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33  殺意か慕情か



 ソカル、と呼ばれた王が答えた。


「緑野の国の王女です」

「緑野」


 ぽつり、リモニ神がくりかえす。ティアはとっさに身がまえた。


 けれど、リモニ神はただ、さっきとは逆の方向へ首を倒しただけだった。


「ゲンティアナの民が、なぜ、ここに」


 ぼんやりとしたその口調からは、リモニ神が女神ゲンティアナに抱く感情は窺えなかった。覚悟を決めて、ティアは口を開いた。


「緑野の国の第三王女、リールティアラと申します。突然まかりこしました無礼をお許しください。砂塵の国の神様に、お伺いしたいことがあってまいりました」


 ぎゅっと腹に力を入れて、ティアは続けた。


「わたしたちの女神ゲンティアナは、神界大戦の末期、あなたから贈られた毒の果実ルベルを食べたことで生死の境をさまよいました。それで、あなたが自分を殺そうとしたと、あなたに裏切られたと思っています。でも、あなたは本当に、うちの女神様を毒殺するつもりだったのですか?」


 ふい、とリモニ神は、ティアから視線をはずした。そのまま、また手近な花をつまみとり、愛してる、愛してない、とやりはじめる。


 場合によっては攻撃されることも覚悟していたティアは、しばし呆然とその様子を見守った。


「えと、あの、砂塵の神様」


 ()ねたような口ぶりで、リモニ神がいった。


「それについては、もう、私からなにをいうつもりもない。だってゲンティアナは信じてくれない。信じてくれなかった」

「……って、ことは」

「ルベルは毒ではない」


 むっすりと口をつぐんだリモニ神にかわり、そう口を開いたのは王だった。


「たしかに、毒の神である我らがリモニ神の象徴とされる植物だが、ルベルは無毒だ。むしろ食すれば体の治癒力を高める、薬として使われる」

「……それは、毒草も薬草も変わらない砂塵の神様限定でそう作用するとか、そんな砂塵の神様のご加護がある砂塵の民限定でそう作用するとか、そういう話ではなくて。緑野の民が食べても無毒で、薬なの?」


 ティアが尋ねると、王は眉をひそめた。


「当然だ。そちらの荒女神と違い、われらの神に、民にそのような加護を与える力は残っていない」


 愛してる、愛してない、とぷちりぷちりやっているリモニ神を横目につむがれたその言葉には、とても説得力があった。


(でも、ベネトは毒だっていったわ。……あれ、だけど、ベネトはどうしてルベルが毒だって知ってたのかしら)


「そもそも、あなたのように我が国へ嫁いできて育てでもしないかぎり、緑野の民がルベルを食する機会などないだろう。ルベルはこのリモニ神が生み出した植物、この国にしか自生していない。……まさか緑野の女神に贈っていたとは知らなかったが。こちらの文献にそのような記述は残っていないしな」

「じゃあベネトがルベルを毒だといったのは、実際緑野の民のだれかが食べた話を見たり聞いたりしたからじゃなくて、神官家系の者としての知識から――ゲンティアナ様がルベルを贈られてその毒に苦しんだという話を知っていたから、だったのかしら」


 だとしたらそれはつまり、ゲンティアナ以外のだれひとりとして、ルベルを毒だと確認した者はいないということではないか。


「――二百年前、私はゲンティアナのために、ルベルを創った」


 今度はまた愛してない、という結果が出たようで、やはりそうなのか、と沈んでいたリモニ神が、ぽつり、つぶやいた。


「ゲンティアナがカルミアの刃に切り裂かれて、その傷がなかなか治らなくて、苦しんでいると聞いたから。傷の治りが早くなるようにと、まじないをこめて、ルベルを創った。それを届けにいったら、ゲンティアナは喜んで、昔みたいに笑ってくれた。だけど」


 くしゃり。花びらをすべてむしられた花が、リモニの手の中でつぶされた。


「それからしばらく経った日に、ゲンティアナは私の領域に来て、起きられるようになったのかと聞いた私に、裏切り者と叫んで、そして」


 その先を、リモニ神はいわなかった。ただ黙って、胸のあたりに手を当てる。白い衣に隠されて見えないが、そこに、ゲンティアナによって貫かれた傷があるに違いなかった。


「……毒じゃなかったのなら……たまたまそのルベルが腐っていたとか、そういう可能性は」


 ごく最近腐ったものを食べて死ぬ思いをしたティアは本気でそういったのだったが、王からもリモニ神からも白々とした視線を向けられて縮こまった。


「……ないですよね、ごめんなさい」


 リモニ神が小さく息を吐く。そのしぐさはひどく、王のそれと似ていた。


「たぶんゲンティアナは、おまえが国に帰って、ルベルは毒じゃないという話をしたって信じない。百歩譲ってルベルが毒じゃないのを信じたとしても、じゃあ私が、無毒のルベルに毒を盛ったんだっていうと思うよ。私は毒の神だし、ああうん、正確には毒と薬の神なんだけど、ルベルをゲンティアナに渡したのも私だもの」


 そしてまた、愛してる、愛してない、とやりだしたリモニ神の手を、ティアはつかんだ。


「でも、あなたはうちの女神様に、毒を盛ってないんでしょう?」


 状況的にいくら、リモニ神が毒を盛ったようにしか思えないとしても。


 リモニ神が、驚いたようにぱちりとまたたく。それではっと我に返って、ティアはあわてて目の前の神から手を離した。


「って、その、ごめんなさい」


 話を聞いているうちに、つい身近な気持ちになって触れてしまったが、いくらなんでも神に対して不敬だったと頭を下げる。そういえばこの方はうちの女神様と違って姿を見せているんだな、と頭の隅で思って、それから、ゆっくりと口を開いた。


「――わたしは、信じます。あなたは、うちの女神様に毒なんか盛っていないって」


 下げたままのティアの頭に、ひどく平坦な声が降ってきた。


「どうして」

「だって、この花占い」


 ティアは顔をあげて、まわりの、花の残骸の山を示した。


「うちの女神様がまだ本当はあなたを愛しているか、それとももう本当に愛していないのか、それを占っているんでしょう?」


 リモニ神が黙りこむ。なんとなく泣きたいような気持ちで、ティアは笑った。


「毒殺しようとしたひとが、こんなにしょげかえって、こーんなにたくさん、占うはず、ないもの。演技にしてはやりすぎだわ」


 それから、ティアは再び、深く頭を下げた。


「答えてくださってありがとうございました。うちの女神様に伝えます。砂塵の神様は、女神様に毒なんか盛っていないって」

「伝えなくていい」


 花占いを再開したリモニ神の声は、冷えきっていた。






 伝えたらきっとまた、ゲンティアナはそんなはずがないといって、私をひどく罵るに決まってる。信じられるはずがない。それくらいなら、もう伝えなくていい。


「――と、リモニ神はおっしゃっていたわけだが」

「伝えますよ」


 きっぱりと答えたティアを見て、王は小さく息を吐いた。


 ティアと王は今、石室の前にいた。さんさんとそそぐ日の光に金の装飾を輝かせる王が、近くにいた侍女を呼び寄せ、なにごとか告げた。侍女が一礼して、早足に立ち去る。


 しばらくその背を見送ってから、王はティアに向きなおった。


「私もリモニ神と同感だ。先ほどのリモニ神の言葉をあなたがそちらの女神に伝えたところで、そちらの女神が納得するとも、緑野が軍を退くとも思わない。だが」


 軽い足音が近づく。両腕に籠を抱えて現れたのは、シャウラだった。


「持っていけ」


 シャウラが一礼して、その籠を王に渡す。それを王が、ティアにさしだした。


 緑色の蔓で編まれたその籠には、赤々と輝く果実がぎっしりとつまっていた。


 目を丸くしてそれを見て、ティアは、王を見あげた。


「……これ」

「あなたが離宮で育てていた、ルベルだ」


 まじまじと見つめるティアから、王は視線をそらした。


「……ルベルはたくましい。世話をする者がいなくなっても枯れなかった。それはケルティが昨日、神の紋章が無為に実を落とすのは気の毒だといって、収穫してきたものだ」

「ケルティ様、が」


 ティアはこの王の弟の姿を思い出す。ケルティには短剣を向けられ殺されかけたティアだが、最後に見た泣き顔が焼きついていて、嫌悪だとか恐怖だとかを、彼に対して抱くことはできていなかった。


 きらきら輝くルベルがつまった籠を、ティアはそっと抱きしめる。それから、王に向かって微笑んだ。



「ありがとう。いただいていきます」





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