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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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契約者

「女王様、どうぞ一口」

 妖精がケーキを口元まで差し出すと、女王は私達から視線を外し、じぃっとクリームの塊を見つめた。うつろな目は何も感情を映し出さなかったが、たっぷり3分ほど固まったあと、小さな口をゆっくりと開いて柔らかなそれを齧る。これまたスローモーションで咀嚼をし、億劫そうに嚥下すると「………おいしい」と呟いた。洞窟の中で反響したような、不思議な響きの声だ。それからは同じスピードで、妖精の手からケーキを食べ続ける。まるで大きさの逆転した親鳥と雛のようだが、妖精たちは持って来たケーキを女王が食べてくれることに喜んで、金の粉の舞う羽を一層パタパタと弾ませた。私たちは一旦それを静観することに決め、ケーキを完食し、マフィンも半分を平らげるまで、じれったくなるような時を過ごす。お腹いっぱい、と穏やかに微笑んだ女王を見て、私たちは注意深く彼女たちと距離を詰めた。すっかり忘れていたであろう私たちが来るのに気付いた妖精たちが、「女王様、」と再び声をかける。

「このお菓子、彼らが作ってくれたの」

「知っているでしょう、蜂の女王様が言っていた、人間退治の魔物たちよ」

 妖精たちが示す先にいる私たちを、女王が再び見つめる。用心して5メートルほど手前で止まった私に続き、後ろの2人と1匹も足を止めた。女王と私の視線が絡んで、気づかれないように深呼吸する。真正面からそれを受けるのは緊張した。

「ええ、知っているわ」

 ため息の様に吐き出された静かな声は、変わらず周りに反響するような不思議さをもって私たちの元へ届く。

「ここへ何度か来ていたことも」

 女王は背もたれに腕と体を預けた状態から、するりと体を伸ばした。全体的に細くしなやかさを感じる体だが、おそらくその身長は蓮太郎よりも大きい。少し離れたところから見ているから正確には分からないが、2メートル以上はあるだろう。美しい人間のような見た目をしているが、気を緩めてはいけない。

「なぜ俺たちを襲ったのか聞いても?」

 ついに声を発したのは雪那だ。私は今後も余計なことを言わないように口をつぐむ。物理攻撃以外は背後の1人と1匹にお任せだ。雪那の声はきちんと女王にも届いたようで、彼女は目を伏せながら首を横に振る。

「襲ったつもりはないわ」

「バラの蔦が窓ガラスを割って、巻きついてきたのは?」

 例の写真を見つけた時の話だ。私と蓮太郎と一緒に来た透に蔦が襲い掛かり、窓ガラスの破片で細かい怪我がいっぱいできたっけ。

「襲ってないわ」

 それでも女王は首を横に振る。女王はそれまでの僅かなやり取りだけでも疲れたのか、ふぅ、と息をついた。弱っているのは本当らしい。お菓子で少しエネルギーを補給し、話ができているだけでもマシかもしれない。女王の否定を聞いて、今度は縁が首を傾げながら問いかけた。

「挨拶にしちゃあ、激しい出迎えだなぁ」

 言外に行動の理由を説明することを求められた女王は、目を伏せたままポツリと答える。

「あの子が欲しかっただけよ。早く欲しかったの。だから連れて来ようとしたのよ。そうじゃないと、私はもう、もたないもの……」

 あの子、が示す人物を私は当時の状況から思い浮かべたが、まさかと否定する。あの時、連れて行かれる可能性があったのは蔦が巻きついた1人。しかし彼は人間だ。なんで欲しがるのだろうか。だが同じ人物に結び付いたのは私だけではなかったらしい。

「あの子ってぇのは、人間の子かい?」

「ええ、そうよ。清志の可愛い子。私の可愛い子……」

 そこで女王は再びため息をついて、伸ばした体を再び背もたれに預けた。眠そうにゆっくりと瞬きをする。もはや囁きのような声になってしまったが、それでも私たちに喋り続けた。

「あの子がいないと、もう駄目なの。人間がこの庭に入ってこようとして、私の花を摘んで、妖精たちを襲って。ここまで来てしまったらもう終わり。なんとか食い止めてはいるけれど、もう限界だわ。だんだん入ってきてしまって、私も、だんだん、体が、力が、思いどおりに、ならなくなって」

 途中から息が切れて、言葉が途切れがちになる。女王は一旦、瞼を完全に閉じて息を整えた。

「ねぇ、あの子をここに連れてきてちょうだい。一刻も、早く……」

 そうして顔を伏せてしまった女王に、この会話から想像される真相の一つを確かめるため、雪那が口を開く。

「新しい契約者は、ここの主の孫か?」

「ええ、可愛い透。あの子が来てくれないと、私はもう人間を押さえられないわ」

 その言葉を最後に、しん、と静寂が落ちた。透が契約者とは、どういうことだ。この家の異変をどうにかしてほしいと依頼してきた透は、契約のことも妖精のことも、ましてやこちらの世界のことも何も知らないような様子だった。最初から何か目的があって私たちを騙していたのか、という考えも一瞬浮かんだが、洋館で怪我の手当てをされていた時の落ち込み様が、演技であったとはどうしても思えない。ひとつ謎が解明されたと思ったのに、また分からないことが増えてしまった。おそらく他の面々も同じようなことを考えて沈黙していたのだろう。それを破ったのは女王だった。

「あなたたちは、人間を退治してくれるのでしょう? どうか、お願い……」

 透からのイレギュラーな依頼とは違う、魔物による人間退治の依頼。いつもなら受けるところだろうが、先に引き受けた透の依頼が優先であるし、女王の依頼を引き受けるということは、この庭を襲撃している人間――――おそらく勇者を相手にすることになる。それは私たちにとって、避けるべき事態だ。それに女王の襲撃(本人は襲っていないと言っているが)で怪我をした人間をここに連れてくるというのは危険ではないだろうか。女王の依頼は様々な厄介事をはらんでいる。さて、どう出るのか。私は後ろを窺ったが、交渉役が返事をする前に、鋭い聴覚がかすかな音を拾った。これは聞き覚えがある。油が足りていないような、この家の門の開閉音。その音を立てた原因を特定するため鼻をひくつかせると、今まさに話題に上っていた人間の匂いがした。なんで来たの? 思わず目を見開いて振り返ると、庭の王である女性が「ああ透……」と呟いた。先ほどまでの平坦な声とは違い、高揚した感情がにじみ出ている。女王に目をやると、項垂れていた姿とは一変し、しゃんと背を伸ばした状態で立ち上がっていた。こうして見ると、やはり大きくて人外のものだと実感する。さらにその体は強く青く発光し始め、限界まで見開かれた瞳には何色もの光が輝き始めた。様子がおかしい。周りの妖精たちも慌てたように女王の周りを飛んでいる。

「ああ、どうしましょう! 女王様のご様子が、またおかしくなってしまったわ」

「女王様、どうかお気を確かに」

 ちょろちょろ飛び回る妖精たちは見えていないのだろうか。女王は一点を見つめたまま、するすると東屋から出てきた。どうしたんだ、と警戒する背後に、私は慌てて状況を説明する。

「今、高橋くんがこの家に来たの。門が開いた音がして」

 そこまで言ったところで、女王のほうからメキメキと嫌な音が聞こえた。再び振り返ると、女王が上げた手に沿うような形で、バラの蔦が上方へとうごめいている。

「桜ぁ、あのガキ、こっから連れ出せ!」

 普段は聞けない緊迫した縁の声に、私は考える間もなく走り出した。狼人間の本領を発揮した全速力。電車と駆けっこできる速さで来た道を引き返したが、先ほどのメキメキという音がほとんど同じ速度で追いかけてくるのを感じた。追いつかれたらヤバい。先ほどの異常な様子の女王を思い出して、今度こそ透がどうなるか分からないと考えて焦ったが、今は走ることだけに集中する。



「透、いま迎えに行くわ……」

 女王の呟きが、聞こえた気がした。

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