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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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安定

 受け入れられるかなぁ、と不安を漏らせば「どうせ受け入れなきゃ死ぬんだから、最終的にはそう言って脅すか」と冗談なのか本気なのか分からない答えが天使の顔から返ってくる。雪那は可愛い顔で透が吐いたバラの種を杖でつつき、大丈夫そうだと分かると魔法で浮かせて慎重に小袋の中へ納めていった。そういうセリフは仏頂面の蓮太郎が言うならまだ分かるのだが、我が家は雪那とか縁とか可愛い顔の者がエグイことを言ったりする。

 しかし、雪那が言った通り透を説得できなければ『この家で起きる怪異を解決する』という依頼を遂行することはできない。透が拒否すれば妖精はここに来る人間に攻撃し続けるし、彼も妖精もやがて力尽きることになるだろう。さらに、何故かこの庭を狙ってくる勇者にも好き放題されてしまう。

 と、そこまで考えたところで、なんで勇者ってここを狙ってくるんだろう? と疑問に思ってそのまま言葉にした。すると雪那が「アイツら、魔物退治が仕事だからな」と答えてくれる。

「だから弱ってる魔物がいたら喜んで攻撃してくるんだよ。聞いた感じ、ここの女王は妖精の中でも強いみたいだし、力のない今しか倒せないと思ったんだろ」

「じゃあたまたま弱ってたから目をつけられたってこと?」

「まあ、前から存在は知ってたかもしれないけど」

「私たちも、今回のことで存在を知られたよね」

 勇者たちの間で出回っているブラックリストに自分たちが載っているところを想像して、少し落ち着かなくなる。今度は私たち、ということもあり得るのだろうか。だが、そわっとした感覚を持て余している私に対して、雪那は焦った様子もなかった。

「人間に『何かいる』って知られたくらいじゃどうにもならない。あっちは俺たちの顔も知らないし。それに大黒さんが張ったうちの結界を破るなんて、勇者たちが束になって戦争ふっかけてこない限り無理だよ」

 そうして安心させるような言葉をくれたのに、雪那は直後、私にデコピンをくらわせる。

「うぇっ! なぜ?!」

「これから魔物として生きるよう説得するんだから、あんまり不安そうな顔すんなよ」

 綺麗な顔をむすっとさせて私に釘を刺すと、雪那は私のもとを離れて東屋に戻った女王に近づき、「今日は帰っていいか」と声をかけた。そのまま女王と何事かを話し続ける。どうやら透は眠らせたまま、今日は退散するようだ。

「雪那の言うとおりだぜぇ、桜ぁ」

 足元でふわふわの体をお手入れしながら縁が言う。意外に細い足をぴーんと伸ばして毛づくろいをする様が可愛らしい。

「人間に見られたくれぇじゃ、たいした騒ぎにゃならねぇって前も言ったろぉ。それに俺たちゃ弱ってねぇし。魔物ってサイコー! ってぇ顔でいなぁ」

 サイコー! のところでとびっきりの笑顔になった縁が可愛かったので、私は無言で彼を抱き上げた。頭部の匂いをスーっと嗅いで、いつものお日様の香りを体いっぱいに取り込む。

「おおい! おっさんの頭の匂いを嗅ぐんじゃねぇよ!」

「安心する加齢臭………」

 嫌がって暴れる縁としばらくじゃれていたら、「帰るぞ!」と雪那に言われたので、私は縁を持ったまま出口へと向かった。縁が先頭じゃないと帰れないのだが、もう少しだけこの匂いを堪能する。

 確かに魔物は最高だ。可愛いもふもふがいるし、こんなに種が違っても仲良くできる。危ない魔物もいるけど、それは人間だって同じ。魔物として、魔物と家族をやってきた私は胸を張って『魔物として生きること』をお勧めできるはずだ。




 完全に力の抜けた透は相当重いだろうが、一番の怪力の私ではなく蓮太郎がおぶって洋館まで運んだ。私も同級生の男の子を背負うのは何となく抵抗があるのでありがたい。透はそのまま朝まで寝かせることになったので、その日はさっさとシャワーを浴びてベッドに入った。

 翌朝7時、透は本当に「起きろ」という蓮太郎の一言でぱっちり目を開ける。目覚めた瞬間に彫刻のような顔が目の前にあって驚いたのだろう。「ひぇ」と情けない声をあげて蓮太郎の視線から逃れようとし、ベッドから転がり落ちた。興味本位でついてきた私はあまりに元気なリアクションにびっくりする。と同時に意外と元気そうでほっとした。

「………起き上がれるか」

 びっくりしたまま固まっている透に、珍しく気を使った蓮太郎は手を差し出す。透はその手に一瞬戸惑った様子を見せたが、おそるおそる掴んで立ち上がるのを助けてもらった。

「おはよう、高橋くん」

 蓮太郎の後ろからぴょこっと顔を出した私に、透は寝ぼけたまま挨拶を返す。まだ覚醒していないのは分かったので、先にシャワーを浴びることを提案した。

「もうご飯できてるから、お風呂あがったらいつでも食べれるよ」

 私は学校に行かなければならないので、そう言い残して先にリビングへ戻る。結局すれ違い気味に食卓を離れたが、その時に見た透は昨日のパニックを引きずっているようには見えなかった。

 連日の寝不足が解消され、1日分の眠気しか抱えていない私は絶好調だ。学校では1限と昼食後しか居眠りをせず、自分で自分をほめたたえる。これなら普通の高校生の睡眠サイクルと同じだ。放課後も元気いっぱいだったが、今日も妖精のもとに行くのだろうと思ってすぐ学校を出る。まだ優美や清香と遊ぶのは先になるなと残念に思いながらも、透の調子も気になったので直帰することにした。

 家に帰ってくると、いつもはお菓子を作っている透がリビングのソファでぼーっとしている。私が部屋に入ってきたことも気づいていないようで、大丈夫か? と心配になった。純子がそっと寄ってきて「今日はずっとあんな感じなんです」と小声で告げる。

「話しかけると普通に返してくれるんですけどね。それ以外はぼんやりしてて。お菓子作りも危ないのでお休みしてもらいました」

 朝は平気そうだなと思ったのだが、それは単に思考が停止していただけなのかもしれない。いろいろショッキングなことがあると心が疲弊して何もできなくなることがあるし、おそらくそういう状態なのだろう。程度は天と地ほど違うが、私も好きな本のキャラクターが死んで大号泣し、しばらく何も手に付かなかったことがある。そのことを思い出して、無理に昨日のことを話すのはやめておこうと決めた。

 その後は純子が私と透にケーキを出してくれたので一緒におやつタイムにする。しかし、その時も話しかければ多少笑みを見せて返答してくれるが、それ以外は終始無言・無表情で、たまにピタリと動きを止める有り様だった。

(情緒不安定………)

 私はケーキを頬張りながら透を観察し、そう断定する。今日、大人たちが帰ってきたら絶対「説得」をするだろうに、またパニック状態にならないだろうかと危惧した。私もどんなに魔物の生活が素晴らしいかお勧めしようと思っていたけれど、こんな状態を見ると自信がなくなってくる。

「お、美味そうなもん食ってんなぁ」

 無言になって最後のケーキを平らげようとしている私に、オレンジのふわふわが近寄ってきた。二股のしっぽをご機嫌そうに振ってテーブルに乗り上げてくる。

「縁は猫だからケーキだめだよ」

「俺ぁ化け猫だからなんでも食べるぜぇ」

 私は残り少ないケーキを守るように手で庇ったが、縁は目をらんらんと輝かせて口元をペロリと舐めた。これは確実に狙っている。そこで助け舟を出してくれたのはキッチンから顔を出した純子だった。

「縁さんのケーキもありますよ。あと煮干しも」

「煮干しあんのか!」

 縁がさらに目を輝かせるので、純子はクスクス笑いながらすぐにおやつを持ってくる。私達も食べている大きいケーキと、小皿に入った煮干し。縁は真っ先に煮干しに食いついた。

「やっぱり猫じゃん」

 勢いよく煮干しを食べる縁にそう突っ込んだが、縁は意に介した様子もなく、うにゃうにゃ言いながら食べ続ける。あっという間に小皿を空にして、「うみゃい」と感想を述べた。そして間をおかずにケーキにかぶりつく。今更だけど、縁だけ2つもおやつがあるなんてズルくない? それをそのまま口にすると、縁は口元のクリームを舐めながら笑った。

「可愛い猫ちゃんだからなぁ。特別扱いされんだよ」

「猫ちゃんはケーキだめなんだよ」

「俺ぁ化け猫だからなぁ」

 先ほどと同じようなやり取りをして、のらりくらりと躱されてしまう。私も本気で責めてるわけじゃないからいいんだけど。残りのケーキを一気に頬張って、私は可愛い猫の食事を見守った。縁は小さな口ですぐにケーキを食べ終わって、口の周りをぺろぺろ舐め、前足の毛づくろいまで始める。非常に満足そうだ。そして誰にともなく言葉を紡ぐ。

「俺ぁ化け猫でよかったよ。ただの猫ちゃんならこんな美味いもんも食えなかったしなぁ。化け猫に生まれて、いい思いばっかしてるぜぇ」

 私はそれを聞いて、昨夜縁が言った「魔物ってサイコー」を思い出しハッとした。私だって狼人間に生まれて、皆とこうして暮らせて、いい思いばっかりしている。そして魔物として生きることを胸を張ってお勧めできると昨日確信したばかりだった。自信を無くしている場合ではない。縁の言葉で霞が晴れた気がして、同じ言葉を聞いた透は何を思っただろうかと目を移した。透は縁が幸せそうに毛づくろいする様子を、複雑な色が浮かぶ瞳で見つめている。私と同じ思いを抱いたわけではないだろうが、彼も何かしら心に引っかかったらしい。もしかして今から説得が始まっているのかも、と縁の飄々とした態度を見ながら思う。計算なのか、たまたまなのか分からないが、どんな状況でも変わらない彼が持ち得る安定感と同時に、底の知れなさを感じた瞬間だった。

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