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18  隔絶



 透かし彫りの蔦が絡みつく、謁見の間の扉の前で、ティアを囲む一団は止まった。


 中では議論が紛糾しているらしく、分厚く大きな扉ごしにも、声が漏れ聞こえてきていた。


「こちらにはヒゲキノの王女がおります。ちょうどよい人質になりましょう」

「なにを甘いことを、ヒゲキノのこれまでの仕打ちを考えれば、人質など生ぬるい。宣戦布告がわりに、首を送りつけてやればよい!」


 ぎくりと、肩が震えた。そんなティアを逃がすまいとするかのように、左右の兵士が、ぴたりと距離をつめてきた。


 シャウラが、扉に向かって凛と声をかけた。


「陛下。おつれいたしました」


 とたん、扉の向こうの喧噪がやんだ。


 王の声が、静かに答えた。


「入れ」


 内側から、扉がゆっくりと開かれた。




 シャウラの先導で、ティアは奥へと進む。左右にならんだ、重臣なのだろう者たちからそそがれる視線がじりじりと突きささったが、もうあまり気にならなかった。待ちうける王がどんな表情を浮かべているのか、それだけが気にかかった。


 玉座へ続く階段の数歩手前で、ティアは足を止めてひざまずいた。

 まるで、ここに嫁いできた日のようだ。

 けれどあの日とは違って、頭上から、王の声が降ってきた。


「――あなたは国に帰れ」


 はっと、ティアは顔をあげた。

 あの日と同じく群青をまとった王は玉座の前に立ち、深い湖面のようなまなざしで、ティアを見ていた。


「わが砂塵の国は海辺の国と同盟し、緑野の国に敵対する。……だが、あなたを人質にはしない。殺して首だけ届けもしない。そんなことをしたところで、安い悲劇が大好きな、あなたの国を喜ばせるだけだろう。私はもうなにひとつ、ヒゲキノにくれてやるつもりはない」


 王が言葉を切り、広間はしんと静まりかえる。異論は、どこからも出なかった。


 呆然と見あげつづけるティアに、王が薄く笑ったような、気がした。


「――餞別に教えてさしあげよう、ヒゲキノの第三王女。あなたが私の国で演じるはずだった、悲劇の台本の内容を」


 ティアのすぐ背後にぴたりとついてきていたベネトが、小さく身じろいだ気配を感じた。が、やはり彼女も、なにもいわなかった。


「嫁いですぐに、冷酷な王によって離宮へ追いやられ、わびしさから徐々に体を損ない、それから七年ののちに、心ない仕打ちを悔いて改心した王の手も届かず病死するはずだった」


 くすり、今度こそはっきりと、王は笑みを含ませた。


「冷酷な王、とは。そちらの台本執筆陣には、ヒゲキノの王女に対する私の態度がお見通しであったらしい。非常に演じやすい設定にしてくださったものだ」


 七年後、と、ティアは口の中でくりかえした。


「……でも。そんなに都合よく、病気になったはずがないわ」


 王はゆるりと首を傾けた。


「ゆるゆると効く毒があるのを知っているか? 偶然にも我が国は、大陸中でもっとも、自生している毒草の種類に富む」


 背すじをすうっと、冷たい手で撫でられたような気がした。急激に胸のあたりがしくしくと痛みだした気さえして、ティアは黙りこんだ。

 そんなティアを見おろして、王がふ、と息を吐いた。


「――安心しろ。あなたにはまだ盛っていない」


 それを聞いて肩から力を抜いたティアだったが、続く王の言葉は、さらなる衝撃をはらんでいた。


「今回ヒゲキノから渡された台本では、あなたの『悲劇的な病死』の果てに、私の民が悲劇の罪人となり死ぬはずだった。そこのシャウラと、サビクの二人が」


 シャウラ、は言わずもがな。サビク、と王が視線で示したのは、輿入れの日にティアをこの広間まで案内した老人だった。


「シャウラはあなたにつらく当たったことを『悔いて自殺』し、サビクは、あなたが病に倒れたことを私に隠していた罪で私に処刑される。――そういう筋書きだった」


 愕然と、ティアはシャウラを振り返る。ティアの視線を受けて静かに目礼したシャウラは、最初から知っていたのだろう。顔色ひとつ変えていなかった。


「ヒゲキノによる悲劇の罪人の選定に、政治的な意図が多く含まれることは、周知の事実だ。今回選ばれた二人は父上の代からの私の腹心、それを台本どおりに死なせることができるか、ヒゲキノは、悲劇の罪人を匿っていると噂の私を、試そうとしたのだろうな。だが悪手だった」


 淡々と語っていた王の、紫水晶の目に、ぎらりとした光が宿った。


「ヒゲキノは増長しすぎた。――私は、正面から反抗することを選ぶ」


 息をのむ、紫色の、苛烈な眼光。まばたきも忘れて、ティアはただ王を見つめた。


「だからあなたは国に帰れ。置いておいても、役に立たない」


 それは、隔絶の宣言だった。


 王の目配せを受けて、シャウラが動いた。退室させられるのだと気づいたティアは、とっさに、王に向けて声を放っていた。



「もしもわたしが!」



 なにをいうかなんて、考えていなかった。ただこのまま、もう完全にこの王の意識の外の存在になってしまうのが嫌で、ティアは言葉をしぼり出した。


「もっと賢くて狡猾で、もっと真っ向から、悲劇の台本に反抗しようとしている王女だったら。あなたはまだ、わたしをここに置いてくれていた?」


 一瞬、王は目を見開いた。それからくすりと、哀れむように笑った。


「少なくとも、あなたがそんな王女でなくて、こちらとしては助かった」


 ティアは唇を噛んだ。


「……だったらきっと、あなたはわたしを忘れてしまうわね」


 再び王の言葉が響いた。


「国に帰れ、緑野の国の第三王女。……それであなたの望みどおり、台本どおりの死は回避される」


 ティアは思わず苦笑した。


「ずるい言い方。わたしの望みはかなっただろうとおっしゃりたいのね。回避されたのはこの台本どおりの死だけ。帰ったらまた新しい台本を持たされて、よそへ嫁がされるだけよ。どのみち逃れられないのなら――もう、この国で死ぬ覚悟は決めていたのに」


 王は答えなかった。答えないまま、再度シャウラに目配せする。シャウラがティアの手をとって、謁見の間から引きだした。






 ティアを乗せた馬車が砂塵の国を出発したのは、その翌朝のことだった。








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