蓮の池
平沢師匠の『ロータス』に捧ぐ。
ピチャン・・・。ピチャン・・・
私が歩く度に水音が立つ。足裏がその度に冷っこい。
何故だか解らないが、私は永い間、薄暗い水辺(滝でも近くにあるのだろうか?轟音が聞こえる)をこうして歩いている。
果てもなく、只歩むだけ。その言葉に偽りはなく、只、歩くだけ
(しかし、こうして歩いてばかりは疲れるな、どこか休める場はないものか)
こうして水溜まりの様な暗い道を歩いていると、陰気な気持ちになっていく。それは疲労であり、将又陰鬱である。
足を止めても道が私を運んでくれる訳でもなく、そこに停滞せざるを得なくなる。それは、せっかちとも言える、私の性格ゆえ許されないことである。少なくとも、煎餅の蓋を閉じぬぐらい。
だから私はかれこれ・・・何時ぐらいだ?まぁ詳しいことは解らないが、長く歩いている。
(ふぅ、疲れてくるものだ。・・・お?)
歩いていると、道の端に古く黴の生えているベンチがあるのを見つけた。
(これは有り難い、暫し休んで行こう。)
私は足早にベンチに座ると、ため息をついた。
湿っているのが少々気にくわないが、有るだけありがたい。
(・・・しかし、この道には終わりはあるのか?そして私は何処へ行く?)
悩んでいても仕方がない、行こう。私はベンチを立ち、歩き始めた。
ピチャピチャピチャピチャピチャ、只ひたすらに湿り気宿した足音が響く。それに気を介せず、歩く。
歩く、歩く。
(・・・・・・・・・・・・ん?)
道の遠く先から光が指している。確かなことは解らないが、そこに何かあると私の心が告げた。私は突発的に走る。
光のもとへと辿り着くと、そこには美しく発光する池があった。
池はその底が見えない程深く、紫と桃の色の妖艶な蓮が咲いている。
(美しい・・・)私は池に手を入れた。
スルリ、と手が池に音もせず吸い込まれる(水音がしない?奇妙だ)私の手に新鮮な冷たさが伝わり、気がそこに注がれる。
すると、奇怪な現象が起こった。
手をいれて刹那、掌から何かが抜けていった。
するりと、まるで風が通り抜けて行く様に、清流が体を凪がすように。
そうして、掌から抜けたものが池の底に吸い込まれて行き、深淵に消えた。
すると、池の底から何かが伸びてくる、緑、緑の茎だ。
それはスルスルと水中で伸び、真空に顔を出して刹那で花を咲かせた。
紫の華、ロータスこと蓮である。
(きれいだ、余りにも美しい。)
そう想うと、ある俗説が頭を巡った。
(蓮の花は死者の華だと、釈迦の華だと・・・)
そこでひとつ思った、私は既に死んでいるのではないかと。
それにはなんの疑問もない、無くて結構。
大いに結構。気楽じゃないか。
私が死のうが何て事はどうでも良い、只一つの事が解ったのだから。
この道はここで終点だ。このロータスの池こそ。
私は二つ三つ息をして池に足を踏み入れた。
トプン・・・。ゼリーの様な感触がする。
池の縁を掴み、足から胸を池に沈めた。
心地が良い・・・。これなら構うまい。私は、手を離した。
スルゥン、と私の体が池に沈む。冷たさはもう無かった。
ああ、心地よい。息は全く苦しくない。それどころかしなくても良かった。
これでこの旅は終わりだ、ああ良かった良かった。
・・・・・。
御霊の体が沈むと、池からロータスがもう一つ咲いた、
ピンクの綺麗な綺麗な色だった。
如何でしたでしょうか?
もし良ければ、『ロータス』も一緒にどうぞ・・・。
あなた方にロータス咲かんことを。