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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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裏道

 どうせ勇者に知られたんだし、と開き直った私たちは透を洋館に滞在させることにした。この状態で外に出したら、その瞬間に首根っこ掴まれて拉致される可能性もある。事態収束まで閉じ込めておこうと、幼くて可愛い首脳陣は決めたようだった。両親に適当に言っておけ、と言われた透はしどろもどろになりながら電話をしていたが、なんとか言いくるめられたらしい。

「じゃあ学校も休むの?」

「あ、ええと、どうしますか?」

 透は毎日様子を窺ってくれた縁に向かって問う。「休んどけぇ」とご機嫌そうな顔で答えが返ってきた。

「あれだぁ、インフルエンザとか言っときゃあ、1週間くらい休めんだろう」

「この時期じゃインフルエンザかからないよ」

「じゃあ水ぼうそうとか、おたふくとか、とにかく出席停止になるもん言っとけぇ」

 出席停止って猫でも知ってるんだ、というどうでもいい感想を抱きながら、透とそれっぽい病気を検索して「帯状疱疹(たいじょうほうしん)にしよう」と決めた。翌朝に透本人から連絡を入れてもらうことにする。

 私と蓮太郎が外を見回った結果、怪しい人影は見つからなかった。とりあえず胸をなでおろして洋館に帰ると、すでに重い空気はなく、あるのは所在なさげに座る透とリラックスして香箱座りをする縁、元気に歩き回る純子の姿。純子はお泊りに必要なものを透のためにかき集めていたようで、着替えや歯ブラシなどを籐で編み上げた籠につめていた。話し合いを経て解散した空気を感じたので、私が詳細を尋ねると透の滞在を教えてもらったのだ。

 ちなみに「透が契約者なのか」ということも本人確認を取ったらしいが、ひどく驚いて否定されたらしい。透曰く、最後に祖父の家に行ったのは物心がつくかつかないかの時分で、こんな事態にならなければ足を踏み入れることはなかった、なのによくわからないものと契約なんてしないと。嘘を言ってる風にも見えず、とりあえず彼の言葉を信じて、事の経緯は女王に聞くことにしたそうだ。

「聞けるのかなぁ? ずいぶん弱ってたし、話すのもしんどそうだったけど」

 私が女王の様子を思い出して不安を口にすると、純子が「大丈夫ですよ」と微笑む。

「今は無理ですけど、回復してもらいます。桜も手伝ってくださいね」

 どうやって? と首を傾げると純子は明日からの計画を教えてくれた。




 それからは女王の元へ通い、貢物を捧げる生活が始まった。

 貢物、といっても金銀財宝、有名ブランドのコスメやバッグといった類ではない。もちろん羊や生贄などの血なまぐさいものも違う。彼女たちが欲しているのは甘くて魅力的な魔力、すなわち先日のお菓子だ。家にいる純子と透は日中からお菓子作りに勤しみ、私も学校から帰ってきて参加する。勇者を警戒していつもと違う道から登下校し、神経を使って帰宅したそばから漂う甘い香りに、私の胃と脳が刺激された。でも悲しいかな、私はこれを食べられない。食べたらテンションが変に上がって使い物にならなくなる。純子が用意してくれたバナナパウンドケーキをおやつに食べたけれど、だからと言って目の前のお菓子を食べられないのは苦痛だ。

 そうして苦労しながら大量生産したお菓子を、昨日と同じように箱に詰め、夕飯を食べてから再び抱えてバラ園へ出発する。メンバーはまた3人と1匹。勇者に気づかれないように前日とは別ルートで行くのかな、と思ったら、縁が「着いてきなぁ」と声をかけて先導し始めた。ふらふら揺れる二股の尻尾を追って歩いていくと、なぜか洋館の周りの森、しかもバラ園と全く方向の違う場所へ、深く深く入っていく。

「ねぇ、どうやって行くの?」

 耐え切れずに私が尋ねると、縁がご機嫌な顔を振り向かせて説明してくれた。

「俺が使ってる裏道だ、安心しなぁ。バラ園に勇者が張ってっと、どうしても気づかれちまうからなぁ。中に直接行くぞぉ」

 そうして鼻歌でも飛び出しそうなほど軽快に歩を進めていくオレンジのふわふわを見失わないよう、私も少し足を速める。今の説明では全貌を理解するに至らなかったが、猫には人に気づかれない獣道みたいなものがあるのかなと思った。だがそうして進むうちに、自分の認識が間違っていたことを知る。

 突然ぐにゃっと貧血を起こしたような気持ち悪さとめまいが起こった。倒れたり立ち止まったりするほど酷くはないが、明らかな違和感を感じる。徐々に貧血のような症状は治まったが、何か違うという感覚はぬぐえない。

「なんか、靴下を裏返して履いてる感じ……」

 気持ち悪さをそう表現すると、縁は楽しそうに笑った。

「あっはっは! 桜ぁ、なかなか鋭いこと言うじゃねぇか」

 そしていつの間にか森を抜けて、舗装された道が現れる。いつもの慣れ親しんだ道のようで、どこか違う景色と雰囲気。誰もいない道を進みながら、ここは辺りの妖怪が使う道なのだと縁が教えてくれた。

「妖怪の世界ってぇのは、人間のそれと表裏一体でなぁ。慣れてねぇと裏っかえした感覚があるかもなぁ」

「私たちも通っていいの?」

 狼人間と、その後ろを黙ってついてくる吸血鬼と魔法使い。みんな妖怪じゃないけれど、見つかって怒られたり襲われたりしないだろうか。そんな不安を口にしたが、縁は「ぜんっぜん大丈夫だぜぇ」とあっさり答える。

「なんせ混沌としてっからなぁ。いるのは日本妖怪だけじゃねぇし、たまに人間もいるしよぉ。それにここら辺は誰も通らねぇよ」

 縁の言う通り、人間にも妖怪にもその他にも遭遇せず、私たちは道を歩き続けた。ちょっと草の多い道になってきたなぁと思ったところで、縁が「着いたぜぇ」と知らせてくれる。瞬間、またぐにゃりと気持ち悪い感覚を覚えたが、今度は一瞬で消えた。気づくとそこは、女王のいる東屋に続く道の入り口。この間は気づかなかったけれど、生け垣が高く頭上を葉っぱが覆う暗い道は、目の前の場所から続いていた。

「確かここだったろぉ、女王様んとこに行く道」

「よく覚えてたね」

 私が褒めると縁はえっへんと胸を張る。私たちはそのまま縁を先頭に、大量のお菓子を担いで計画を実行に移したのだった。

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