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23  降雷



 神界大戦。それは今から二百年前、この大陸の支配をめぐってあまたの神々が争った、その後の大陸の勢力関係を決定した大戦である。


 かの大戦が神々に残した傷は深い。大陸上のすべての国は神を核として建っているため、一国につき必ず一柱の神がいるが、現存する国のいずれの神も、大戦の果てに多くの力を失っていた。大戦の覇者となった女神ゲンティアナとて例外ではない。



 王宮図書館に通いはじめて九日。今日もティアは、朝から図書館の、ゲンティアナの書庫にこもっていた。


 暗く円い部屋の中で、火屋をかぶせられた灯火だけが、ぼうやりとした朱色に揺れる。ティアはぱらりと、かさついた指で頁をめくった。


 今読んでいる本が、ちょうど三十冊めになる。こんなに集中して読みすすめられるとは思わなかった。ここには監視役の侍女たちも入ってこられないから、呼吸がしやすくて、居心地がよかった。


 なにぶんはるか昔に書かれた本なので、かすれたり、消えかけている文字も多くある。目がすべりそうになる文章を慎重に指でたどりながら、ティアは、膝の上に広げた本を、一字一句読みこんでいった。


(しっかし、まあ)


 ちょうどきりのいいところまで来たので、本は開いたまま、一息ついて眉間をほぐす。


(過去の王女の悲劇を原文で読めるようにって古代文字を学ばせられたのが、こんなところで役に立つとは思わなかったわ)


 そのとき、ふ、と部屋の空気の流れが変わった。かすかな花の香りが、鼻をかすめる。扉が開かれたのだと気づいて、ティアはそちらへ顔を向けた。


「進んでいますか」


 戸口のところに、手燭をさげた司書が立っていた。手燭の朱色の明かりがぼんやりと、彼の妖艶な顔を下から照らしている。


 そうしているとこの図書館の幽霊のようだと思いながら、ティアは口を開いた。


「神界大戦が終わって最初の神託の中には、悲劇のヒロインを供えよなんて条項はなかったのね」


 これまで読んだ内容を確認するようにそう問えば、ええ、と司書がうなずいた。

 ティアは、膝の上の本に視線を落とす。


「大戦が終わって、王が選定されて国内が落ちついて、しばらくしてから、悲劇のヒロインを供えよという神託が下った」

「そうですね」


 ティアの考えていることが、もうわかっているらしい。切れ長の目をどこか楽しげにゆらめかせて相づちを打った司書を、視界の上端で窺いながら、ティアは続けた。


「それまではこの国の王女もふつうに、国内の名家に嫁いでいたわけでしょう。当時の周辺国はまだ、政略でうちから王女を受け入れられるほど落ちついていなかったから。……そして、全部が全部じゃなかったとしても、嫁いだあと、幸せに暮らした王女もいるわけでしょう」


 ぱたり。膝の上の本を閉じて、ティアは司書を見あげた。


「――要は嫉妬だと思うのよ」


 司書が口角をあげて、たしかめるように首をかしげた。


「女神ゲンティアナが悲劇のヒロインを供物に求める理由ですか?」

「そう」


 昔から、不思議には思っていたのだ。


 若い娘や子どもを生贄に求めるというだけなら、他国の神にも似たような例はある。けれど、女神ゲンティアナが、悲劇的な死を遂げた王女の魂などという、やけに限定的なものを求めるのはどうしてなのかと。

 そして先日、直接女神の言葉を聞いたことで、ティアの中にひとつの仮説が浮かんだ。


「女神様は、悲劇を眺めている間だけ、慰められるっていってたわ。自分だけじゃないと思えるんだ、って。それってつまり、女神様も悲劇を体験したということでしょう。なのに、そんな自分の目の前で自分のところの王女たちが幸せそうに暮らしているものだから、悔しくて、悲劇のヒロインを捧げよって言いだしたんじゃないかしら。王族はほかの民より女神様に近いそうだから、それだけ、王女たちの幸せな暮らしぶりがくっきりはっきり見えてしまったのかもしれないわ」


 その考えをたしかめるために、ティアは連日、王宮図書館にこもって本を読みあさったのだ。


「それでね、女神様は悲劇のヒロインの中でもとくに、男女間の悲劇に見舞われるヒロインが最上だといって求めてるでしょ。それって、女神様が体験した悲劇もそういう、男女の恋愛に絡むものだったからじゃないかしら」


 ふふ、と、司書は空気を含むように笑った。


「ずいぶん俗っぽい推測ですね」

「いけない?」

「いいえ、おもしろいと思いますよ。ですが、いずれもあくまで推測――想像に過ぎませんね。その想像を裏づける記述は見つけられたのですか?」

「……それなのよね」


 膝の上の本を眺め、ティアはため息をついた。


「どこにも、女神様に関しての悲劇的な記述がないのよ。どの本も、書いているのは女神様の華々しい活躍ばっかりで、悲劇的なのはむしろ、容赦なくばったばったとなぎ倒されていく敵神たちのほうだわ。ちょっと暗いところといえばここくらいなものだけれど――」


 該当する頁をさっと開いて、ティアは読みあげた。


「『かるみあのこうげきで、ふかでをおったげんてぃあなは、きたないさくぼうをめぐらしたどくのかみによって、なのかななばん、せいしのさかいをさまよった』。……でもそれもすぐ、『しかしげんてぃあなのとうときちからは、けがれたどくにみごとうちかち、ひかりかがやくみぎうでで、どくのかみをつらぬいた』でさっくり返り討ちにしてしまってて、悲劇の残る余韻もないし。……あら、そういえば」


 ぱらぱらと、ティアは頁をめくった。


「どうしてこの、『きたないさくぼうをめぐらしたたどくのかみ』だけ、名前が書かれてないのかしら。ほかは敵神といってもみんな、『かるみあ』みたいにちゃんと書かれているのに」


 司書の静かな声が降った。


「記述されていることがすべてではありませんよ」


 見あげたティアに、彼はゆるりと微笑む。切れ長の瞳が手燭の明かりを映して、ゆらゆらと、不思議な色合いに揺れていた。


「たとえば今の王女殿下の行動とて、『第三王女は王宮図書館で調べ物をした』の一行で済まされます。そのときなにを考えていたか、どんな思いでいたかまで、事細かに書かれることはありますまい」

「それは」


 そのとき、外がにわかに騒がしくなった。


 口にしようとしていた言葉をのみこみ、ティアは、騒ぎの聞こえてくるほうへ目を向けた。


「……なに?」


 さて、とつぶやいた司書が、正面扉のほうへと向かう。ティアも、手燭を持ってそれに続いた。



 細長い廊下を進んでいくと、どんどんどん、と、石の扉を叩く音が聞こえてきた。なにやら叫ぶような声も聞こえる。


「第三王女殿下!」


 司書が扉を開いたとたん、焦げくさい風と、侍女の声とが飛びこんできた。



「王宮に、雷が!」



 司書が静かに振り返る。今日の日にちを思いうかべて、ティアは彼を見返した。


「女神様はいってたわ。月が終わるまでに、アーシュミーヤ姉様をつれもどしなさい。……できなかったときは、覚悟しておきなさいって」


 今日は、一日。アーシュミーヤをつれもどせないままに、月は変わっていた。




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