのかい?」

 琥瑯は振り向かないまま歩みを止める。ただ呼び止められたから動きを止めたという風に。

「警察は君を疑っていたけど、証拠は何一つなかったんだ。君がやったんじゃない。だから、後ろめたさを感じる必要はないんだ。」

 佐久馬の言葉は琥瑯の閉ざされた心には届かなかった。

 佐久馬はこれ以上何も言わなかったので、琥瑯は診察室を出た。

 琥瑯はその後、顔見知りの看護師と顔を合わせながら、病院の二階へと向かう。窓から見える景色は町全体を映し出していた。太陽は町をぐるりと囲む山々にかかり始めていた。そのせいで橙色となった光がF市の全景をオレンジ色を帯びた仕様で映し出す。

 琥瑯は一つの病室の前で歩みを止める。

 病室には「奉千花」と書かれていた。琥瑯は毎回のことながらここで一度入るかどうかを躊躇い、深く呼吸をして扉に手をかける。

 引き戸の先には個室の病室があった。そこにはほとんどなにもない。あるのは大きなベッドと大層な機械。そして、ベッドの上に横たわる一人の人間。

 その人間は動かなかった。それは家具とほとんど変わらない、と琥瑯は思った。

 その人間の体には一面に包帯が巻かれている。包帯が巻かれていないのは顔くらいで、でも、その顔も半透明なマスク―――人工呼吸器のマスクで覆われていてよくは分からない。が、その少しだけ肌の見えている部分から除く表情から、その人間はまだ年の若い、琥瑯と同い年かもっと若い少女であることが分かる。

「千花・・・」

 琥瑯はそうつぶやき包帯姿の少女へと、同じように包帯が巻かれた自分の右手を伸ばす。しかし、少女へ触れる前に琥瑯は手を止め、自分の体の方へと戻していく。

「千花。」

 琥瑯はもう一度呟く。

 琥瑯は毎度、病室に入る前で恐怖に駆られている。もし、奉千花が目を覚ましていたらどうしようか、と。目を覚ました奉千花へ彼女の名前を呼ぶことを琥瑯は許されないことだと思っていた。今だから言えるのだ。愛しいその名を。

「ごめんね。本当に・・・」

 目を覚ました千花にはそんな言葉も言えないことを琥瑯は知っていた。彼女は自分を恨んでいるからである。彼女の幸せを奪ってしまった琥瑯を千花は許すわけがなかった。

 一年も目を覚まさない妹の回復を望みながらも、それを怖がっている自分が琥瑯には面白かった。

 琥瑯はしばらくベッドのそばにある椅子に座り、深くうつむいていた。


 放課後の教室で一人本を読んでいた葉原真樹は本から視線を外し、誰もいない教室を見渡す。一週間ほどは珍しかった教室も今はかつて抱いたほどの好奇心が無くなり、色あせてしまったような気が真樹はしていた。そこが教室の不思議な所である、と真樹は考えていた。

 魔術師の自分が言うのもなんだが―――教室には何もかもを何気なくしてしまう魔力がある。そんな風に考えていた。この高校以前の真樹を知っている人物は一人もいない。家庭の事情で家から出なかったのだ。それゆえ、高校より前の知り合いもなく、今まで学校に行っていないという異常性を隠すため、誰とも話さないように心掛けていた。だから、誰もいない今は本から視線を外し、教室を見渡すことができたのだ。

「ふぅ。」

 体を伸ばし、気持ちがよさそうに真樹は息を吐いた。伸びをした瞬間にチラリと覗いたスラッとした足が官能的であった。

「ずっと本を読んでいるのはやっぱ疲れるわ。」

 真樹は他人と目を合わせるのを怖がっていた。コミュニケーションが苦手という意味ではないと本人は理解している。ずっと家にいたのでコミュニケーション能力については少々疑問視すべきかもしれないが、少なくとも真樹は人付き合いで物怖じする性格ではなかった。ただただ、自分の正体について知られるのが面倒だったのである。

「私って人懐っこい面でもしてるのかしら。」

 どうでもいいことのうちだが、面倒であるといった風に真樹は言った。真樹は実際人に話しかけられることが多かった。目が合えば、顔を明るくして誰かが話に真樹に近づいた。

「おばあちゃんの話って長いのよね。」

 真樹が話しかけられる機会が多いのは町中を歩いている時だった。特におばあちゃんに話しかけられる。よくもまあ知らない人間にあそこまで気安く話しかけられるものだ、と真樹は呆れていた。そして、あの日もおばあちゃんに話しかけられて学校に遅れそうになって急いでいたのだった。その時、唐突に法王と炎術使いに遭遇したのだ。

「⁉」

 物思いにふける暇もないという風に、彼女の机の術式が発動した。魔術的な光の紋が現れた。

「また現れたか。法王。次こそ逃がさない。」

 真樹は机に手をかざし、「鞘は荒ぶる刃を納るためにあり。」とつぶやいた。すると、紋が消え去った。

「行ったところで手も足も出ないけど、炎術使いにだけは先を越されたくないわね。そして、昨日の変なヤツ!アイツは全力で止める。そして、ぶん殴る。」

 真樹は教室を飛び出す。そして、走って靴箱まで来たときにふと手に重みのない事を気付く。

「カバン忘れた。」

 真樹は急いで教室へ戻っていった。


 琥瑯は浮浪者のように覚束ない足使いで歩いていた。胸を押さえている。それは胸に痛みを感じるからではなく、胸になにか嫌な感触を覚えるからである。何故自分が道を歩いているのか、琥瑯には分からなかった。

自分は今まで奉千花の病室にいたはずである。そこで呆然としていると何か変な感触が襲ってきて・・・

何処へ向かっているのか琥瑯には分からない。自分の体であるのに、自分の支配を抜け出そうとしている。

危険だ。

琥瑯はそう感じた。


「また現れやがったわね。」

 葉原真樹の見上げる先には巨大なものが浮いていた。だが、その存在を認識する者は彼女以外には存在しない。

「何故昨日のヤツは法王に気が付けたんだろう。光術が使えるとか?」

 法王と呼ばれた物体はSF映画の宇宙船かのように空にプカプカと浮いている。

それを見ることができるのは光術使いたる彼女しかいない。初めてレーダーに反応があった時、真樹は存在を見ることができなかった。しかし、万が一と思い光術認識用の眼(普段はあまり使わないが一応光術使い誰もが習得する)の魔術を発動させると宙に浮く巨大な物体を認識することができたのだ。そして、同時にその存在の正体を知ることができた。

「光の属性を司るカード、法王。でも、それだからこっちは手を出せないのよね。かといって炎術使いに倒してもらうのも癪だし。」

 結局見ることはできても倒すことはできない。どうしようもない状況なのであった。

 じゃりっ。

 砂を踏む音がする。真樹は一歩も動いてはいないので真樹ではない。一体誰だろう、と真樹が足音のした方を見るとそこにいたのは琥瑯だった。

「あなた、なんで・・・」

 真樹の目には琥瑯が満身創痍に見えていた。何キロもの道のりを歩いたような、そんな足取りだった。

「&$%#*」

 うわごとのように言った琥瑯の言葉を真樹は聞き取ることができなかった。

「なんて言ってるの?」

「逃げろ。」

「え?」

「俺から逃げろ!」

 吐きそうだから逃げろというような真剣さで琥瑯が言った。その覇気に真樹は威圧される。

「何を・・・」

 言ってるの、と続けようとした真樹は途中で言葉を止める。琥瑯の様子が明らかにおかしかったからである。うつむいたまま、何も言わなくなった。それだけなら大した変化ではない。真樹の目の前で起こっていた変化は常軌を逸していた。琥瑯の長袖の制服から見える手が、包帯の巻いていない左の手だが、手首の方から手の先に連れて徐々に白くなってきている。それは血の気が引いていくとかそういうものではなく、舞妓さんがするような白塗りのような変化だった。変化は手ではない。肌の見えている他の場所、つまり顔も徐々に白塗りのように変わっていっていた。俯いていてよくは確認できなかったが、白塗りの琥瑯はニヤリと口まで裂けそうな笑みを浮かべたようだった。

 真樹は身構えた。新手の魔術師であると判断したためである。しかし、その瞬間にはもう琥瑯の姿はなかった。

 スカートのポケットに違和感を覚えた後、頭上で何かが起こっていることに気が付く。学ランを着た人物が法王と戦っていたのだ。状況から察して琥瑯である人物の手から光の刃が伸びている。真樹はスカートに手を突っ込み確認する。ナイフがない。となると今琥瑯の手に握られているのは真樹のナイフだろう。

「だから、光術は効かないんだって。」

 真樹は言った。光術を無効化する魔術が法王には使われているらしかった。真樹は初めての戦いで経験済みだった。しかし、猿知恵なのか、琥瑯は法王に乗ったまま何度も剣を突き立てている。

「やめなさい。法王の攻撃で被害が増える!」

 真樹は叫んだ。しかし、地上から一〇メートル以上も離れている距離から聞こえているかは微妙であった。ふと、真樹は疑問に思う。琥瑯は一体どうやってあそこまでたどり着いたのかと。法王の高さまで到達する建物など到底存在するはずがない。となると可能性は一つしかないが、しかし・・・

「あの高さまで飛んだってことはないでしょう・・・ね。」

 光の刃が弾かれる。その勢いで琥瑯は宙に投げ出される。それだけならばよかった。命は助かっていたかもしれない。

 法王に光が集まる。光線発射の前兆である。

「ちっくしょう!」

 真樹は制服のブレザーを脱ぎ、白いワイシャツ姿のまま駆ける。まだ少し肌寒い気候だったが、そんなことを気にしてはいられない。

「行き思路に子は宿り、眠れる森も子を宿し。紡ぐものは続くのみ。それが望みであるゆえに。望まぬものでもあるゆえに。ただ今は教えゆかん。とこしえに行く闇を。照らさば闇であらんことを。」

 真樹は光線と地面との接触点に向かっていた。

「もうどうにでもなれ。」

 ブレザーが銀色に変色していた。しかし、よく見るとそれは鏡面なのであった。光線を鏡のマントと化したブレザーで跳ね返そうというのだ。それは無謀なことであるのを真樹は知っていた。マントの面積より光線の太さの方が大きい。だが、それでも被害が出るよりずっといい、と思っていた。

「えっ。」

 自分でも間抜けな声であると真樹は認識していた。一瞬にしてなにも考えることができなくなった。真樹の目の前で光線は大地を割った。間に合わなかったのだ。光線は徐々に人々のいる市街地へ進んでいくだろう。

 しかし、そうはならなかった。

「え?」

 驚きの混じった声を真樹は上げる。それだけ目の前の光景が信じられなかったのだ。

 まるでマンガのように一人の人間が光線を両手で受け止めていた。光線を必死に押し返そうと地面に足をつき、その足が地面にめり込みながらも必至で受け止めている。

「そんなバカな。そんなことできるわけがない。」

 魔術師である彼女は言った。

「うおおおぉぉぉ。」

 琥瑯は獣のような雄たけびを上げる。そして、腕を大きく上へ、肩よりも上へ大きく伸ばした。すると、光線はまるで飴細工の飴のように柔らかく曲がり、琥瑯の頭上で大きな九大となる。その姿はまるで

「元気玉じゃない。」

 であった。

 顔面真っ白の琥瑯は法王の方を睨んでいる。そのことに気が付いた真樹は言った。

「アイツには光術が効かないっての。」

 真樹がそう言ったにもかかわらず、琥瑯は巨大な光の玉を法王に向かって投げた。玉は法王を飲み込み、油の浮いた水に洗剤を落とした時のように綺麗に散っていった。

 その光景を琥瑯は虚空を見つめるかのように呆然として見ていた。まるでスイッチが切れたように膝をついて眺めていた。法王は晴れていく霧のように姿を宙に消す。真樹は町に被害があるよりかはよかったと思った。琥瑯は意識を失ったかのようにバタリと倒れる。警戒しながら進んでいた真樹は琥瑯の顔を覗く。肌は普通の色に戻っていた。


 公園で死体が発見された。

「またか。」

 かつて死体のあった場所で刑事が呟く。刑事は辺りを見渡す。その公園自体は木々が生い茂っていて、少し薄暗い。死体も鬱蒼とした木陰に横たわっていたという。だが、その公園以外は普段人目が多いはずのごく普通の住宅街であった。物騒なものを持っている人間がいれば、それこそすぐわかりそうなものである。だからこそ、警察署一同頭を悩ませていた。

 パシャリ。

 軽快なシャッター音と明確なフラッシュ。それとともに若い男の声がした。

「やっべ。」

「誰だ!」

 刑事は怒鳴った。そのことに慌てたのか、草木の影から何者かが飛び出す。刑事はその人物を追いかけ、シャツの首根っこを掴む。組み伏せようとしたが、相手を見てそれを止める。

「なんだ、ガキか。」

 学ランに一眼レフカメラを持った少年が刑事に首根っこを掴まれ、猫のように縮まっていた。

「ここで何をやっている。」

「おじさん、なんなの?先生?」

 その言葉を聞き、刑事は少し油断する。何も事情を知らないようであり、また、教師を恐れるというところが彼のこころに懐かしい臭いを漂わせたためであった。

「そんなことどうでもいいだろう。さっき何を撮った?」

 襟を掴まれたままの自分を惨めに感じたのか、少年はしぶしぶ語りだす。

「なんか、事件があったっていうから来てみただけです。写真は景色を撮りました。」

 ただの野次馬か、と刑事は思った。それに、撮られたところで困るものはもうこの場にはない。何もかもが元通りである。この場に死体があったことなど微塵も感じさせない。でも、と刑事は考える。どんな場所でも死んだ人間のいない場所などないのではないか、と。原始の時代から今までで死体が転がらなかった場所など普通はない。

「そろそろ暗くなるから、帰れよ。ちなみに、俺は刑事だ。」

 そう言って刑事は軽く前へ押しながら少年を解放する。少年は少し後ろの刑事を見るようにして言った。

「想像し得ることは全て存在し得るんだよ。」

 途端、尻に火が付いたように少年は公園から逃げ出す。刑事は呆れながらも不審に思っていた。

「さっき一瞬だけ別人になったような・・・」

 少年が不可解な言葉を発した時、刑事には急に少年が大人びて見えた。それもまるで別人になったような・・・

「もうこんな時間か。俺も署に帰らなきゃな。」

 そう言って刑事は公園を後にした。その背中は大きいにも関わらず、小さく錯覚してしまいそうであった。


 署へと帰った刑事を待っていたのは同僚の憎まれ口であった。

「どこにサボりに言ってたんですか?岡嶋さん。今、とっても忙しいというのに。」

「そんなガミガミ言うなよ。愛ちゃん。若くないんだから、顔に皺ができちゃうよ。」

 ムッと咲洲愛は顔の皮膚を伸ばす。もう頬を膨らませると形容していい歳ではない。

「今日、何もなかったですか?」

 岡嶋は上司である係長にお伺いを立てる。

「岡嶋。お前、どこほっつき歩いていた。」

 言われる岡嶋ももう何年間続けているんだよ、といった感じで、うんざりしていた。そして、諦めたかのように言った係長もまた、岡嶋と同じ心境なのだろう、と岡嶋は思った。

「まあ、例の現場に行ってたんですよ。何もなかったですけど。ところで、進展はありました?」

 現場にはもう何も残っていなかっただろう、と係長に言われる前に岡嶋は先に言った。無駄な会話を省き、話の流れをスムーズにするための配慮である。実際は流れに任せて係長の怒りを何処かに流してしまおうとしているだけなのであるが。

「何にもねぇよ。来るのはイタ電くらいさ。」

 やけにニヒルな声が聞こえる。その声の主を岡嶋は知っていた。

「近藤。一応係長のまえだから、その話し方はよくないと思うぞ。」

「はい。申し訳ありませんでした。」

 反省した様子もなく近藤は自分の席に戻っていく。コイツは何をしに来たのだろうと岡嶋は思った。

「お前のやるべきことは分かっているな?」

「また、イタ電調べっすか?」

「能天気なお前にはピッタリな仕事だと思うぞ。」

「はぁ。」

 溜息にも似た返事を岡嶋はした。

「そろそろ勤務時間は終わりますので、帰らせていただきます。」

「署にいなかったくせに定時とは、なかなか度胸があるな。」

 岡嶋はイラついている係長の態度に辟易しながらも言った。

「今からできる仕事ってないじゃないですか。」

 暗くなった窓を視線で指しながら、岡嶋は言った。

「明日は働けよ。」

「はいはい。」

 上司に対する態度とは思えない返答をしながら、荷物をまとめるため、岡嶋は自分の机に帰っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ