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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
19/63

話し合い

 実は私も詳しく知らないが、勇者について解説をしよう。

 私たちのような魔物、といってもその形態は幽霊やら妖怪やら雪男やら様々なのだが、それらを倒そうとする人間は、身近なところでいうとお坊さんとか巫女さんとか。某映画で有名になったエクソシストや陰陽師なんかもそうだ。中には魔法使いや、人間と魔物のハーフといった一見"こちら側"の存在が魔物退治をすることもあるし、正直こっちも形態は定まっていない。しかし、自分で言うのもなんだが、そういった人間の大半は私たちの敵ではない。大家・大黒さんに認められ、彼の庇護下にいる私たちは、安全な住みかと引き換えに人間たちの脅威から魔物たちを守る。ある意味魔物たちの最後の砦として機能している集団なので、ちょっと強いくらいの人間なら「調子のるな!」とゲンコツをくらわせて一件落着できるのだ。少なくとも私が見てきた仕事はすべて、そういった類いのものだった。

 しかし、世界にはそんな人間ばかりじゃない。中には高い実力を持って、強大な力を誇る魔物を倒す者もいる。おそらく私たちでも苦戦するか、敗北するだろう彼らを勇者と呼んでいた。それには、好き好んで魔物を倒すと勇む人間の気が知れない――――という皮肉と侮蔑がこもっている。

「俺ぁ若い頃、一回だけ戦ったぜぇ」

 いつもの楽しそうな顔のまま、縁が告白したので私は驚く。彼は左目を瞑って「目の上深ぁく切られてなぁ、今でも傷が残っちまってんだ」と言うので彼のふさふさを掻き分けると、皮膚が白っぽくなっている場所がうっすらと見えた。

「何年前?」

「さてなぁ……なんせガキん頃の話だ、まだ徳川幕府が現役だったと思うがなぁ」

 縁ってそんなに年取ってるんだ、と違うところに驚いている私の目を、オレンジの猫はじっと見つめる。

「死ぬかと思うくらいボロッボロにされてなぁ。桜も気を付けんだぞ、あいつら強いってぇこともあるが、大体が徒党を組んでやがるんだ。ありゃあ厄介だぞ」

「大人数で動いてるってこと?」

 その問いに答えたのはまったり紅茶を飲んでいた雪那だ。ちょっと前まで深刻な話をしていたのに、一旦終わってしまえば彼を含めた大人たちは各々くつろげるのだから凄い。ちなみに蓮太郎はソファで寝てるし、純子はお菓子を作っている。

「行動は単独か少人数のチームだって言われてるけど、みんな大規模な組織に所属してるんだ。有名なのだと×××××とか△△△△△とか」

 多分英語だ。聞き取れなかった。

「ごめん、なんて?」

「×××………固有名詞だから、訳すのが難しいな。なんとか教会とか、そんな名前だよ」

「そのなんとか教会っていっぱいあるの?」

「注意するのは3つくらいかな。大きい組織ほど力のある勇者がいるし、連携して追い詰めてくることもあるから、気づいたときには手遅れの場合もあるらしい」

「こわいね」

「他人事みたいに言うなよ。今回はそいつらが絡んでる可能性があるんだから、変だと思ったらすぐ逃げろよ」

 実感が湧かないまま上部だけの感想を述べたことが分かってしまったのだろう。雪那に指摘されて、しかし見たことがないものの恐怖を間近に感じることは難しくて、私は曖昧に頷いた。キッチンから小麦粉と砂糖が焼ける良い匂いがする。純子が作るお菓子の味を思い出して、私の意識はすっかりそっちへ移っていた。大人たちの切り替えの早さをどうこう言う資格は、私にはないのかもしれない。



 勇者の可能性が出てきたので、ネズミ一家には安全な場所を提供することにした。私たちに事の次第を話した以上、彼とその家族が消される可能性もあったからだ。さんざん怖い目に会わせたためか、ネズミはちょっと警戒していたようだが、結局は何も言わずに妻子を迎えに行って身を隠した。

「どこに隠れたの?」

 私は純子のクッキーを咀嚼しながら雪那に尋ねるが、返事は「知らない」というそっけないものだった。

「縁の伝手で隠れたみたいだから」

「おう! 勇者は絶対来れないとこぉ提供したぜぇ」

 口の周りをクッキーの粉だらけにして、縁がご機嫌に答える。

「そんなところあるの?」

「ここが表の世界だってぇいうなら、裏の世界とでもいうべきとこだなぁ。表裏一体に存在はしてっけど、入り方知らなきゃぁ入れねぇ。ここらの日本妖怪は、大体そこに住んでんだ」

「……よく分かんないけど、異次元的な話?」

「そんなもんかねぇ」

 満足した縁はぺろぺろ体を舐めて毛づくろいを始めた。多分これ以上聞いても説明はしてくれない。日本妖怪と言っていたから、おそらく化け猫である縁のホームというべき場所なんだろう。家族のように一緒に暮らしてはいるけど、ここの住人たちはあんまり自分のことを話したがらない。私も自分のバックボーンについて話せない(というか知らない)からお互い様だし、そこを深く聞いて嫌な思いはさせたくないので、私もこれ以上は聞かなかった。過去を知らなくても、今は一緒にいられるしね。だから「なら安心だね」と言って、流れを断ち切った。

「それにしても、ネズミさん話してくれて良かったね。私のリンゴのおかげかなー」

「あれが一番怖かったですね」

「どんな怪獣かと思った」

「……俺も」

「ああ、やべぇことしてんなぁと思ったぜぇ」

 冗談で言ったのに大人たちがみんな危ない人物のように感想を述べるので、私は慌てて抗議した。

「みんながやれって言ったんじゃん!」

「にゃぁっはっはっ、予想以上のクオリティでビビっちまったぜぇ」

 縁の言葉で珍しく蓮太郎も含めた全員が大笑いを始めたので、私はむすぅと頬を膨らませた。

「じゃあ功労者の私には特別なご褒美があってもいいと思いまーす」

「分かったから、ブスな顔すんなよ」

「ブスって言わないでよ、女子高生に!」

 雪那のブス発言で大人たちはさらに笑う。私は不機嫌な顔のまま、残りのクッキーを全部掴んで頬張った。「狼じゃなくてリスだな」なんてことも言われたがもはや気にしない。リス可愛いじゃん。

「でも実際、あれで心変わりしてくれたと思いますよ」

 一通り笑った純子がそんあフォローを入れたが、私はツーンとしてクッキーを咀嚼し続ける。美味しい。夢中で味わって全て胃に収めたところで、その言葉に返事をした。

「じゃあバラ園でも、リンゴ砕いてみようか。話してくれるかも」

「花に養分与えるだけですよ。攻撃しかしてこないんでしょう?」

 うん、と頷こうとしたとき、ふと引っ掛かりを覚えて押し黙る。そう、攻撃しかしてこない。話したことがない。話せない? そうかもしれないけど。


 今までそんな魔物はいなかった。


「桜?」

 急に黙った私を純子がのぞき込む。私は彼女の顔を見て、ぽつりとつぶやいた。

「植物の魔物って、しゃべらないのかな?」

 私の言葉で一瞬しんとなった空気を変えたのは、その手の知識が豊富な雪那だ。

「………いるにはいるけど、あんな大規模な攻撃しかけてくる奴は、大体しゃべる」

「じゃあ今まで何にも言葉を聞けてないのは、私たちと話したくないから?」

「俺たちを拒んでいるのなら、かえって怒鳴り散らしてくるだろうな」

 そこまで話して、再び全員が沈黙する。各々考えて、今度は純子が口を開いた。

「雪那さん、魔物の種類を断定することはできますか?」

「魔物の特徴があれば可能だな」

「話せない種類なのか、話せるのに話していないのか、それだけでも確認したほうがいいかもしれません。もし自ら話していないだけだとしたら、会話によって解決の糸口が見つかるかも」

 会話による解決。そんな平和的な方法が残されているとは。謎に満ちた攻撃的な植物というレッテルを貼って、一番簡単なことを忘れていたのかもしれない。


 分からないことは、本人に直接聞いてみよう。

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