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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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 いつもは大皿でおかずを出す純子も、内容が肉だと戦場になると判断したのか、今日はそれぞれの取り分を別皿で渡してくれた。そのほうが蓮太郎と競争しなくて済むので、私としても安心する。しかし帰宅した雪那は並べられた自分の皿を見て顔をしかめた。

「一人の取り分、多くないか」

「多かったら桜にあげてください」

 純子にそう返されて、雪那は席に着くなりきれいな箸遣いで私の皿に2枚の肉を放り込む。私はニマニマが止まらず、手を合わせてから真っ先に肉をつかんだ。肉、米、肉、米のローテーション。あっという間に米がなくなったので大盛りでおかわりを頼むと、純子が笑顔でピカピカのご飯をよそってくれた。

「いっぱい炊いたので、まだおかわりありますよ」

「あと一回はお願いする~」

 むしゃむしゃという音がピッタリな食べ方に、2人と1匹の男性陣は何も言わなかったが多少呆れ顔をする。

「だって、力つけなきゃいけないでしょ」

「別に何も言ってない」

 むぅ、として何か言いたげな顔に反論すると、おしゃべりな雪那が言い返してきた。顔がうるさいのよ。

「ていうか蓮太郎も同じ量食べてるし」

「蓮太郎との体格差を考えたことあるか?」

「桜、おめぇ、野菜食ぇ野菜」

 細かく切られた肉を満足げに咀嚼する縁も、楽しそうに指摘してくる。それはそうだと思って横に添えられたレタスをぱりぱり齧った。

「でもね、お肉食べたほうが”歯”とか”爪”とか元気になる気がするの。必要かもしれないでしょ」

「まぁ、今回は、そうかもな」

「うん、だからね、もう1枚くれてもいいんだよ」

 私が上目づかいで伺うと、見てるだけで胸焼けがしてきたからと雪那が肉をよこしたので、ぶりっ子の仮面を脱ぎ捨てて再び肉にかぶりついた。




 美女に貢いで荷物持ちさせられている男性って、きっと今の私のみたいな絵面なんだろうなぁ。

 そんなことをしみじみ思う私の腕の中には、お菓子の箱が6つ重なっている。両腕にも取っ手をひっかけているので合計8箱だ。家を出るときに笑顔の純子からどんどんどん! と次々に重ねられた。「ちゃんとつぶれないように置きましたから」とニコニコ送り出した彼女は、正真正銘の鬼だった。箱が視界を遮っているので首を傾げながら前方を確認しているが、蓮太郎は3箱しか持っていないし、雪那に至っては自分で用意した道具入りのカバンだけ、その手に提げている。

「私、女の子なんだけどー」

 後ろから訴えてみたが、「たくさん肉食べただろう」「いっちばん若ぇんだから大丈夫だってぇ」という無情な返答だけがあった。蓮太郎は赤く光る人外の目でちらりと一瞥したのみ。こうなったら夕食の時点で大人たちに嵌められていたとしか思えないな。私も暗闇で光る目を眇めて箱を抱えなおし、夜道を音もなく進んでいった。

 もはや通いなれた道をたどり、透の祖父の家に到着する。人のいないその屋敷は塗りつぶしたように真っ暗で、重苦しい沈黙をたたえていた。高級住宅街は家と家の間も広いから、私みたいに耳がよくなければ隣家の生活音もここまでは届かない。だから多少暴れたって大丈夫。

 私たちはバラ園を探索中に見つけていた、少し開けた場所に荷物を降ろした。雪那がごそごそと自分のカバンを探って、キラキラの金粉が舞う杖を取り出す。その美しいひと振りを、ちょうど開けた場所の中心あたりで何のためらいもなく地面に刺した。一瞬の間をあけて杖から円状の光があふれ、一気に周囲に広がる。光が通過する際に草をザワザワ言わせ、花が咲かせながら、数秒の後に光は杖を中心とした半径2メートルほどの円になった。前に見つけた、妖精の踊った跡にちょっと似ている。

「この円の内側にお菓子を置いていこう」

 雪那の指示で、私は苦労して運んだお菓子の箱を開け、それを光の線に沿って等間隔に並べていった。見れば見るほど美味しそうなお菓子たちだが、これは妖精をおびき寄せる餌だ。罠として配置していると、その可愛らしい色彩も恐ろしく見えてくる。猫以外が協力して黙々と設置した罠は私たちを丸く取り囲んで、この場にふさわしくない彩りを与えた。

「桜、そのマフィンはもう少し内側。こぶし一つ分くらい」

「ねぇ、これで妖精をおびき寄せても逃げられるんじゃない?」

 私はアメリカンチェリーのマフィンを言われたとおり手前に引き寄せて、雪那に問う。

「いや、この円に閉じ込める」

「ここって鳥かごみたいなもんなの?」

「俺の魔力の絶対領域だよ。この中なら俺の意思に反することは起こらない。閉じ込めることもできるし、攻撃を受けることもない」

 思わずスカートとニーハイの間の生足を思い浮かべていた私だが、その言葉に引っ掛かりを覚えた。

「ん? ていうことは私たちも雪那の思うまま?」

「逆らわないほうがいいぞ」

 雪那は女の子たちが天使だと騒ぐ可愛い笑みを見せてくれたが、天使はそんな暴君みたいなこと言わないんだよ。

 事前に今日の作戦の流れは聞いて頭に叩き込んであるが、そういった細かいところの説明はなかった気がする。私は夕食後の打ち合わせを思い返した。今日やることは、お菓子でおびき寄せた妖精に諸々の質問をすること。しかし、彼らは今起こっている事態の全部を知らないだろう。知っているのは、契約を交わしたと推測される女王のみ。おそらくお目当ての女王は罠にかからないから、可能なら妖精たちに女王の元まで案内してもらう。そして事の真相を聞き出し、解決策を模索する。妖精との交渉は雪那と縁が担当。何かあった際の物理的対処は私と蓮太郎が行う。雪那が何か用意しているのは知っていたが、物理対処班としてはてっきりボディーガードのように猫と魔法使いを囲んで守るのかと思っていた。

「”命の代わりに”なんて言う物騒な相手だから、用心したかったんだよ」

 私が思ったことをそのまま口に出すと、雪那がフルーツタルトを置きながら答える。青バラの写真の裏に書かれた、恐ろしい言葉。

「じいさんの命と引き換えに契約したのなら、すでに女王は魂を手に入れて満足してるはずだけど、もし別の人間や不特定多数の命を与える、なんて契約だったら危ないだろう?」

 その言葉でぞっとした私を放って雪那は立ち上がり、中心にある杖に集まるようよう声をかける。彼はもとから真ん中にいてあくびをしていた縁を珍しく抱っこし、杖のもとに来た私の手を握った。

「おい、なんでぇ、いい歳こいたおっさんがおっさんを抱き上げやがってぇ。気色悪ぃぞ」

 普段と違う行動に対する抗議と戸惑いから発せられた縁の言葉に、雪那もむすっとして言い返す。

「向こうから見えないようにするためには、俺に触れていなきゃいけないんだよ。ていうかおっさんって言うな」

 確かに縁では私のように手をつなぐことはできない。普通に地面から雪那に前足でタッチしている姿も可愛くていいかなと思ったが、四足歩行の彼には大変そうだし、抱っこでいいと思う。可愛いし。雪那はノロノロやってきた蓮太郎にも同じ説明をして自分に触れるように言ったが、身長差を活かして肩に肘を乗せられたことで激怒した。

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