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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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お菓子

 きらきら光る魔法のお砂糖をボウルに入れて、小麦粉や卵と一緒に混ぜ、一生懸命こねる。けっこう力のいる作業だな、とじんわり汗をかきながら、初めて作るクッキーの完成を目指した。隣では純子が別のお菓子を作っていて、クリームを慣れた手つきで泡立てている。バレンタインのチョコくらいしか作らない私と比べたら、やはり彼女の手際のほうが断然上だ。

「今日ね、高橋くんに会ったよ」

 もぎゅっもぎゅっと生地をこねながら純子に話しかける。純子は高速の回転を軽々とこなしながら、私に微笑みかけた。

「お元気でしたか?」

「ううん、あんまり。どんよりしてたよ」

「そうですか。無理もないかもしれませんね。これからどうなるか不安でしょうし」

「でも毎日縁が会いに行って元気づけてたらしいよ。知ってた?」

「いいえ。でも、縁さんらしいですね」

 純子は一旦手を止めて、きらきらのお砂糖を追加する。私は生地がまとまったので純子に次の指示を仰ぎ、渡された麺棒でもちもちの生地を薄く延ばす作業にかかった。

「そういえば、バラの種探しいつできるかって言ってたよ」

「そうですね。こうなってしまったら、もう無理かもしれません」

 え、そんなあっさりと。すっぱり諦めた発言をした純子に驚いて手を止めてしまった。

「え、でもあれって、私達が解決するまでに見つけないといけないんじゃなかったっけ?」

 確か透と雪那が契約を交わした時にそう言っていたはずだ。探すの無理って、それだと契約違反になって透は罰を受けることになるのでは? おそるおそる聞いてみた私に、純子は苦笑を返す。

「あの契約は、双方の合意があれば取り消せるんですよ」

「あ、そうなんだ」

 私があからさまにほっとしたのを見て、純子はちょっと意地の悪い笑みを作った。

「ふふ、私のこと薄情な鬼だと思ったでしょう」

「あ、うん、ごめんなさい」

「まあ鬼なので、薄情じゃないとは言えませんけど。でも、高橋さんに意地悪する意味なんてありませんから。今回は特殊ですし、解決した後でもいいって雪那さんに変えてもらいましょう」

 さ、手を動かしてください、と純子に促されて、私は作業を再開する。均一に伸びるよう、一定の動きを繰り返した。お菓子作りって、無心になれてけっこうイイかも。

「高橋くんも焦ってるっぽかったから、安心するよ。明日伝えとくね」

「はい、お願いします」

 いつの間にか純子は先ほどまでかき混ぜていたクリームを、焼いておいたスポンジに塗り付ける作業に移行していた。私も指定された薄さまで伸ばせたことを確認してもらい、いろいろ取り揃えたクッキーの型をわくわくしながら選ぶ。星とかハートとかオーソドックスな形だけじゃないんだなぁ、とりあえず猫型は絶対作ろう、とオレンジの猫を思い出しながら考えていると、わずかな音を立てて背後に人が立つ気配がした。

「っ! ビックリした、蓮太郎、もう起きたの」

 気配が希薄で音も立てないから、耳と鼻がいい私でも彼が近づいてくるのはあまり気付けない。加えて蓮太郎は夕飯直前に起きてくるので、2時間も早い今から姿を現すとは思っていなかった。そんな私の焦りもお構いなしに、振り向いた先で蓮太郎は呑気に欠伸をする。ちょっとイラッとしたので、くまちゃんのクッキー型を握らせた。

「起きたんなら手伝って。クッキーの型抜き」

「………」

 顔にありありと「めんどくさい」と書いてあるが、私は強引に蓮太郎の手を引いて生地の前に立たせる。「ここから、隙間出来ないように抜いてね」と一方的に指示して、私は反対側から生地をくり抜いていった。蓮太郎はぶすッとした顔をしながらも、のろのろと手を動かしてくまちゃんを作る。次に手渡したうさちゃんも、何も言わずに受け取って生地に押し当てた。



 私が作ったクッキーと、純子が作ったイチゴたっぷりのケーキ、ガトーショコラ、アップルパイ、ババロア、スコーンその他いろいろ。知らない間に純子が大量に作ってて、私なんてほんの少しのお手伝いしかしなかったけど、これだけズラッと並ぶと達成感がある。

「これは映えるね」

 SNSなんてつぶやく系のやつしかやってないし、この写真をアップしたりはしないが、それでも可愛い画像を残そうと角度を変えながらシャッターを切り続ける。

「おお、たぁっくさん作ったなぁ」

 縁が二つのしっぽを揺らしながら、感心したように近付いてきた。いつの間にかふらっと帰ってきたらしい。イチゴのケーキの匂いをくんくんと嗅いでいる姿もぱしゃりと撮る。猫のオレンジとクリームの白とのコントラストは、ちょっとミスマッチだった。けど可愛いから許す。

「味見役が必要なんじゃねぇか?」

 ぺろりと小さい舌で口元をなめながら縁が聞くので、すかさず私は「ダメでーす!」と顔の前でばってんを作った。

「それはすでに私が聞きましたー! 私達が食べると変な作用が出るからダメだって」

「変な作用ぉ?」

「一定の時間、妙な感じにテンションが上がって楽しくなっちゃうって」

「あぶねぇヤツじゃねぇか」

 私もそう思って諦めたんだよ。当然味見できるものと思って楽しみにしてたから、完成したとき真っ先に聞いたのだ。あんなきらきらの粉なのに、まさか危険で食べられないなんて。

 このお菓子には雪那が白い妖精にあげていた金平糖と同じ、魔力のこもった砂糖をたっぷり使っている。妖精にとってはご馳走だが、だからといって他の魔物にもそうとは限らないらしい。でも、とりあえず準備は万端だ。あとは仕事から帰ってきた雪那も交えて夕食を摂り、お菓子を携えてバラ園に向かうのみ。私のリクエストに応えて純子が肉を焼く音と匂いに腹の虫を刺激されつつ、私は静かに気合を入れた。

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