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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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終幕

 どこに勇者の目があるとも限らないので、私は友人たちとの外出を避けていた。だからその日は清香のバイトの時間になるまで教室でトランプをしながら雑談して解散する。そして学校の外に出たら「用事がある」と言って彼女たちと別れ、いつもとは違うルートで帰宅。最近は優美とも清香とも全然時間が取れていなかったので、小さな子どものようにトランプではしゃぐだけでも楽しかった。

 帰宅すると、まだ純子と透がお菓子作りをしていたため途中参加する。今日はお菓子を作れない、という連絡をしてOKを貰っていたものの、多少の心苦しさは感じていたので手伝えてよかった。少し迷ったが、怒られたことは隠して、透に友人たちが心配していたことを話す。透は悲しそうな、寂しそうな表情を見せたが「咄嗟にうまいこと言えなくてごめん」と苦笑した。

「ううん、どんな症状とか、どのくらいで治るとかは調べてなかったもんね」

 私がフォローすると、透は恥ずかしそうに頬をかいた。

「いや、正直、気が抜けてたせいもあるかなと思って。こうやって純子さんとお菓子作りしてるの、案外楽しいんだ」

 私は予想外の言葉にびっくりしだが、この日々が透に苦痛だけ与えているのではないと知って安心する。自分の身内と比べたら切り捨てる、とは考えたけど、別に積極的に切り捨てたいわけじゃない。私は何事も丸く収まってほしい派だ。「じゃあ気合い入れて作ろう!」と声をかけ、並んでお菓子作りに勤しんだ。

 しかし、そうしてバラ園へ持って行ったお菓子を食べながら、女王は申し訳なさそうに私たちへ伝える。

「せっかく持ってきてくれたのだけれど、もう、これ以上は回復しないと思うわ」

 私はサンドウィッチにかぶりついたまま、ぴたりと止まった。周囲では相変わらず妖精たちがお菓子を食べながら笑い、金の鱗粉を振りまきながら飛んでいる。日常となっていたこの宴に、突然の終幕を突き付けられた。

 私と同じく数瞬固まっていた雪那が、首を傾げながら女王に聞く。

「それは、完全に魔力が回復したってことか?」

「いいえ」

 女王はふるふると首を振る。

「私の力は、契約者がいなければ完全には回復しないわ。あなたたちのおかげで随分取り戻せたけれど、これ以上お菓子を食べても魔力は横ばいのままだと感じるの」

 つまり、お菓子で回復できる限界を迎えたということか。確かに女王はうつろだった目にしっかりと生気がみなぎっているし、以前はお菓子を食べるまでぐったりをしていた体も、常にしゃんと伸ばしていられるようになった。むしろこれ以上の回復があるのか、と思うくらいには良くなっている。女王は今も正気を取り戻したその瞳で、しっかりと私たちを見つめた。

「約束通り、事の次第を包み隠さず話すわ。その代わり、次は透を連れて来て」

 本気で透を求める女王に、雪那の瞳も真剣な色を見せる。

「そういうことなら、こちらも約束通り透を連れてくる。ただ、彼の身の安全は保障させてほしい。もし彼がアンタたちを拒否して帰ると決めたら、俺たちはそうさせるし、もしアンタたちがそれを邪魔しようとすれば実力行使に出る。それは了承してくれ」

「………ええ、分かったわ」

 女王はわずかに逡巡したあと、雪那の言葉に頷いた。

「でも、できればここにいてほしいわ。契約者に捨てられた私たちは徐々に朽ちてしまうし、そうすれば透も死んでしまうもの」

 私は思わずぎょっとする。透本人には自覚のない契約で、知らないうちに死んでしまうなんて、私が当人だったら理不尽さに絶望するだろう。だが女王と話していた雪那は別のところが引っかかったようで、再び首を傾げた。

「……そこまで拘束力の強い契約を結んでいるのか? 住む場所の提供と、バラ園の美化なんて命を懸ける内容だとは思えないけど。契約不履行が起こっても、普通は死ぬまでいかないだろ?」

「私と清志の契約はそうだったわ。でも透と私の契約は違うの」

「どういう内容かっていうのは、教えてくれるのか」

「それは、透を連れてきてくれたあとで」

 最近使われている焦らしとも感じる言葉に、雪那は小さく肩をすくめて答える。

「それじゃあ契約の解除は? アンタたちには酷かもしれないけど、また新しく住む場所を見つければいい。それなら俺たちも手伝えるし。捨てられて朽ちる前に出ていったらいいだろ」

「それでは、透が死んでしまうの」

「アンタたちがいないと死ぬのか?」

「そうよ」

 やりとりを聞いていた私は、透を取り巻く環境の過酷さをここにきて知った。つまり、透は命をつなぎとめるために契約者としての役目を果たさなければならないということか。妖精たちを放っても、妖精たちに捨てられても透は死ぬ。何がどうなって、こんなことになったのだろうか。

 私は食べかけのサンドウィッチを右手ごと膝に下した。いま食べたら食道でつまりそうだ。思わず隣にいたオレンジのふわふわを撫でて癒しを求める。縁はちらりとこちらを見ただけで好きにさせてくれた。

 透のことを想ってか、女王も眉間にしわを寄せている。「可愛い透」と呼ぶくらいだから、彼の死ぬところなんて想像したくないだろう。

「まぁ、そこは事前に話しておこうぜぇ」

 私に撫でられていた縁が、1匹だけご機嫌な顔を崩さず言う。

「今日明日にでもよぉ、ちゃあんと事情は話しとこうや。それを聞いてどうすっかは本人の自由だ」

 縁はふらりと二股のしっぽを揺らして、「それよりもよぉ」と続けた。

「人間のほうはどうだぁ? 俺たち最近はここ直結の道使ってっからよぉ、周辺の変化が分からねぇんだ」

 勇者はこの庭の途中まで入ってきていると言っていたし、実際に私たちは赤い花に攻撃されたこともある。しかし、今は縁に先導されて家の森から女王の住処の入り口まで、通常の道を通らずたどり着いていた。したがって、庭やその周辺に勇者がいるのか、赤い花の攻撃は今も続いているのか、それが把握できていない。しかし、縁の言葉を受けた女王は嬉しそうに笑った。

「私の魔力が戻ってきたおかげで、人間の侵入を防げるようになってきたわ。まだ少し入ってこれる場所はあるけれど、あの不気味な花に攻撃される子も今はいないの」

「俺たちがこうして来るようになってからも、人間は来てたのかぁ?」

「2回か3回、来ていたわ。花を摘んでいったようね」

「ふぅむ」

 縁はちょっと考えるそぶりを見せて、「じゃあ、女王の魔力が回復してんの、分かってんだろうなぁ」と私たちに聞かせる音量で話した。

「入れる範囲が狭くなったってぇんじゃ、さすがに異変に気付いてんだろ」

「なんか仕掛けてくるかな」

 私は縁をモフモフしながら尋ねる。

「いやぁ、今の通勤スタイルをとってりゃあ、手の出しようがねぇよ」

 縁がニッと笑って私を見上げる。なんと頼りがいがあって安心できる猫だろう。

「でも、早めに片ぁ付けといたほうがいいっちゃいいな。勇者がなんか悪だくみしねぇうちに」

 その言葉に私も雪那も頷く。蓮太郎は特にリアクションしていないが、こちらの話は聞いているようなので大丈夫だろう。代表して雪那が女王に宣言した。

「明日、透をここに連れてくる」

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