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37  結末



 気がつけば砂嵐は止んでいて、ティアは砂地の上に横向きで倒れていて、それから視界の端には、目の覚めるような群青色が見えていた。


(王、様……?)


 だけどさっき「ティア」と呼んだ声はたしか、と、そこまでティアが考えたとき、


『おまえ』


 口にしたティアだけにわかる程度の、震えた声で、女神がいった。


(ああ、そうか。女神様の名前は、ゲンティアナ、だから。女神様も愛称は、ティア、なのか)


『ど、して』


 ティアの口を通してつむがれる、女神の言葉が震えているのは、ティアの体がもう限界だからか、それとも、女神の心を映しているのか。


 目の前の砂地に、群青色が膝をついた。


『国内に、おまえの気配を感じたから』


 そういってティアを見おろしたのは、たしかにこの、砂塵の国の王だった。幻ではないことを示すように、そのうしろにはシャウラと、砂塵の兵士が数人、黒い獣の手綱を引いて立っている。けれど今、王の紫水晶の瞳は、いつものように硬質ではなかった。どこか半分夢を見ているような、茫洋としたこの色合いを、ティアは一度見て知っていた。


(砂塵の神様)


 ティアより早くその結論に行きついていたのだろう女神が、ふ、と、吐息のような笑いをこぼした。


『そして、殺しにきたの……? おまえを信じなかったわたしを、唯一無二だといいながら、おまえの言葉を聞かなかったわたしを、今度こそ』

『今度こそ』


 女神の声を、砂塵の神が引き取った。


『治しにきた』


 その言葉とともに、砂塵の神の依り憑いた王が、その懐からなにかを取り出す。青紫の布に包まれたそれが開かれた中には、真っ赤に輝く、こぶし大のルベルの実がひとつ、入っていた。

 それをまず、砂塵の神が一口かじった。ふっと、かすかに甘い、みずみずしい香りが広がる。しゃくしゃくと咀嚼し終えた砂塵の神はこくりとひとつうなずいて、ティアに依り憑く女神の口もとにさしだした。


『あのときも、こうすればよかった』


 風もない、静寂の中で。

 女神がゆっくりと、口を開いた。


 さしだされたルベルの実に、口をつける。前に食べたときと同じ、甘酸っぱい果汁が口内に広がって、次に、前にはなかった、あたたかな水のようなものが体中を満たしていく感覚を、ティアは感じた。

 じわじわと視界が晴れていく。半分ほど死につれさられかけていた、命が戻ってくるような感覚に、ぱちり、と目をまたたかせたのは、ティアだったか女神だったのか。そんなこちらを見て、砂塵の神は、本来の体の主である王なら絶対しないだろう、やわらかい笑みを浮かべた。


 ふ、と女神がため息をついて、口を開いた。


『――第三王女リールティアラ、おまえの勝ちだ。約束どおり神託を下そう、悲劇の贄はもういらぬと。アーシュミーヤがああなった以上、捜索軍ももう不要……緑野の国へ戻させる』


 それきり、女神は眠りに落ちたのか、ティアの意識の奥深く沈んだのが感じられた。

 そして、そのとたん。


「やった……って、ああああああ痛い痛い痛い痛い!」


 全身を貫く激痛に、ティアは暴れまわることになった。

 生理的な涙でゆがんだ視界の先で、立ちあがった王が――こちらも王に戻っていた――肩をすくめる。


「……まあ、剣が貫通していればな」

「いわないでよけいに痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い!」

「わが神渾身のルベルによって生命力は補完されても、さすがに剣が貫通したままの傷は塞げない。ああまちがっても今ここで抜こうとするなよ、死ぬぞ」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」


 絶叫しつづけるティアにため息をついた王が、ひょいとティアを抱きあげた。


「痛い痛い痛い痛いって、王様っ?」

「耳もとで叫ぶな暴れるな。王宮で治療させる。あなたにはその女神をつれて、無事に緑野へ戻ってもらわねば困る。いいたいことは山ほどあるが――なにはともあれ女神の神託が下らぬかぎり、なにも変わらない」


 淡々とした口調とは裏腹に、傷に響かないよう、ひどく丁寧に運ばれながら、ティアはぼんやりと自分の右手を見つめた。


 アーシュミーヤの体を、刺し貫いた右手だ。今も、剣で肉を突いた衝撃が、生々しく残っている。


(小姉様)


 順番が違えば、ああなっていたのは、ティアのほうかもしれなかった。


 ティアは目を伏せる。ゆらゆらと、静かな揺れに身をまかせて、意識を沈めた。





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