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12  見えたもの



 ティアがシャウラにつきそわれて、ベネトの寝かされている部屋に戻ると、ベネトはもう、寝台の上に上体を起こしていた。髪は解かれたままだったが、眼鏡はしっかりとかけている。ティアの姿を認めるや、寝台から出ようとしたので、ティアはあわててそれを制止した。


「だめよ、そのままで。というか、寝てなきゃだめよ、どうして起きてるの」

「申しわけございません」


 ティアの言葉には答えず、ベネトは深々と、上体ごと倒すようにして頭を下げた。


「わたくしの落ち度で、御身を危険に晒しました。よもや、神を慰める厳粛な祭りの場で、事に及ぶとは思っておりませんでした。わたくしの油断が招いた悪事でございます。おとがめはいかようにも」


 むしろそのまま自刃でもしそうな勢いで詫びるベネトを、ティアは急いでさえぎった。


「違うわ、ベネトのせいじゃないわ! わたしがわがままをいったのを、あなたはできるだけかなえようとしてくれただけじゃない」


 ルベルのときだってそうだ。なんだかんだいいつつもこのお目付役は一度として、ティアのお願いを突っぱねたことはなかった。


 ティアは、ベネトに警戒されないようにとか、目を盗もうだとか、そんなことばかり考えていたから気づかなかったけれど。ベネトにとっても、ほかの緑野の王女のように、悲劇の死に積極的な態度を見せないティアは、得体の知れない存在だったのだと思う。だから、ティアがあれもだめ、これもだめといわれて不満を爆発させるのを危惧して、可能なかぎりわがままをかなえようとしてくれていたのではないだろうか。ベネトだって、監視対象であるティアとの距離をはかりかねて、いろいろ気を遣っていたのかもしれないと――あの、ひどく繊細そうな寝顔を見た今では思うのだ。


 ティアは小さく息を吐くと、ベネトがいる寝台の、足のほうにそっと腰かけた。


「……あのね、ベネト。わたし、いろいろ甘かったのよ。わたしは、今まで悲劇のヒロインになった王女たちとは違うから。彼女たちみたいに、悲劇に酔いしれたりしていないから。……だから、今までの悲劇のヒロインたちより、世界の裏側ってものが見えてるつもりでいたの」


 薄暗い天井を見あげて、ぽつぽつとそう語れば、ベネトの視線を頬に感じた。


「王女殿下が一時的に、悲劇のヒロインではなく、緑野の王家の後継者と目されていらっしゃったことは聞いております。しかし基本的に、王女殿下に施された教育は、ほかの悲劇のヒロインとなられた王女様がたと変わりないものだったとも。ならば、王女殿下と、ほかの王女様がたとの見識に、たいした差が出るはずがございません」


 ティアは苦笑して、ベネトを見た。


「……その返しは、しかたないと慰められてるのか、あたりまえだろうとあきれられてるのか、判断に悩むんだけど」


 ベネトはいつもどおりの無表情で、けれど今はその眼鏡の奥の瞳に、ほんの少し、ティアを案じるような色をにじませて、こちらを窺っていた。あるいは、その色は前からあったもので、ティアが気づいていなかっただけかもしれないが。

 内心でもうひとつ苦笑をこぼして、ティアは再び、天井に視線を戻した。


「そうね。結局わたしは、緑野の王女にすぎなかったのよね。悲劇の罪人の存在は知っていたけど、知っていただけだった。叔母様がこの国の先王に嫁がれて、悲劇の台本どおり亡くなられたというのなら、当然そのとき、悲劇の罪人も出ていたはずなのに。それがだれで、なにをさせられて、どんなふうに処刑されたのか、考えたこともなかった」

「……こちらの王に聞かれましたか」


 ぽつりと、ベネトが尋ねる。ティアはうなずいた。


「ええ。前の悲劇の罪人は、王様とケルティ様のお母様で、この国の先王様のもともとのお妃様だったって。それが、先王様の命令で、悲劇の罪人として処刑されたって。いくらなんでもあんまりだわ、だれよそんな台本を書いたのは。そもそも、台本に強いられて悲劇のヒロインを殺したのに、罪人として処刑されるっていうのはとても理不尽じゃないかしら」

「今さらです」

「そうだけど」


 しばらく、部屋には沈黙が落ちた。




 やがて、ベネトがおもむろに、口を開いた。


「……昔から、悲劇の罪人を処刑していたわけではございません。ここ数十年で我が国が増長し、王女への殉死を望むようになったのです」


 ティアは驚いて、ベネトを見た。この折り目正しいお目付役が、緑野の国に対して批判めいたことを口にするのを聞くのははじめてだった。


「一言、台本に書きさえすれば、その記述は悲劇のヒロインの嫁ぎ先において、絶対の事実として現実化されます。その万能感に酔いしれて、行きすぎている部分がないとは申しません」

「……ねえベネト」


 一度唇を湿してから、ティアは尋ねた。


「今回のわたしの台本でも、悲劇の罪人は出るんでしょう」

「はい」

「だれなの。このぶんだときっとまた、王様の身近な人なんでしょう」


 ベネトはじっとティアを見つめて、それからゆるく、首を振った。


「台本の内容に深く関わることですので、申しあげられません」


 そう、とティアはつぶやく。――遠まわしな肯定だと、思った。


 腰かけていた寝台から立ちあがって、ティアはベネトに向きなおった。


「無理をさせてごめんなさい。もういいから、ちゃんと休んで。看病役に、侍女を半分残していくわ」

「王女殿下」

「心配しないで。あなたが動けるようになるまで、もう勝手なことはしないわ。離宮にだれか訪ねてきても入れない。約束する」


 視線を合わせて真摯にいえば、ベネトが薄く苦笑した。


「動けるようになるまで、ですか」


 驚いた、とティアは目を丸くした。


「……あなた笑えたのね、ベネト」


 さっと、ベネトが表情をあらためた。


「失礼いたしました」

「失礼じゃないわ。むしろ、いつもにこにこしていてくれていいのよ?」


 ベネトはちらりと、上目づかいにティアを見た。


「……王女殿下が、わたくしの復帰後も御身を慎んでくださるのでしたら、善処いたします」


 ティアは小さく笑った。


「努力するわ」




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