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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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ティーパーティー

 女王の前に進み出た雪那が提示したのは、透を連れてくる代わりに事の次第をすべて話すこと。

 もちろんこれは前日に透にも了承を得た上で実行に移した計画だ。依頼人の安全は必ず守る。そうして説得された透も腹をくくることにしたと、静かに話してくれた。

「正直、昨日うちに来た男のほうが怖いと思ったから」

 そう言って覚悟を決めた透だが、最初から女王のもとに連れて行くことはしない。弱った上に正気を失い気味の女王にいきなり会わせるのは刺激が強すぎるし、何をするか分からないからだ。まずは女王の体調を戻して、話ができる状態まで回復させる。そのために毎日手製のお菓子を持ってくる。話を聞いた女王と周りの妖精は、降ってわいた希望に目を輝かせて私たちの提案をのんだ。

 それからはお菓子を作って運んで、女王に食べさせる毎日。小さな妖精たちがぐったりしている女王の口までお菓子を運んで、少しずつ含ませた。それを繰り返していると少し話ができるようになるので、そのわずかな時間で気になることを質問する。女王はすぐに息が切れてしまって、本当に少しずつしか話ができなかったが、それでも5日も通えば30分ほど自力で座って自らお菓子を食べられるほどに回復した。以前のように混乱することもなく、話の道筋もきちんとしている。とりあえず、私たちを襲ったつもりはなかった、透にこっちに来てほしかっただけで危害を加えるつもりはなかった、ということは改めて説明された。

「透の気配を感じたから、戻ってきてくれたのだと思って………正直、その頃は意識が朦朧としていて、よく覚えていないのだけれど。実は少しだけ見に行ったのよ。でも、それ以上は何もできなくて、私に気付いてほしくてバラを咲かせたのは覚えているわ」

 女王が咲かせるのは青いバラ。以前、妖精がそう言っていた。おそらく初めてここに来て、庭の小屋の中を探っていたら青バラが咲いていた、あの事を言っているのだろう。そういえば私だけ女の顔も見たっけ。あれ女王様だったのか。女王はブラックチェリーのマフィンを小さくかじって咀嚼し、ゆっくりと飲み下してから話を続ける。

「でも、気づいてもらえなかったから、透をこっちに連れてこようとしたこともあったわ………昨日、見たのだけれど、窓ガラスを割ってしまっていたわね」

 これは透に蔦が絡まった事件だろう。すごい勢いでガラスを割ったし、透自身も悲鳴を上げていたけれど、おそらく女王は認識していなかったのだ。わかっていたのは、透がそこにいるということだけ。女王はお菓子で正気を取り戻しつつあるからか、今までの己の行動に少し戸惑っているようだった。

 5日間で確かめられたのは、女王に悪意がなかったということ。収穫は少なかったが、この間に私たちと妖精たちを取り巻く環境は大きく変わった。最初は以前と同じく、雪那や縁が質問をする間、私と蓮太郎が辺りを警戒し、妖精たちは不安そうに女王へお菓子を与えていた。しかし、元気になりつつある女王を見て安心したのか、3日目くらいから妖精たちもお菓子を食べてきゃっきゃするようになり、しかもどこからか別の妖精もわらわら集まる。みんなで楽しそうにお菓子を食べ始めたのだ。それを見た私は羨ましくて、帰宅後に純子へ愚痴をこぼしたら、翌日には妖精用と別にクッキーとサンドウィッチ、水筒を持たせてくれた。ちまちまお菓子を食べてゆっくり話す女王を待っている時間はなかなか辛い。だから4日目からは全員草むらに座って、こちらもお茶をしながらのんびり向き合うことにした。そうすると妖精も私たちのところに集まってきて、たくさんお喋りをする。

「清志のお嫁さんは、薔子(しょうこ)というの。バラが大好きな子。ステキでしょ?」

 私の膝に乗り上げて頬杖をつく妖精が、相変わらずのミュージカル調で昔の思い出を語ってくれる。髪の毛が渦を巻いてストロベリーアイスクリームみたいだ。それが話す度にぴょこぴょこ揺れる。

「ここに越してきてすぐ、2人で庭を造り始めたんですって。大好きなバラをたっくさん植えて、薔子が子どもの頃に夢見たバラ園を造る予定だったの。でもね、薔子は子どもを産んですぐ死んじゃった。だから清志が1人で頑張っていたの」

 小さな口いっぱいに、さくっといい音をさせながらビスケットを頬張って、妖精は大きく口を動かす。私はそれを見てクッキーを頬張り、話の続きを待った。

「それを全部見ていたわ。私たちね、どうしてもこの美しい庭に住みたくて、清志を手伝いたくて、たまらなかったの。だから女王様がね、もっともっと美しい庭にするって清志に約束して、ここに住まわせてもらったの。薔子の夢を叶えたいって、清志はいつも言ってたから」

 懐かしく切ない感情が、妖精の瞳に揺れる。長いまつげが震えて、先ほどより小さな一口を含んだ。

「清志は喜んでくれたわ。私たちのおかげで薔子の夢を叶えられたって。感謝するのはこっちのほうなのにね。ここはどんな妖精もあこがれる場所だわ。ここに住めて……清志と一緒に住めて、私たちは幸せよ」

 妖精は美しい自然が栄える場所を住みかとして選ぶ。だが、妖精たちが楽しく暮らしていた要因は、場所の素晴らしさだけではないのだと、痛いほど伝わってきた。



 5日目にはピクニック用のシートを持たされたので、草の上に敷いて座る。それを見た妖精たちがマネをしてどこからかハンカチやランチョンマットを持ってきて、各々好きな場所に敷いてお菓子を味わった。中には人間用の大きなティーセットを協力して運び、慎重にお茶を注いでいる者もいる。

「人間って不思議ね。愛情を持っていても、それが伝わらない」

 わたあめみたいな髪の毛の妖精が、私の肩に腰かけて話す。食べる分だけお皿にすくってきたプリンを膝に乗せており、服に落とされないかヒヤヒヤした。

「清志の子どもって、清志のこと愛してないの。構ってあげなかったからだって清志は言っていたけど。だから孫もそうなの。変ね、清志は心の底から愛していたのに。いつ来てもいいように、お菓子をいっぱい用意していたのよ。でも全部、ショウミキゲン? がきちゃって私たちが食べていたけど。大切な子をもてなさないまま捨てられるお菓子なんて、悲しいじゃない」

 出番のなかったお菓子を見つめて、透のお祖父さんは何を思ったのか。そんなことを考えそうになって、私は慌てて思考をストップさせた。なんとなく、感情移入すべきではない気がする。そんなことをしたら、妖精が言うように悲しみが際限なくあふれ出すだろう。それは当事者たちが感じるべき感情だ。だからこれだけ言っておいた。

「それ、本人に言ってやって。ずっと待ってたんだぞって」

 キラキラと妖精の鱗粉が舞い、楽しい笑い声が響くティーパーティー。そこで唯一しょんぼりしている妖精は、私の言葉を聞いて満面の笑みを浮かべた。

「ええ、そうね。もうすぐ清志の孫に会えるなんて夢みたいだわ。清志と薔子が繋げた大切な命。清志が愛した男の子」

 妖精はプリンを口にし、幸せそうな顔をした。

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