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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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予感

 日付が変わる前に帰ってきた私たちを純子が出迎えてくれた。リビングではソファの背で器用にくつろぐ縁もいる。二股の尻尾をふらふらと振ってご機嫌そうだ。

「お疲れ様です。お夜食ありますけど食べますか?」

「食べる!」

 私が勢いよく手をあげて答えたのと対照的に、雪那はあくびをしながら首を横に振る。

「もう寝る。桜もあんまり夜更かしするなよ」

「はーい」

 私は去っていく背中に機嫌よく答えてテーブルに着いた。純子はニコニコしながら私のためにおにぎりを持ってきてくれる。大きいのが3つ。米を握り固めただけなのに、純子が作るととても美味しいのだ。それが綺麗に並んでいる様に、私は喜びを抑えきれなかった。いただきます! と元気に言って右端のおにぎりを掴む。昆布のじんわりと深い旨味が染みた。

「ねぇ、そういえばさっき掃除してるときに電気ついたんだよ」

 向かいに座った純子に先ほどの一大事を報告すると嬉しそうに微笑む。

「それは良かったです。真っ暗だと高橋さんも見えないでしょうから」

「うん、妖精たちも喜んでたよ」

 おにぎりを咀嚼しながら話していると、ソファにいた縁がトンッと軽い音を立てて床に降りる音がした。

「ほぉ、そりゃあ良かったぜ。ってぇことは、純子、明日にでもアレやってくれるかぁ」

 縁の言葉に私は首を傾げたが、言われた純子は「はい」と笑顔で頷く。話に置いて行かれた私は2人を交互に見つめて説明を求めた。

「なになに、何するの。アレってなに」

「前に話たろ、生きがいだよぉ」

 そう言い残して縁はリビングからトコトコ出て行く。全く説明になってないんだけど、と思いながら純子を見ると、こちらも笑顔で立ち上がった。

「さて、そうと決まれば準備しないと。ちょっとキッチンで作業してますね」

「え、待って、具体的に教えてほしいです」

「んふふ、明日教えてあげます」

 そう言って笑った純子はキッチンへと消えていく。ポツンと残った私は急に孤独感を感じながらも、美味しいおにぎりをゆっくりと齧った。3つとも具が違って飽きない。しっかり味わって完食し、皿を下げにキッチンへ行くと純子がいろいろな食品やキッチン用具を取り出している最中だった。

「何に使うの?」

「お菓子作りですよ」

 明日教えると言っていたので答えてくれないと思っていたが、純子はあっさりそう言った。でもお菓子作りなら翌朝すればいいのでは? そう指摘して首を傾げると、純子は優しく微笑む。

「もう寝なさい。明日、起きられなくなりますよ」

 そうして再び作業に集中する純子に有無を言わさぬ圧を感じ取り、彼女の背中におやすみなさいと言った。純子の柔らかな「おやすみなさい」が返ってくるのを聞いて、私は広間に出る。3階の部屋に戻って時計を確認すると、もう12時半だ。時間を知ってしまうととたんに眠気が襲ってくる。とりあえず1時間後に寝ることを目標にして、私は浴槽にお湯をために行った。




 翌日、学校帰りに再びバラ園を訪れると、中から珍しい声が聞こえてきた。凛とした少女の声が柔らかに笑っている。その声をたどっていくとキッチンについた。まだここは掃除していなかったはずだが、中を覗くと埃一つないように見える。そして予想通り、そこには黒いドレスワンピースに身を包んだ純子がいた。加えてこれは予想外だったが、部屋に引きこもって落ち込んでいた透が純子の隣に立っている。部屋から出て動いている透を久々に見た気がして驚きながら、私は扉を押し開けてキッチンの中に入った。

「純子」

 後ろから声をかけると、純子は粉だらけの手を軽く払って笑顔を向けてくれる。

「桜、おかえりなさい」

「ただいま」

 そう挨拶すると、純子の隣にいた透も「おかえり」と返してくれた。相変わらず青くて生を感じさせない見た目をしているが、その目は生気に満ちている。昨日からは考えられない変貌ぶりに、私は再び驚きつつもそれを隠して話しかけた。

「お菓子作ってるの?」

「ええ、やっと電気が通ったと聞いたので。お菓子作りの道具を家から持ってきたんです。ガスも水道も来ているので、問題なく作れてますよ」

 そこで純子と縁が企んでいた透の「生きがい」に合点がいく。そっか、お菓子作り。学校にも行けず、自分が魔物の契約者かもしれず、そして勇者が狙っているかもしれない状況下で透が楽しさを見出していたもの。今日もおそらく純子がキッチンを掃除して、透をお菓子作りに誘ったのだろう。多少は渋ったかもしれないが、今こうしてクッキーの型を抜いている透はあの時のように生き生きしていた。

 私が感心したような、安心したような気持ちでその姿を見つめていると、どこからか飛んできた妖精たちが私の後ろからひょっこり覗いてくる。「あ!」と宝物を発見したような声を上げた。

「透がいるわ!」

「しかもお菓子を作ってるの?」

「とってもいい匂い!」

 そして透のところまで、キラキラの粉を振りまきながら飛んでいく。

「ねぇ、これ私たちのため? 出来上がったら食べてもいいの?」

 急に現れた妖精たちに驚いた透は彼女たちを見つめて固まった。おそらく透は彼女たちのためにお菓子を作っているのではなく、ただ自分が楽しいからそうしている。だからどう答えればいいか考えていたのだろう。しかし、結局は妖精たちの口に入るものだからか、透は「食べていいよ」と頷いた。短いその言葉を聞いて、妖精たちはキャアとはしゃぐ。

「ステキ! 透が私たちのためにお菓子を作ってくれるなんて」

「女王様にもお教えしなきゃ」

 そう言って妖精たちは再びキッチンの外へと飛んで行った。透は複雑そうな顔で彼女たちが去っていったほうを見ている。多少の罪悪感を感じているのだろうか。そう思った私はあえてニッコリ笑って、透に応援を送った。

「頑張ってたくさん作らなきゃね」

 私のほうを見た透は一瞬目を見張ったが、すぐに笑顔で頷いてくれる。再びクッキー生地に向き合って、数日前までの精力的な姿を見せてくれた。

 それから1時間後に訪れた、透からおずおずと渡されたクッキーを受け取る女王、という光景は、このバラ園にとって大いなる一歩になったことだろう。興奮しながら見守る妖精たちと、クッキーを受け取って涙ぐむ女王の反応はまるでプロポーズのそれだ。かくいう私も掃除の手を休めてそれを見守っており、歴史の1ページに立ち会えたような気持ちになっていた。窓から差し込む真っ赤な夕日は、まるで長かった苦しみの終焉を告げるよう。明日からはきっと違う世界が始まると、確信に似た予感がした。

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