終 姉姫様の婚礼
「姉姫様が?」
きらきらと、光のあふれる、大きな窓辺。硬い声で聞き返したのは、少年だった。真ん丸な空色の瞳が印象的な、あどけない顔立ちをしている。日の光に透けながら細かく波うつ薄茶の髪が、乳白色のまろい頬に、ふわふわとこぼれかかっていた。
レースがふんだんにあしらわれた白いブラウスと、上質な黒のズボンを身につけたその姿は、幼い容貌とあいまって、繊細な作りの人形のようだ。けれど今、戸口を向いたその表情は、明らかな衝撃に染まっていた。
はい、と、白い扉の前で、一人の女が頭を下げた。
「一月後に、お輿入れされます」
「姉姫様はどこにもお嫁に行かないんじゃなかったの!」
少年の姉姫、緑野の国の第三王女リールティアラは、今年二十三歳。王女としてでなくとも、行き遅れの部類である。
けれど少年は物心ついたときから、病床に伏せりがちだった父王にかわり、緑野と海辺、砂塵の三国を飛びまわる姉姫の姿を見てきた。少年はもう覚えていないが、当時はその三国間で起こった戦と、緑野の国を襲った天災の影響でたいへんな状態だったらしく、姉姫はしばしば、たんなるお飾りでいいはずだったのに、と叫びながら、山のような書類を前に頭を抱えていた。難しい顔の大臣たちと別れたあと、今までのつけが回ったんだわ……、とうなだれていた姿も、足しげく女神神殿に通っては、自分がすっきりしたらすっかり放任主義なんだからあの女神様は! とかなんとか、怒っていた姿も知っている。
それが最近になってようやく、もろもろの事象が落ちついてきて、父王も完全に復帰して、やっと姉姫が落ちつけるかと、少年が思っていた矢先にこれだ。
少年は――今年で御歳十三になる、この緑野の国の王太子は、歳よりいくぶん幼いしぐさで、白い頬をふくらませた。
「父様はひどい方だ。今まであんなにがんばってきた姉姫様を、ご自分が元気になって不要になったら、ぽいっと政略でよそにやってしまうんだ」
「あら、それは違いますよ。……いえ、政略もたしかにありますが、それだけではありません。こたびのお輿入れには、第三王女殿下もなんだかんだおっしゃって、お喜びなのですよ」
嘘でしょう、と顔中で語る王太子に、女――姉姫の筆頭侍従である、ベネトははんなりと微笑んだ。
*
青紫の瀟洒なドレスを、すっきりと着こなした花嫁の眼前で、大きな扉がゆっくりと押し開かれていき、奥行きの長い空間が現れた。
その空間の左右の壁には、花嫁の記憶にあるとおり、生い茂った蔦の模様が、透かし彫りで描かれている。壁の前には、どれも花嫁と面識のある、この国の重鎮がずらりとならんでいて、左右皆例外なく花嫁を見守っていた。
静まりかえったその中へ、花嫁は足を踏み入れる。優雅に、それでいていっさい迷いのない足運びで、広間の奥へと進んでいった。
広間の突きあたりは三段の階段になっていて、その上に木製の玉座がある。そこに腰かけていた人影が、今ゆっくりと立ちあがった。
しゃらりと衣ずれの音を鳴らし、ひざまずいた花嫁が、ゆっくりと顔をあげた。
階段の上から花嫁を見おろす、群青をまとった国王の、紫水晶の双眸が、ふっとゆるんだ。
「――ようこそ。緑野の国の、リールティアラ」
青紫のヴェールの内で、花嫁の笑顔が花開いた。




