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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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正解

「あいつ、どこ行ったんだろ」

 いつの間にか、それが彼らの口癖になっていた。高橋透。特に目立つ存在ではなかったけれど、彼らと楽しい思い出をたくさん作った友人。

 彼は体調を崩したと言って学校を休み、そして二度と戻らなかった。学校は退学、家は引っ越しをして、今はケータイもつながらない。引っ越しをする前に一度、透の両親に話を聞こうと家に押しかけたこともあったが、「透は先に引っ越し先の家に行った」とだけ教えられた。学校を辞めたといっても、その引っ越し先に近いところで新たな高校に編入するのだろうと思って学校名を聞いたのだけれど、よく覚えてないとの返事。そんなはずはないと違和感を感じたが、せめてどこに引っ越すのか教えてくれと食い下がり、そして惨敗した。結局、連絡をくれと透に伝えてくれるようお願いして、彼らは引き下がる。しかし一向に透からの連絡は来ず、そのまま透の両親も引っ越していってしまった。

 成す術がなくなった彼らは仲間内で答えのない問いを繰り返すしかない。どこに行った、なんで黙ってた、どうして連絡がない、まさか病気なのか、もしかして夜逃げだったんじゃ………。そんなことを話して、時には意味のない喧嘩をし、彼らはもう疲れていた。

 今日も答えが返ってこない問いを何度も呟き、その度に俯いて、低気圧が迫っているような重苦しさを肩に感じながら下校する。校門までコンクリートを蹴って進む足音だけが規則的に耳に届いた。

「にゃぁ~ん」

 憂鬱な足音を、場違いなほど可愛い声が遮る。驚いた彼らが見上げる先には、塀の上にお座りするオレンジ色の猫。ふさふさの毛が生えた尻尾を優雅に揺らして、彼らを見下ろしていた。

「猫?」

 1人が呟くと、猫はご機嫌な顔をして身軽に塀から飛び降りる。そうして彼らを振り返り、もう一度「にゃぁ~ん」と鳴いた。そのまま少し進んで、再度「にゃぁ~ん」。不思議と呼ばれていることを疑問もなく確信した。彼らはお互いに顔を見合わせて、オレンジのふわふわについて行く。友人が何の前触れもなく消えるというあり得ない事態に遭遇した彼らは、猫がどこかへ道案内をするというおとぎ話のような展開も、今なら信じることができた。

 猫は時々彼らを振り返りながら、ご機嫌に尻尾を振って道を進んでいく。よく見ると尻尾が2つある。そんなことってあるんだなと思いながら、その姿を見失わないように彼らはその後ろを歩いて行った。

 随分歩いて、普段は用事がない限り立ち入らないお金持ちの住宅街へと入る。このあたりで飼われている猫なのかもしれない、もしかして異常に人懐っこくて、度々こうして人を連れて来ているのかも。長い時間を歩いた彼らは猫に対してそんな疑いを持ち、道案内は思い込みだったのではと思い始めた。それでもここまで来たらついて行くしかない。そうして根気よく後を付けた結果、猫は急に方向を変えてひとつの家の塀にぴょんと飛び乗った。猫の方向転換に見失うまいと焦った彼らは小走りにその地点まで駆けつける。しかし猫は飛び乗った場所で彼らを待っていて、再び「にゃぁ~ん」と鳴いた。よく見ると、そこは家の門が立派にそびえる場所。中には大きいことが一目で分かる家と、バラが咲き乱れる庭が見えた。

「なあ、透の祖父さん家って、バラがすごいって言ってなかったっけ」

 ぽつりと1人がこぼした言葉に、全員が息を呑む。その話には覚えがあったし、このタイミングで透の祖父の家と思しき場所に辿り着くのは偶然とは思えなかった。ここまで連れてきた猫を見上げると、再びご機嫌な顔で鳴いて、塀の向こう側へと降りていく。それに導かれるように、彼らは意を決して門を押し開けた。

 遠ざかっていく猫を追いかけ、玄関までの道を進む。するとドアにつく前に猫がピタリと止まってお座りをした。まるで彼らを待っているような様子に近寄ると、猫の隣にスーツの男がいることに気付く。猫はずっと視界に映っていたのに、今の今までなぜ男が目に入らなかったのだろうかと彼らは驚き、ゾッとした。まるで一瞬の間に現れたようなその男は、白髪だが若く、人のよさそうな糸目を持っている。彼は足元の猫に微笑み、狼狽える彼らに目線を向けた。

「高橋透さんのお友達ですね。お待ちしておりました」

 男の口から透の名が出たことに、彼らは予想が確信に変わったことを感じる。同時に、待っていたという男と、やはり彼らを連れてきた猫に対して、言いしれない恐怖も覚えた。しかし男はこちらの様子を気にも留めず、ゆっくりと歩み寄ってバインダーに挟んだ紙を見せる。白い用紙に何事か書かれていて、下にはサイン欄。男はにっこりと笑ってそれを見せながら、彼らに柔らかく話しかけた。

「透さんに会いたければ、こちらにサインを。でも気を付けてください。これは魂を賭けた契約です。中身をよく読んで、納得した上で書いてくださいね」

 ペンはこちらに、と言って上品な黒いペンを差し出す男を、彼らは眉をひそめて見る。物騒で意味の分からない単語が聞こえた気がしたからだ。しかし、そうして見つめ返しても崩れない完璧な笑顔に屈して、今度は紙に書かれた内容を読む。そうして彼らは目を見開き、信じられないという気持ちでお互いに顔を見合わせた。




 その日は母もパートに出かけていて、透は家に1人。昼までは妖精たちと一緒にいたが、昼寝から起きた後は1匹も見かけなかった。時おり女王が住みかとする庭の異空間のようなところに集まっているから、今もそうなのだろう。そう思った透は、なんとなく祖父の書斎へと足を運んだ。

 以前とは違い、きちんと掃除された部屋を迷いなく横切り、透は目的の本棚の前にしゃがみこむ。最初は魔物の女の子が見つけた透のアルバム。祖父が綺麗にまとめていたそれを、ここに住み始めてからたまに眺めていた。幼い自分が様々な表情を見せる写真は、幸せの塊のように見える。祖父もそう思っていたのだろうか。透がここに来なくなった後も。

 透は会いたい者に会えない辛さを祖父に味わわせたことに罪悪感を感じていた。自分が意図したことではないにしても、もし自分が1回でもここに足を運んでいたら、祖父が過ごした一生は変わっていたかもしれない。祖父と同じ、会えない苦しみを持つようになって初めて、透は祖父も感じていたであろう影のように付きまとう絶望を理解した。

 両親と妖精と暮らし、庭を手入れし、お菓子を作って喜んでもらう生活はそれなりに楽しい。でもその絶望が消えることはない。こうしてふと1人になったとき、それは表に現れるのだった。

 透はアルバムを持ったまま、窓辺にある椅子に腰かける。ここから見える庭は最近手入れを始めたが、妖精の力もあってそれほど荒れておらず、調整した水や肥料をせっせとあげることに注力していた。大きな窓からはまだ夕日になりきらない日の光と、生い茂る緑が美しく見える。しかし透の目はその先にあるものを映そうとしていた。賑やかな商店街、中高年が多く穏やかな住宅地、学生がお喋りを止めない学校の教室。景色も匂いも音も思い出せるのに、今は直接見られないそれらに思いを馳せることしかできない。

 自分と同じ魔物でありながら、そして自分とは違い生まれた時から魔物である女の子から学校の話を聞いた時、自分にとってあの空間がどれだけ大切だったのかを思い知った。女の子に対する嫉妬と羨望に泣きわめきたくなる衝動を覚えたのだ。女の子に八つ当たりしそうになる自分を抑え込むだけで精いっぱいだったのを思い出す。自分は生涯ここに縛られて、閉じこもっているしかない。友人も知らない、懐かしい人は誰も訪ねて来ないこの家で。

「あいつら、ここに来ないかな」

 ここから出て行って、欲しいものを手に入れることができないなら、欲しいものがここに来てくれればいいのに。そんな儚い夢を、透は無意識のうちに呟いた。

「透」

 だからその声を聞いた時、透は自分の願望が強すぎていよいよ幻聴が聞こえたのだと思った。二度と聞くことはないと思っていた友人が発する音。それが自分のもとまで届き、身の内に震えて響くのを感じた。今までどうやって息をしていたのか、急に分からなくなる。呼吸だけでなく瞬きすらも止まってしまい、やけに大きく響く自分の鼓動だけが、この世で唯一動くものになった。

 それでも一度気付いた背後の気配は消えることなく、同じ部屋に留まり続ける。たとえ自分の願望ゆえの勘違いだとしても無視することは出来なかった。透は忘れた呼吸を無理やり再開して、胸に大きく空気を取り込んでからゆっくり振り返る。

 いつもの制服、いつもの鞄、いつもの靴で現れた、いつものメンバー。3人欠けずに揃っている。皆一様に驚きと戸惑いの表情を浮かべ、同時に懐古や幸福に似た感情があふれ出ないように我慢した、なんとも形容しがたい顔をしていた。そして、透の瞳からは抑えきれなかった感情が滑り落ちる。いつかと同じ、その水滴は下に落ちると絨毯の上に真っ青なバラを咲かせた。




「これで良かったのかなぁ」

 桜はバラ園の一角に生えた木の上で、オレンジの猫と一緒に室内を観察している。大きな窓の向こう側では、透の友人たちが躊躇いながら、再会した彼に近づいていた。なんとなく配慮して、会話の中身が聞こえないように軽く耳を押さえる。今は隣の猫ちゃんの言葉だけ聞こえればいい。

「おめぇが言ったんじゃねぇか。会わせられないかってぇ」

 ここまで透の友人たちを連れてくる大役を務めあげた縁は、同じ枝の上から私を見上げた。

「そうなんだけどさぁ」

 私は気の抜けた返事をして、小さくため息をつく。先日、透に砂糖を届けた時の様子を話して、大人たちに「友人と会わせられないか」と話したのは私だ。そこまで依頼人に肩入れするのは良くないことなのかもしれないけど、自分が家族や友人と突然会えなくなったら、連絡すら取れなくなったらと考えたら、つい余計な口を挟んでしまった。

 他の人は違うのかもしれないけど、私は家族と今の友人(若干2名)さえいれば、この先の新しい出会いは必要ないとさえ思っている。小さく閉じられたコミュニティがあれば満足だし、それを崩されたらと思うとたまらなく怖いのだ。もし崩す存在が現れたら、私はありったけの敵意を持って排除するだろう。だから一度想像した崩壊の恐怖を忘れることができなかった。

 だが、こうして自分の提案が現実のものになってしまうと、本当に良かったのかと迷いが出てくる。魔物となった透と人間の友人たち。住む世界が違う者を引き合わせれば、お互いの生活や、最悪の場合は命にまで影響を及ぼしてしまうかもしれない。

 実際に、透の友人たちはここに来るまでに大黒さんの契約書にサインをしたはずだ。透の存在を外部に漏らせば、その魂をもらい受けるという契約を。悪魔である大黒さんは本能の部分で人間の魂を欲しているらしく、この条件についても「じゃあ魂でも貰いましょうか」とあっさり提案した。彼らが契約書の中身を信じてサインしたかは分からないが、大黒さんの作った契約書の効力は本物で、かつ雪那と交わした契約とは違い、後から内容を変える、なんてことはできないらしい。つまり彼らはその人生を終えるまで、命を大黒さんの契約に握られたということだ。透のことを外の人間に話さなければ何の支障もないが、少しでも間違いを犯せば悪魔に魂を取られて死ぬなんて、リスクが高すぎる。

 それが自分の発言で現実になり、わずかな罪悪感を感じていた。もちろん本人たちが承諾したことではあるのだが、私が引き金となったことには違いない。だから、せめて人間の短い生を全うするまでは、違う世界に住む者が交わることによって歪が生じなければいいと思った。人間にも魔物にも、友と過ごすかけがえのない時間を侵されず、命も取られず。そうじゃなきゃ私の罪悪感もさらに大きくなってしまう。俯き泣く透の肩に手を置き、何事か語り掛けている友人たちの様子を見て、この時が永遠であれと願った。どうか一生をかけて、これが正解だったと証明して。

 そう考えたのが見透かされたのだろうか、縁はいつもより穏やかな声で「大丈夫だってぇ」と励ましてくれる。不安定な木の上ではオレンジのふわふわを抱きしめられないのが残念だ。

「桜、兄さん」

 いつの間にか現れた大黒さんが、木の下から私たちを呼んだ。

「もうすぐ日が暮れますから、帰りましょう」

 穏やかな笑顔で見上げるもう1人の保護者に安心感を得る。この年になって信頼できる大人の胸に飛び込みたいと思うのは異常だろうか。抱っこやおんぶを自然にねだっていた幼少期に、時々戻りたくなる時がある。今だって、縁を抱えながら飛んで、大黒さんにキャッチしてもらいたい衝動に駆られているのだ。160cmを超えた体でそんなことはしないけれど。しかし、1人で大黒さんの前に飛び降りた私の頭の上に、大黒さんは手を置いた。

「悩む必要なはいよ。最終的に、私が決めたことだから」

 そう言って優しく撫でた手がするりと離れていく。私の逡巡する言葉を聞いていたのか、それとも察したのか。兄弟そろってやることが似ているなぁと、先に歩いていく2人の背中を見て思った。猫と悪魔、フォルムも全く違うのに、確実に同じ血が流れているのだ。

 私は最後に振り返り、大きな窓の向こうで向かい合う彼らを見る。会話は意識的に聞こえないよう努めているが、その声音が優しいものだということは確認した。そうして先を行く2人の下まで走って追いつく。私も私の大切な魔物たちが待つ家に帰ろう。

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