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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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この先も

 人の3倍はある太い幹と、天を覆う無数の枝。そこには少し前まで桃源郷のように美しい桜が満開に咲いていたのに、今は4割ほどに減ってしまった。開け放ったリビングの窓辺に足を投げ出すようにして陣取る私は、好きなものが減っていく光景をぼんやり見つめる。リビングの窓はそのままテラスへと続いているので、そこの椅子に座ればと保護者たちからよく言われるのだが、私は昔から床にベッタリ腰を下ろして桜を眺めるのが好きだった。それも今年はもうすぐ終わるだろう。桜は一番美しい時期を躊躇うことなく駆け抜けていく。

「諸行無常だなー」

 だらしない格好のままポツリと呟くと、背後でくすくす笑う少女の声が聞こえた。振り返ると相変わらず真っ黒な服を着た純子がニコニコしている。連太郎もそうだが、彼女も気配が希薄で音や匂いに敏感な私でも近づかれていることに気付けない。

「難しい言葉を知っていますね」

 笑いながら足音もなく近寄る純子に私は「中学の教科書に書いてあった」と答える。

「諸行無常の響きあり、とかいうやつ」

「平家物語ですね」

 そこまでは覚えてなかったので「よく知ってるね」と逆に感心すると、「長く生きてますから」と微笑まれた。年齢のことは純子の持ちネタのようなものだ。

「でも、この景色は何度見ても寂しくなりますね」

 純子は今まで私が見つめていた桜に視線を遣る。私も去っていく美しい花を再び視界に映した。

「今年も終わっちゃうね」

「また来年ですね」

「来年のことを話すと鬼が笑うって言葉ないっけ」

「よく知ってますね」

「現国の先生が言ってた」

「私は笑いませんよ」

「じゃあさ、お花見しようよ、来年」

「毎年やってるじゃないですか」

「うん、だから来年も」

「重箱のお弁当持って?」

「うん、甘い卵焼き」

「毎日お弁当に入れてるじゃないですか」

「うん、だからずっと」

「ずっと、ですか………」

 テンポよく交わしていた会話は、純子が含みのある言い方をしたことで乱れる。振り返って彼女を見ると、首をかしげて微笑まれた。

「それこそ、鬼が笑う言葉ですよ」

 何故か核心を突かれたような気持ちになった私は少しの間、呼吸を止める。正面から受け止めたくなかったので、ななめ前くらいの回答をした。

「笑わないでよ」

「私は笑いません」

 私は拗ねたふりをしてそっぽを向き、会話を終わらせた。このまま少し湿った空気が乾くのを待とう。しかし、そう思った直後、私の耳はガチャガチャと硬いものが動く音を拾う。リビングの外から聞こえてきた。私は正面に向き直した顔を再び後ろにやって、その音が近づいてくるのを窺う。扉を押し開けてやって来たのは連太郎だった。手には彼の腰ほどの大きさがある黒光りする物体。手に近い部分は複雑に部品が噛み合って作られており、その先は筒状に細かった。……見たことないけど、あれ、撃つやつじゃない?

「……純子」

 なんて物騒なものを、と私が引いているのも構わずに、連太郎はそのまま純子を呼ぶ。

「……部品のスペア、あるか?」

「連太郎さんが持っているものが全てだと思いますが……もしかして、足りませんか?」

「……次回分はないかもな」

「じゃあ、大黒さんに言っておきますね」

「……頼む」

 それだけ言って踵を返そうとする彼を私は慌てて呼び止めた。

「ねぇ、それ何」

 ゆるゆると私のほうに顔を向けた連太郎は、ちらりと手の中のものを見て答える。

「……機関銃」

「なんでそんなものを」

「………明日、使うかもしれないから用意しとけと言われた」

 明日、というのは透の祖父の家に行くことだろう。

「いつもそんなの使ってないじゃん」

「……普段は人間相手だから素手でも平気だが、今回は違う」

「魔物相手には武器を使ったほうがいいってこと?」

 私がたくさん質問してくるので連太郎は少し面倒そうな顔をする。だが途中で去ることはせず、銃をテーブルにゴトリと置いてソファに座った。きちんと説明してくれるらしい。私も体ごと連太郎に向き合った。

「……俺や純子は、人間にとって脅威となる存在だ。俺たちが持っている力は、人間に対してより効果が出る。魔物同士の戦いではいつもより効きが弱い。だから補助があったほうがいい」

 以上、とでも言うように連太郎は短い説明を終えてしまった。私は分かったような分からないようなモヤモヤを抱えて、んー? と首をかしげる。そんな私を見て、言葉の少ない連太郎の代わりに純子が言葉を続けた。

「吸血鬼は人間の血を飲むし、鬼は人間にとって災いの象徴でしょう? 私たちはある意味『人間の敵』なんですよ。だから人間に対する攻撃に特化してるし、攻撃方法もよく心得てるんです。もちろん、それらの力は魔物にも有効ですけど、人間と比較するとどうしても劣ってしまうんですよ。だからそこを補う武器があれば便利なんです」

「あ、なるほど」

 腑に落ちた私はふんふんと頷いて、再び黒い武器を見る。ということはこれも普通の機関銃ではないのだろう。連太郎が軽々持っていたから感じなかったが、間近で見ると結構大きい。純子も同じだと言っていたが、彼女にこんな大きいものが持てるのだろうか。

「純子も持ってるの?」

 私は機関銃を指しながら尋ねる。「持ってますよ」と答えた純子はおもむろに手を後ろに回し、背中から何かを掴んでにゅっと掲げた。どこから出したんだと突っ込みたくなったが、それよりも彼女が持つ物騒なものに愕然とする。重量のありそうな鉄の塊。純子の3分の2くらいの背丈があり、無数のトゲトゲが生えていた。触ると絶対痛いやつだ。

「鬼に金棒……」

 思わず呟いた私に純子はニコッと微笑む。金棒をさすってなんだか嬉しそうだ。痛くないのかな。

「ていうか、みんな持ってるのに私のはないの?」

 ふと疎外感に気づいて大人たちに尋ねる。だが逆にキョトンとした顔で見られて戸惑った。

「………これはもともと、対お前用に持っているものだ」

「え、なにそれ、なんで私用?!」

 衝撃の事実にショックを隠せない。銃とか金棒とかで攻撃する予定があったんだろうか。家族と思っていたのは私だけだったのかという考えにすら至った。

「……お前が変身して暴れたのが原因だろう」

 呆れた顔で言う連太郎に今度は私がキョトンとする。訳が分からないという顔をしているのを見て、純子が再び補足をした。

「覚えてないかもしれませんが、桜はこの家に来たばかりの頃、満月を見て変身してしまったことがあるんですよ。その時、止めるのに苦労したので、次に変身したときのために武器を作ってもらったんです」

 変身したことがあるのは、昔聞いたような気がする。しかし記憶にはさっぱり残っていなかった。獣人となった私がどれだけ暴れるのかは検討もつかないが、あんなもので攻撃されると考えるとゾッとする。

「夜は絶対に外でない……」

 渋い顔をして言う私に「そのほうが私たちも助かります」と純子も同意する。

「できれば使いたくないですからね」

 先ほどは嬉しそうにしていた金棒を、ちょっと切なそうに見つめてから、純子は再び背後のどこかへそれをしまった。

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