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31  再会



 王女アーシュミーヤを見つけ出すべく、人里と見れば焼きはらいながら侵攻する緑野の軍と、そんな緑野から町村を守ろうとする砂塵の軍との戦いは、捨て身となった緑野軍の猛攻を受けきれず、砂塵の防衛線がじわじわと後退をはじめたことで、砂塵の全土に広がりつつあった。



 ティアが黒ずくめと出会ってから五日目。戦の気配をとにかく避けて進んだため、かつてのティアの花嫁行列よりも多くの時間をかけて、黒い獣のひく荷車は、砂塵の王都に到着した。


 ――いや、正確には、王都の前の関門に到着した。砂塵の国の王都は、石造りの城壁で囲われている。砂色の城壁に小さく開いたその門の前では、降りそそぐ日の光の下、兵士たちが、通行する者をあらためていた。


 関門は城壁の東西南北にあるという話で、一行の進んできた方角からして一番近いのは西門だったが、黒ずくめは指示を出して、あえて南門まで回りこませた。いわく、南門を守る兵士でないと話が通じない、らしい。


 だんだん王都に近づいて、人の多い町の近くを通るようになってから、ティアとツィーは、中身の食糧を食べてしまって、空になった布袋をほどいて、頭の上にかぶっていた。どこぞの黒ずくめのような、日よけといった理由ではなく、よそ者に過敏になっている砂塵の民を刺激しないためだ。ティアの茶髪とツィーの金髪は、砂塵の民の、黒髪の中ではひどくめだつ。


 けれどさすがに、ここでは取らないわけにはいかないだろうな、とティアが思ったとき、関門のわきに立っている兵士が、手でこちらに合図を送った。


「次の者」


 この黒ずくめの一団の、二番手らしい壮年の男が、黒い獣の手綱を持ったまま進み出た。


 黒い獣とつながれた荷車の上には黒ずくめとツィーとティア、荷車の左右に、あと二人仲間の男がいる。

 そんな一行を、とくに、頭から布をかぶったティアとツィーをうさんくさそうに一瞥して、関門の兵士が二番手に尋ねた。


「出身はどこで、職業はなんだ。王都へはなんの用で来た」


 二番手が答えるより早く、黒ずくめがするりと荷車からおりた。彼はそうして兵士に近づくと、荷車のティアたちにぎりぎり聞こえる程度、少し離れてうしろにならんでいるほかの通行人には聞こえないだろう声量でささやいた。



「『最終章の落丁を王に告げよ』」



 まずは黒ずくめの美貌に息をのんでいた兵士が、その言葉を受けて、びくりと反応したのがわかった。


「――了解した、通ってよし。ただしひとまずは人だけだ。エルナトと荷車は置いていけ」


 二番手の男がうなずいて、黒い獣の手綱を、近寄ってきたべつの兵士に渡した。ざわざわと、関門の向こうからも、兵士たちが出てきて集まってくる。展開についていけずに固まっていたティアとツィーは、二番手の男にうながされて、荷車からおりた。



 ほどなく、槍と胸当てで武装した八人の兵士に囲まれて、ティアとツィーと黒ずくめの一団は、王都へ足を踏み入れた。






 まるで護送される罪人のように、大通りを行きすぎて、一行は王宮の前までやってきた。


 砂色の正門の奥で、白い王城は今も変わらず、青空の下にそびえていた。なぜか懐かしいような気持ちになって、ティアは、いまだかぶったままの布の下で、ぎゅっと唇を噛んだ。



 今回、ティアが輿入れのときに通ったその正門をくぐることはなく、一行は、王宮の敷地を四角く囲む砂色の石垣ぞいに迂回して、まばらに生えた背高な木々が目隠ししている裏門のようなところから、王宮の敷地内に通された。



 王城の背面が見える、ちょうど王城の陰になったここに、人気はなかった。ただ、まばらな枝をさわさわと揺らす、ひょろりとした木々にまぎれて、やはり砂色の石造りの、四阿(あずまや)らしきものが、ぽつんとたたずんでいた。


 その四阿から、今、声がかけられた。



「よくぞ参られた。悲劇の罪人――と、お呼びするのは、失礼かな」



 はっとして、ティアは四阿に目をこらす。四阿の中には、三つの人影があった。


 二人は、兵士だ。微動だにせず立つその様子は、今ティアたちを囲んでいる兵士たちよりも重々しく、熟練の空気が見てとれた。そして、その二人の兵士の間に立っている、一番小さな人影は、輿入れのときにティアを迎えた老人――たしかサビクと呼ばれていた、この国の王の、腹心だった。


 息をのんだティアの手前で、黒ずくめが口を開いた。


「呼び方なんてどうでもいいよ。交渉相手は、あなたでいいの?」


 黒ずくめがあらたまった呼び方をするのを、ティアははじめて聞いた。


 さよう、と老人が首肯した。


「悲劇の罪人の、我が国への亡命受け入れを担っている、サビクと申す。そちらの用向きは、亡命の申し入れということでまちがいありませんかな」


 黒ずくめは、ティアをちらりと見てから答えた。


「――俺たちはね。そこの女は別件だよ。つれてきたけどつれじゃない」


 サビクが片眉をあげる。ティアが黒ずくめを見つめると、彼は気だるそうに肩をすくめた。


「先におまえの用をやんなよ。いっしょくたにされたら面倒だ」


 ティアはうなずいて、かぶっていた布を取りはらった。


 この国の民とは違う、太陽にきらめく淡い茶髪と、日に透ける肌があらわになる。サビクがすっと目をすがめ、まわりを囲んでいた兵士たちが、いっせいにこちらへ槍を突きつけた。


 だからつれじゃないっていったのに、と、黒ずくめがぼやく声が聞こえたが、彼は動こうとはしなかった。


 ティアはサビクに向かいあい、にこりと、笑みを浮かべてみせた。


「お久しぶり。緑野の国の第三王女、リールティアラよ」


 サビクが四阿を出て、歩みよってきた。


「……なにゆえ、お戻りになられた。陛下があなたを生かして戻したその情けを、無になさるおつもりか」

「砂塵の神様にたしかめたいことがあるの。わたしの推測が当たっていれば、うちの女神様は悲劇のヒロインに固執しなくなるわ。そうなれば緑野も、砂塵から軍を退くことができる」


 サビクのまなざしがいっそう厳しくなった。


「我らの神を、そちらの女神の贄とでもするおつもりか」

「違うわ! 聞きたいことがある、それだけよ」

「戦況は、女神に脅され退路を断たれた緑野がたが押しています。その緑野の王女であるあなたが、我らの神に、どのような取引を持ちかけなさるか」

「だから!」


 ティアが叫んだそのとき、兵士たちがざっと敬礼した。

 その向こうに見えた姿に、ティアは目を見開いた。



 ――黄色い砂を含んだ風に、群青のマントがひるがえる。



 金銀の装飾で日の光をはじきながら、この国の王が、こちらへ歩みよってきていた。






 サビクがさっと、わきへよけて頭を垂れた。


 ティアの正面まで来て立ちどまった王の目は、あいかわらず紫水晶のように、硬質な光を湛えていた。


 王はティアを見すえたまま、ひどく静かに、口を開いた。


「茶髪を布で隠した娘が、亡命希望の一団にまぎれ王都の関門を通過したと、シャウラを通じ連絡が来た。その娘は、ひどく汚してはいたものの、緑野の禁色である青紫の衣を身につけていたと。――まさかとは思ったが」


 ティアは笑った。


「まだわたしの顔をお忘れではありませんでしたか」

「……なぜそのような姿でここにいる。出戻りの罰として、折檻でもされたのか」


 いいえ、とティアは首を振った。


「わたしが勝手に怪我をしたんです。生贄として神殿に幽閉されたけど、抜け出してきたから、そのときに」


 そこでいったん言葉を切って、ティアはまっすぐ、王の目を見つめ返した。


「あらためて申しあげます。砂塵の神様に、お伺いしたいことがあってまいりました。戦況は、緑野が押しているんですよね? 砂塵の神様のお答えによっては、緑野の軍は退却します」


 王が眉をひそめた。


「押されているのは事実だが、緑野も、追いつめられたがゆえの勢いだ。今度アーシュミーヤ王女を見つけてこられなければ、王族と神官を皆殺しにすると、神託が下ったらしいからな。緑野国内では、変わらず旱魃が続いていると聞く。この勢いで進軍を続ければ、遠からず自壊するだろう。こちらに不利な交渉を持ちかけられる段階ではない」


 ティアはじっと、近づくと頭ひとつ分高い、王の顔を見あげた。


「緑野の国が自滅するまで、砂塵は持ちこたえられるのですか?」


 わきで、サビクが目をむいた。


「なにを」


 王が片手で、サビクを制する。ティアは言葉を続けた。


「ここに来る途中、いくつも町や村が焼かれていたわ。いえ、緑野の軍が焼いていた。うちの女神様は砂塵の神様にこだわってる。きっかけだった海辺の国は無視して、砂塵の国を叩きのめすほうに、考えが変わっているの」


 サビクが目を見開く。王は表情を変えなかった。


 ティアはじっと王を見つめた。


「砂塵の神様に会わせてください。不利な交渉を持ちかけるつもりなんてありません。うちの女神様は、砂塵の神様に裏切られたと思ってる。だけど本当にそうなのか、砂塵の神様の話を聞きたいんです」

「裏切られた?」


 王が眉をつりあげた。


「なにをばかな。神界大戦の折、昔なじみだった我らが神の胸を貫いたのは、そちらの女神のほうだろう。同盟相手だったカルミア女神と袂を分かち、乱心した挙げ句の凶行だ」


 ティアは目をまたたいた。


「……砂塵の国では、そう伝わっているんですか?」


 王がうなずき、サビクもまた、重々しいしぐさでうなずいた。ティアは思わず額に手を当ててから、口を開いた。


「うちの女神様は。カルミア女神に深手を負わされていたとき、失いたくない相手だと思っていた砂塵の神様に毒を盛られて、七日七晩生死の境をさまよったっていってます。それで、裏切られたと思って、砂塵の神様の胸を貫いたって」


 しばらく、沈黙が流れた。


 やがて、王が短く息を吐いて背を向けた。


「ついてこい。サビク、おまえは残りのやからを見きわめろ」


 はっと、ティアはその背中を見る。


「会わせてくださるのですか?」

「陛下!」


 サビクの声に、王は冷徹に答えた。



「――案ずるな、少しでも害をなすようであれば切り捨てる」





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