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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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殺意

 私はすぐに透のそばまで後退し、蓮太郎は雪那の前に立つ。透から受け取った食べかけのマフィンが、草の上にポトリと転がった。一気に神経を集中させたせいで、そんな音さえもハッキリと耳に響く。

 真っ白なシャツとパンツ、翻るコート。やけにつばの広い帽子さえも白い男は、穏やかな笑みを湛えて周りを見回していた。豊かな緑に囲まれた妖精たちの園に、先ほどまで楽しんでいたお茶とお菓子が転がり、吹き飛ばされた妖精たちが呻いている様子を見て、何が楽しいのだろうか。私は白い男の笑顔を不気味に思い、また喉から威嚇の音が漏れそうになった。

 たぶん、この人間は勇者だ。真っ赤なルージュの花と同じ危険な匂いと、透の家に来た人間と同じ、白い服という特徴を持つとなれば疑いようもない。勇者は薄く笑いながら空間を上下左右見渡して、やがて女王へと視線を定めた。

「お前が親玉か。そうだよね? 最近、急に魔力が回復したから焦ったよ。動けないくらい弱ってから殺すつもりだったのに」

 言葉とは裏腹に余裕を感じさせる笑みを浮かべたまま、勇者は明らかな敵意が込められた言葉を放つ。その殺気をぶつけられた女王は、青い顔をさらに青くして硬直していた。その様子に気をよくしたのか、勇者はペラペラと喋り続ける。

「ここにあるお菓子のせい? 魔力を感じるよ。しかもとても上質だ、僕も欲しいくらい」

 そして勇者は目線を蓮太郎と雪那に向けた。

「君たちが作ったのかな。この街には人間退治をしてる魔物がいるって聞いたよ」

 私は不気味な勇者の視界に2人が入っていることに、強い不安と不快感を覚える。穏やかな笑みと殺意、そしてピリッとした危険な匂いを共存させる男が家族に危害を加えるかもしれないと思うと、警戒心が最大レベルまで引きあがった。

 そんな私の心の内を察したわけではないだろうが、勇者は沈黙を返す2人からふいと視線を外す。そして再び女王に向き直った。

「おかげで入るのに苦労したけど、妖精を1匹捕まえておいたおかげで助かったよ。さっきの、アレをもとに作ったんだ」

 勇者は自分の足元、ミロの人形が弾けたところを見る。いや、本当に人形だったのだろうか。捕まえた妖精をもとに作ったのなら、ミロ自身が何かしらの術をかけられたり、改造されたりした可能性が高い。悪い想像をしそうになった私はすぐに考えることを止めたが、女王は自分の可愛い妖精がたどった末路に思い至ったようで、ひっと息を呑んだ。口を覆う手が震えている。先ほど優しく透に振れようとしたのと同じ、細くたおやかな手。その震えが強くなると同時に、女王の周りの草花がざわめき始めた。太い蔦が絡まり合いながら地面から生え、標的を探すようにうにょうにょとうごめいている。

「許さない」

 地の底から響くような声だった。かつて透を害した人間を殺した女王は、今回も仲間をむごい目に合わせた人間を許すつもりはないだろう。見開かれた目は血走っていて、いつもの穏やかさはない。私の目には女王の怒気で周りの景色が歪んでいるようにさえ見えた。しかし勇者は笑みを崩さず、不意に右足をダンッと強く踏み込む。私の耳にはボキッという鈍い音が先に届き、次いで女の子の悲鳴が鼓膜を揺らした。ともに勇者の足元から発せられたものだ。目を凝らすと、ミロを連れてきて吹っ飛ばされた妖精が血まみれになりながら倒れている。そして勇者の足が彼女の細い脚を踏みつぶしていた。怪我でまともに動けない妖精は悲鳴をあげながら、弱々しい拳を必死に勇者の靴へ叩き込んでいる。女王はそれを見て顔を歪め、蔦を停止させた。勇者は小さな妖精を踏みつけながら、ますます笑みを深くする。

「もう犠牲は出したくないでしょ。おとなしく僕に殺されなよ」


 なんて醜悪な生き物なんだろう。


 私は爪がくい込むほど拳を握りしめてそう思った。人間は、特に魔物を倒そうとする人間は、魔物を悪と決めつけて狩りをしている。それは人間にとって危険な存在と思っていたり、得体の知れない存在に恐れをなしていたりと理由は様々。だが実際はどうだ。仲間を想い、守ろうとする魔物と、罪のない魔物を苦しめ、脅し、害する人間。どちらが悪だなんて、火を見るより明らかだろう。その証拠に、女王の瞳は激しい怒りと、痛み苦しむ妖精を助けたい想いが混ざり合い、揺れ動いている。私の中で、もう飛びかかって喉笛に噛みついてやろうかという衝動が駆け巡ったが、そのタイミングで背中を向けている雪那が小さな動きでこちらを振り返った。その瞳は鋭い光を宿しているものの冷静だ。落ち着くようにと言われていると感じ、私はひとつ深呼吸して高ぶる感情を収める。

 きっと女王がおとなしく殺されても、妖精たちは助からないだろう。この人間は女王がいなくなり、対抗力を失った妖精の群れを殲滅する。この状況を打開するためには、勇者と戦うしかないのだ。しかしそうすれば、目の前で苦しむ1匹を確実に犠牲にしてしまう。おそらく女王もそれが分かっているから、怒りに燃えながらも攻撃はせず、必死に解決策を探っている。

 勇者は判断に迷って固まる女王をじぃっと見つめて数秒を過ごした。しかし、やがて飽いたように「はぁああああぁぁぁ」と非常にわざとらしいため息をつく。

「残念だな」

 勇者がそう呟いた後の行動はショッキングで、私には一連の流れがスローモーションに映った。勇者が妖精の上に置いている足を浮かす。足の裏の一部で妖精の太ももから下を潰していたそれをわずかに移動させると、勇者の足の影は妖精をすっぽり包んだ。少女のように震えて泣く妖精の真上、頭からつま先までを覆える位置に。そのまま足を降ろせばどうなるかと思い至った瞬間に、その凶行は行われた。女王の叫び声とともに鋭く飛んでいく蔦は間に合わない。仮に私の俊足を動かしたとしても、結果は同じだろう。私は勇者の足が勢いよく地面に食い込む様を見ているしかできなかった。

 しかし、私の耳には先ほどと同じ骨の折れる音は届かない。そして女の子の悲鳴は存外近くで響いた。妖精はいつの間にか地面から離れて空中にいる。というか、キラキラとした星の結晶のようなものが連なり、ヒモ状になったそれが、彼女の腰に巻きついて私たちのほうへ勢いよく引き寄せていた。ヒモの先を辿ると、雪那のピカピカの杖に繋がっている。いつの間にか杖を振るった雪那が、一本釣りのように地面から妖精を引っ張り上げていたのだ。ただ勢いが強すぎたため、妖精は反動で雪那の後方、私たちのところまで飛んできて、その血が私の目のあたりに飛沫となって降り注ぐ。こんなに出血していて大丈夫なのだろうか。反射的に閉じた目のあたりをゴシゴシ拭って、小さな体の割に量があるそれにゾッとした。後ろに庇っていた透の様子を窺うと、彼の口元にも血飛沫が散っている。「うぇ」と小さく呻いていたので口の中に入ったのかもしれない。可哀想だがそれに気を止める余裕はないので、私は妖精へと目線を戻した。

 妖精は雪那のもとへ辿り着いて、その手の中に横たわっている。ひんひんと力なく泣いているので、とりあえずは無事のようだ。雪那は妖精の状態をちらりと見て何事かを呟く。すると地面からキノコのような、雪だるまのような白い丸っこいものが3つ、にょきにょき生えてポンッと飛び出してきた。小さな彼らは元気で可愛い声をあげる。

「お医者さん、登・場~!」

「いつでもどこでも、一瞬で駆けつけるの~」

「患者さんはどこなの~?」

 ポンチョを着た二等身の小人たちは、かつて蓮太郎の傷を治すために呼び出された妖精だった。この緊張した場にふさわしくない、可愛らしいフォルムと無邪気な笑顔で、呼び出した魔法使いを見上げる。雪那がしゃがんで手のひらの妖精を差し出し、「頼む」と短く伝えると、白い小人たちは「ひゃ~」と叫んだ。

「ひどい怪我なの~!」

「緊急手術なの~!」

「すぐに運ぶの~!」

 小人たちはもっちりとした手で妖精を受け取り、一列になると彼女を頭上に持ち上げて「えっさほいさ」と掛け声をあげながら後方へ下がっていく。と思った瞬間、ふっと存在が途切れるように消えた。最初からいなかったかのように、空間は再び緊張感に包まれる。それを見届けた雪那は小人が消えた場所を心配そうに見つめる女王へ「大丈夫だ」と伝えた。

「安全な場所に行っただけだよ」

 女王はそれを聞いて、ありがとう、とか細い声で囁く。ショックから抜け切れていないものの、とりあえずは安心したようだ。私もまだ心臓がドクドクいっているし、何とかして救い出そうと蔦を動かした女王のダメージはもっと大きいだろう。悲劇を回避できたことを実感しようと、胸に手を当てて静かに呼吸を繰り返していた。

「君って魔法使い? 実は僕も魔法使いでね」

 緊張のかけらもない、癇に障るような明るい声は勇者のものだ。脅しに使っていた妖精を奪われても、余裕の態度を崩しもしない。それどころか同胞を見つけたことで、先ほどよりもテンションが上がっているように見えた。私は勇者の意識が再び自分の家族に向けられて、苛立ちに似た感覚を覚える。蓮太郎は勇者の視線から雪那を隠すように体を動かしたが、勇者は気にせず話し続けた。

「若いのにすごいなぁ、召喚が得意なのかな。魔物側になんていたらもったいないよ」

 私はこの言葉でさらにイライラを募らせる。誰が雪那をそっちにやるか、と大声を出したかった。しかし、当の雪那はそれに対して沈黙を保ち、意外にも反応したのは蓮太郎だった。小さく、しかし確実に相手に届く音量で、ふっと笑う。蓮太郎がこういう場で声を出すことも珍しいが、笑うことはもっと珍しい。私はあまりにレアな現象にぎょっとしながら、前方の大人たちを見つめた。

「…………同じ魔法使いなら、力量の差くらいわかるだろう」

 静かに告げた皮肉に、勇者は初めて笑顔を崩す。ムッとした様子で口をへの字に曲げ、肩をすくめた。

「1匹逃がしたからって、いい気にならないほうがいいよ。妖精なんて他にも山ほど」

 そう言いながら辺りの地面を見回した勇者はしかし、途中で言葉を切った。眉間にぐっとしわを寄せ、自分の背後までも確認している。急に余裕の態度が崩れた勇者に、私もどうしたのかと五感を研ぎ澄ませると、すぐに異変に気付いた。いつの間にか、妖精たちの呻き声が聞こえなくなっている。それどころか、怪我をしていない妖精たちの羽音も呼吸音も、存在のすべてがごっそり消えていた。

「おめぇが人質にとれるヤツぁ、もういねぇよ」

 常に陽気な縁の声が、奇妙な現象に揺れる空間に響く。何かを口の中に入れているような、くぐもった声音を不思議に思って声の発信源を見ると、現れた縁は血だらけの妖精を咥えていた。口だけではない。その背中にも尻尾にも、ふさふさの毛の中にぐったりとした妖精たちを乗せている。私の近くまでゆっくり歩いてきた縁は、口の中の妖精を地面にそっと降ろして、大きなため息をついた。

「ったく、やぁっと回収できたぜぇ。忍び足は疲れんだよ」

 私は縁の言葉で、そういえばこの猫の足音にまったく気づかなかったなと思い至る。正直、私たちのそばからいなくなっていることも知らなかった。思わず「どこ行ってたの?」と聞くと、いつものカラッとした笑顔を見せてくれる。

「静か~に歩いて、静か~に妖精を移動させてたのさぁ。あとは動けない奴らの回収な。気づかなかったろ」

「うん」

「猫ちゃんのハンティング能力をなめちゃあ、痛い目見るぜぇ。アイツみてぇになぁ」

 縁がちらりと勇者を見て笑った。勇者は把握していなかった猫の登場に、すっかり無表情になっている。

 縁が運んできた妖精たちは、再び地面からぽこぽこと現れた白い小人たちが連れて行った。「大けがなの~」「可哀想に~」と言われながら消えていった妖精たちだが、苦しそうにしていたのが嘘のように穏やかな眠りについていたので、縁の毛にはやはりヒーリング効果があるのかもしれない。いつもと変わらない縁の様子に、私も幾分か緊張が和らいだ。何が起きてもなんとかなると思わせてくれる、頼りがいのある猫ちゃん。

 そんな縁は目を細め、勇者に挑発的な笑みを見せた。

「さぁ、どうすんだぁ、下種が」

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