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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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門へ

 一度ちらりと目を遣ったバラの蔦は、私の背中を捉える速度で伸び続ける。何本もの蔦が重なり合い、追い越し追い越され、メキメキメキメキと嫌な音を立てながら獲物を捕らえようとしていた。いや、可愛いと言っていたからには、本当に襲うつもりなんてないのだろう。ただ本人の意に沿わない形で手に入れようとしているだけ。手に入れるというのが食べるとか殺すとかって意味じゃないことを願うよ。追い越されないよう緊張しながらも、頭の隅で冷静にそんなことを思った。日常で全力なんて出す機会はないから、私は久しぶりに息を乱して走っている。顔と手足が枝葉に細かく切り裂かれて地味に痛いが、速度を緩めたら終わりだ。私は最後に見た不安定な状態の透と、先ほどの異常な様子の女王を思い浮かべる。捕まったら、彼が壊れてしまう気がした。

 行きは時間がかかった庭の中も、私の足だと門の前まであっという間だ。時々追い越されそうになりながらも、枝葉をくぐり、飛び上がって進んだ道のゴールに人影が見える。物音に気付いたのか、ふいに懐中電灯の光がこちらを照らした。突然のまぶしさに苦痛を感じて顔が歪み、呻きが漏れる。だが蔦はスピードを緩める気配もないので、私も歯を食いしばって光に耐えた。光の向こうに、驚愕の表情で固まる透が見える。構わず私は彼の胴にラリアットするような形で腕を回し、そのままの速度で彼もろとも門に突っ込んだ。体の前に出した左腕が金属を歪ませる。そうして耐えきれずに吹っ飛んだ門と一緒に、私と透は庭の外へと転がり出た。私は訳も分からず悲鳴を上げる透を庇う形で飛び起きたが、バラの蔦は見えない壁に阻まれたように門があった場所から動かない。今までも外に出てしまえば追いかけてこなかったので、敷地外では力が及ばないのだろう。そうでなければ棘の生えた蔦とやり合うことになっていたから、出てこないだろうと予想はしていたもののホッとしてしまう。そのまましばらく睨みあっていたが、やがて蔦はしゅるしゅると静かに下がり、闇に消えていった。それを確認して数秒、私はやっと警戒を解いて息をつく。蔦が戻っていったけれど、残してきた2人と1匹は大丈夫だろうか。標的は透みたいだし、なんだかんだ大人だから対処はできるだろうけど。そう考えながら闇の先を見つめていたが、ガララという金属音で我に返り、背後を振り返った。呆然とした様子の透が、破壊された門の上でへたりと座り込んでいる。私は膝をついて顔を覗き込んだ。

「ごめんね。大丈夫?」

 とりあえず激突するような形になったことを謝り無事を確認するが、透は呆然としたまま小さく頷くのみ。パッと見た感じ、大きな怪我はしていないようだけど、おそらく驚きで頭が真っ白になっているのだろう。時間が立てばいつも通りになるはずだ。

「高橋くん、ここに何しに来たの? 危ないの知ってるでしょ」

 答えられるか分からなかったけど、私はとりあえず一番聞きたいことを尋ねてみた。一度襲われた場所に1人で来るなんて、よっぽどの理由があるのだろう。一瞬間をおいて、私の言葉を理解したらしい透はガバッと顔を上げた。突然、私の二の腕をがっしり掴んで、下から懇願するように私を見つめてくる。豹変した透の表情に、今度は私が驚いて身を引いた。しかし、ありったけの力を込めているのか、いつもの人間の女の子程度に力を絞った私の体は、距離をとれず固まる。

「すぐに言いたいことがあって。今日はここに来るって聞いてたから、会えるんじゃないかと思ったんだ」

「な、なに、言いたいことって」

「助けてほしいんだ」

「いや、うん、だから何……」

「俺、どうすればいいか分からなくて」

 腕をさらにぎゅうぎゅう掴んで、透は縋りつくように懇願する。こちらの言うことは聞こえていないようだ。切羽詰まっているらしい透には悪いが、正直ちょっと怖いし気持ち悪いし引いている。その後も不安を口に乗せる透に「分かったからちょっと離して」と距離を取ろうとしたが、相変わらずぎゅぎゅう締めつける。私はさっきまで透を助けようと気を張っていたのに、一変して気が抜け、彼にげんなりしていた。

 しかし、救世主は突然やって来た。私の左腕を掴んでいた透の手を、後ろから伸びてきた大きな手が捻り上げる。私は解放されたが、透は再度悲鳴を上げた。相変わらず私に気配を感じさせない蓮太郎が、いつもに増してしかめっ面を作りながら立っている。

「………女の子に、そういうことするんじゃない」

 赤く光る瞳で睨みながら、低く呻くように発した言葉は、透を目に見えてトーンダウンさせた。しょんぼりと項垂れた彼の手を離した蓮太郎は、尚も怒ったような顔で腕を組んでいる。なんで彼が怒っているのか私には分かる。これは娘を持つお父さんみたいな感情だ。だって蓮太郎は私を1人の女の子として扱いはしない。するとしたら子ども扱いだけ。無感情に見える彼も、小さな頃から面倒を見てきた私には情があるのか、時々お父さんみたいな反応をすることがある。それは他の大人たちも同じだけど。

「女の子を夜道に置き去りにするのもどうかと思うよ」

 私がいつかのことを指摘すると、聞こえていないかのように華麗なスルーをされた。雪那と縁も壊れた門を見て「怪力だな」なんて話をしながら戻ってきたので、私達は項垂れた透も連れてひとまず帰ることにする。壊れた門は古くてかなりの重さがあったが、私はおもちゃを扱うようにポイと庭に放り投げておいた。

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