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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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迎え

 ピコン、という小さな音を聞いて、私は楽しいガールズトークから一旦離れて携帯を見た。同居人の名前と『今どこだ』という短いメッセージが表示される。『優美の家』と私も短い返事をすると、『迎えに行く』とすぐに返って来た。別にいいのに、と思ったがふと時計を見ると既に六時を回っており、長居しすぎたなと申し訳なく思う。

「ねぇごめん、今から迎えに来るって」

「あ、ほんとう? ていうかぁ、もう六時過ぎてたんだねぇ」

「本当だ。私も帰らないと」

 全員で飲み食いした残骸を片付けて、鞄に物を詰めて立ち上がる。一階に降りて優美のお母さんにも声をかけた。

「長い時間おじゃましました」

「あらぁ、ご飯も食べていったら?」

「いえ、うちももうすぐ夕飯の時間ですし、それに………日が暮れる前に帰らないと」

 私の不自然な間は気にならなかったようで、「そうねぇ心配しちゃうもんねぇ」と優美のお母さんは納得して、私と清加にホールケーキを持たせた。お菓子を作っているのは知っていたが、こんなに大量だったとは。

「もうすぐお父さんの誕生日だから練習してるのよぉ」

 そう言って明るく笑っていたが、ここまでくると糖尿病が心配になってくる。私は後で優美にこっそり注意しておこうと思いつつ、お母さんにお礼を言って玄関に向かった。

「迎えに来るのって雪那さん?」

 玄関で靴を履きながら清加が尋ねてきたので、少し考えてから答える。

「いや、同居人その二」

「何人いるの、その同居人」

「んー、三人と一匹」

「あれ、ペット飼ってたんだ。犬? 猫?」

「猫だよねぇ。ふわっふわの猫! えにしくんだよぉ」

 優美がはしゃぎながら会話に入ってきた。うちの猫は優美の可愛い好きをくすぐるらしく、彼女は会うたびに歓声を上げるのだ。

「すっごく可愛くてぇ、すっごく頭いいのぉ。あたしのことも覚えてるんだよぉ」

「優美の錯覚じゃなくて?」

「錯覚じゃないもぉん」

 また優美がぷんぷんしてるなと背後を聞きつつ、私は外で鳴るエンジン音が近づいてきて目の前で止まるのを感じた。同居人その二のバイク音だ。早いなと思ったが、バイクなら五分くらいで着くかと思いなおす。ドアを開けると予想通りの人物が大きいバイクに跨り、フルフェイスのヘルメットを外すところだった。

蓮太郎れんたろう

 声をかけると蓮太郎は顔をノロノロこちらに向ける。職人が一世一代の大作として掘ったかのような端正な顔立ちに、赤黒く見える不思議な色合いの瞳がどこか危険な雰囲気を作る蓮太郎は、滴り落ちるような色気を持つ男だ。細身だが均整の取れた筋肉がつく長身を持ち、艶やかな黒髪からはフェロモンが成分となって落ちてくるのではないかと思うこともある。無口で無表情だがソレがいい! と言う女性も多くいるので、本当に美形は得だよなと感じる。だが雪那同様、どんなに綺麗な見た目を持っていても私にはお父さんか叔父さんだ。

「わざわざありがとう。今日は早く起きてたんだね……って縁?」

「にゃーあ」

 返事をしたのは蓮太郎のバイクの後ろにちょこんと乗っていたオレンジ色の猫。先ほど話題に出ていた縁だ。笑っているようなご機嫌な表情で、チャームポイントの二股の尻尾をゆらゆらと振っていた。

「ついて来たんだね」

「にゃーあ」

 私は近づいて縁のふわふわな頭を撫でる。縁は機嫌よくゴロゴロと喉を鳴らした。

「あぁ、縁くーん!」

 そこで縁に気付いた優美が玄関からすっ飛んでくる。私が優美のためにスッと場所を開けてあげたので、まっすぐに突っ込んできた。

「縁くん、かわいい~。バイク乗ってきたのぉ? かわいすぎるぅ!」

 優美は撫でるだけでは飽き足らず頬ずりまでしていたが、縁は動じた様子もなく「にゃーあ」と可愛くお返事をする。よくやるなぁと私は呆れていたが、後ろからガッと腕を引っ張られて驚き振り向いた。なぜか険しい顔をした清加がいる。

「清加、どうしたの」

「桜、あんたの家って全員イケメンなの? むしろイケメンじゃないと住めないの? 三人いるって言ってたけど、もしかしてもう一人もイケメンなの?」

「え、いや、もう一人は女だけど」

 私はたじろぎながらも答えたが、清加の様子が明らかにおかしい。眉根を寄せ、目は血走り、鼻息が荒い。はっきり言って怖い。

「ああ、あんな超絶イケメンが二人も、ひとつ屋根の下なんて……。二人から取り合われる未来もあるってこと? いやでも、女がもう一人ってことは三角関係になる可能性も? でも最悪、一人ずつ分け合えば……。ああでも、そう上手くいかないのが恋!」

「ちょ、清加、なんか怖い、怖いから。一人でブツブツ言うのやめて」

「はっ、ごめん、ちょっと想像というか妄想というか」

 正気に戻ったらしい清加は胸を押さえてふーっと息を吐く。

「イケメン好きなもんで、取り乱してごめん。もう帰るね」

 そう言って清加はいつものキリリとした表情に戻り、駅の方向を向いた。縁を撫でまくる優美とも挨拶を交わし、蓮太郎にも控えめに頭を下げていく。しかし予想外なことに、そのまま帰ろうとする清加を蓮太郎が引き留めた。

「………一人で帰るのか」

 静かで、しかし無視できない存在感のある蓮太郎の声に、清加はびっくりして振り返る。ちなみに私もそこで蓮太郎が声をかけるとは思ってなかったのでびっくりしていた。

「わ、私は電車で帰るので」

 声が裏返りながらも答えた清加を数秒見つめ、蓮太郎は私に用意したであろう簡素なヘルメットを清加に渡した。清加は反射的にそれを受け取ったものの明らかに混乱した顔をしている。

「……駅まで送る」

 この瞬間、私は頭が真っ白になった清加を初めて見た。倒れないかなと心配になる。

「え、え、でも、あの、桜を迎えに来た、んですよね」

 混乱しながらもなんとか言葉を絞り出した清加に、私はそういえばそうだよ、と気づいて蓮太郎に抗議した。

「そうだそうだー、私はどうするんだー」

「……縁と走って帰れ」

 ひどい、とショックを受けたが、「……もうすぐ日が暮れるのに、女の子一人で帰すわけにいかないだろう」というイケメン発言を聞いてさらに衝撃を受けた。

「私は女の子じゃないんかい………」

「……だから、縁と帰れ」

 それから蓮太郎は私との話はおしまいだとでも言うように、清加に後ろへ乗るよう促す。清加は私に助けを求める視線を送ってきたが、私はもう投げやりになっていたのでひらひらと手を振った。

「送ってもらいなよ。蓮太郎の言う通り、もうすぐ暗くなるし、駅までちょっと歩くでしょ?」

「いや、でも、あの」

 ヘルメットを持ちながら狼狽え続ける清加が面倒になり、私は清加をぐいぐい押してバイクに乗らせ、ちゃちゃっとヘルメットをかぶらせて、ついでに蓮太郎の体に腕を回させた。えええええ、とパニック状態の清加に「しっかり掴まってるんだよー」と声をかけて蓮太郎に出発するように促す。そのまま背中が見えなくなるまで見送った。

「明日生きてるかな、清加」

「ドキドキしすぎて死んじゃうかもねぇ。あたしもトキメキで死んじゃうぅ~」

 そう言って優美は抱えたままの縁に頬ずりを再開した。非常に楽しそうだが、私はその手から縁を引きはがす。

「帰るから」

「あぁ、縁くぅーん」

 優美の悲痛な声を聞きながら、私は奪い返した縁を下に降ろした。縁は私を振り仰いでご機嫌な顔を見せ、行くのかと問うてきているようだ。

「よし、行こうか。走るよ縁。優美、また明日ね」

「うん、また明日ぁ。バイバーイ」

 手を振る優美を背にして、私はジョギングの速さで走り出した。

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