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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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今後

 庭を歩いていると、いつの間にかいなくなっていた妖精たちがわらわらと出てきた。どうやら縁に言われて家のタンスとか机の下とか壺の中とかに隠れていたらしい。「もう大丈夫?」と何度も聞かれたので、そのたびに笑顔で頷いた。

 そうして妖精たちは女王と透、純子と共に、鱗粉をキラキラと撒きながら再び家の中へ入っていく。私たちは純子に手を振って、久しぶりに門からバラ園を出た。私が以前、透を女王の蔦から助けるために壊した門は、残った片側だけでその役割を果たしている。これ弁償しなきゃいけないかなぁとぼんやり考えながら、その境界を跨いだ。もう勇者を警戒しなくていいのだと思うと、暗い夜道も穏やかに感じられる。と言っても私は夜目が利くので元から夜道は怖くないのだが。それよりも光っている目を見られるほうが怖いので、人と会わないように耳を澄ませながら慎重に歩を進めた。

 言葉少なに家までたどり着き、二階分の吹き抜けがある豪華な広間に入ると「着いたよ」と腕の中の縁に声をかけて起こす。ここまでの道のりを楽してきた縁は、「なー」と猫らしい返事をして床に飛び降り、前後に思いっきり伸びをした。

「あー、そういやぁ、アイツ来てんだったか」

 大黒さんのことをアイツと呼ぶのは縁だけだ。リビングにいるかな、と私は向かって右側のドアを開け、縁もそこにするりと入り込む。予想通り、そこにはソファに腰かけて優雅にお茶を飲む大黒さんがいた。

「大黒さん」

「おかえり、桜」

「ただいま」

 大黒さんはお茶を置いて、糸目をますます細めて私に挨拶してくれる。品の良いグレーのスーツに身を包んだその姿は、10年以上前から20歳をいくらか過ぎた好青年のままだ。髪が真っ白でなければ、どこかの一流企業で働くフレッシュな営業マンのように見えただろう。ただし正体は悪魔なので、持ちかける商談はすべて地獄に落とす布石であるサラリーマン。そんな想像をしているうちに、私の横をすり抜けた縁も大黒さんへ挨拶する。

「よぉ、久々だなぁ」

「お久しぶりです、兄さん」

 縁が大黒さんの座るソファに飛び乗り、共通点がひとつもないように見える兄弟が並ぶ形となった。どうやったらオレンジの化け猫と白髪の好青年悪魔が兄弟になるのか、疑問には思うが深く聞いたことはない。異父兄弟らしいので、お互いの父親の特性を濃く受け継いでいるのかなと考えていた。

「雪那さん、蓮太郎さんもお帰りなさい。大変でしたね」

 大黒さんは後に続いてきた2人にも労いの言葉をかける。

「ああ、アンタが純子を寄越してくれたんだって? 助かったよ」

 雪那が一人掛けのソファに座りながら大黒さんに礼を言った。蓮太郎は無言だが、雪那の真向いにあるソファへ腰を落ち着ける。余った私は縁をどかして大黒さんの隣に座り、縁は自分の膝に置いた。

「兄さん、ナチュラルに女子高生の膝に座るんですね」

「俺が乘ってんじゃねぇよ、コイツが乗せてんだ」

 真顔で言い放つ大黒さんに、縁も大真面目な顔をして言い返す。確かに縁はおっさんだと自分で言っているし、それが本当ならこの絵面は弟から非難されても仕方ない。だが、その状況を作った張本人である私は他人事のように笑った。縁は可愛いし癒されるから、おっさんでも膝に乗せたいし抱っこしたくなるのよ。大黒さんは私が楽しそうにしているのを見て、兄を批判するのをやめ笑ったが、ふと真顔に戻ってポケットからハンカチを取り出した。

「桜、血が」

 そしてそのまま私の右目の横をこする。そういえば妖精の血が飛んできたっけ。その場で拭ったけれど、多少残っていたのだろう。

「乾いてて取れないな。怪我したのかい」

「ううん、妖精の血だよ。私は全く怪我しなかった」

「それは良かった」

 私が元気なのを確認して、大黒さんは再びニッコリ笑う。ハンカチをスーツにしまって居住まいを正し、大人たちに向かい合った。

「でも、危険な現場だったんですね。勇者は来ましたか?」

 その問いかけには雪那が答える。

「ああ、1人来たよ。組織的犯行かもしれないけど、とりあえず他にはいないみたいだった」

 その言葉で雪那も私と同じことを考えていたことを知った。今回のことは勇者単独の行動ではなく、裏に何人か繋がっているかもしれない。時おり私と縁の補足も交えながら、雪那は大黒さんに今日のことを説明していった。

「ふむ、なるほど」

 話を聞き終わった大黒さんは顎に手を当てて何事かを考える。

「とりあえず、勇者のことはあとで純子さんに頼んで、私が本人に聞きだします」

 ということは食べた勇者を取り出すんだな、と私は悟った。取り出したくないって言ってたのに、純子かわいそうに。

「この件の報酬はもう貰ったんですよね?」

 大黒さんの問いかけに雪那が頷く。そういえば報酬であるバラの種は、透がパニックを起こした際に吐いていた。冷静にそれを拾っていた雪那に少しサイコパスの気を感じていたが、仕事を全うしていただけだったのか。大黒さんは雪那の返事を聞いてニコリと笑う。

「では、契約者として心地よく過ごせるよう、環境を整えてあげましょう。アフターフォローまでがうちのサービスですからね」

 そうして明日からの動きを話し合い、透の両親を説得するのは大黒さん自らが行うこととなった。確かに爽やかな見た目と人当たりの良い話し方は、勇者よりもよっぽど信頼させることができるだろう。それに悪魔は人の心を惑わすプロだ。両親が良い反応を見せなかったとしても、きっと心変わりさせることができるはず。

 私と蓮太郎、雪那は家の修繕と掃除を手伝うことになった。透のお祖父さんが亡くなってから無人になっていた家には埃が積もっていたし、広い家を透1人で整えるのは時間がかかるだろう。それに私は門を壊したし、女王は確か窓ガラスを割った。業者を呼んだほうがいいのではと思ったが、雪那が魔法で直せるというのでお願いする。そして透から信頼を得ている縁と純子は、出会ったばかりの女王とのクッション役や、契約者としての務めなど、魔物としての生き方について教えていくことになった。これは長期のサポートが必要になるかもしれないが、2人ならちょこちょこ時間を見て継続していけるだろうとのことだ。

 今後のことがある程度決まった時、ふと私は学校のことが気になって、それを大人たちに尋ねてみる。

「ねぇ、高橋くんて学校行けるのかな?」

 なんとなく返事は分かっていたが、実際に透と接していた2人と1匹も、そして大黒さんもそれに対しては難しい顔になってしまった。

「私は実際に高橋さんの変化を見ていないからなんとも言えないけど、桜はどう思った? 彼は人間に見えるかい」

 大黒さんの問いかけで今度は私が難しい顔になってしまう。ううむ、と唸って青い透が学校にいる姿を想像したが、日常の風景に溶け込むには異質な存在だと改めて感じた。

「正直、見えないかなぁ。形は人間なんだけど、肌がありえないくらい青くってさ。人間だって言い張ったとしても、ものすごい病気を抱えてると思われるんじゃないかな」

「うん、だとしたら、彼の身の安全のために退学をお勧めするよ。もう人間社会で暮らせないのなら、学歴は必要ないしね」

 予想していた大黒さんの言葉に、私は頷きながらもわずかに暗い気持ちになってしまう。透は契約者になっても学校に通うつもりだった。私と同じように、人間の友達と変わらず触れ合いながら、家族と住む家に帰ったら妖精と共に契約者として過ごす。今後も大事なものは犠牲にしない生活が送れると思って、契約者になることを受け入れたのだ。ここで人間社会とのつながりを失ったらどうなるのだろう。多少騒がしく、でも透のことを本気で心配してくれる友人たちと、もう会えなくなってしまったら。透はそれを乗り越えられるのかと不安に思った。

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