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11  砂塵の悲劇



「――だから、離宮でおとなしくしていろといったのだ」


 去っていくケルティをぼんやりと見送っていたティアの耳に、王の声が届いた。はっとして、ティアは王に視線を戻す。


 床に落ちたままだった、刀身の湾曲した短剣をシャウラが拾い、軽くぬぐって、両手で王にさしだす。それを片手で受けとりながら、王は冷え冷えとした目でティアを見ていた。


「いたずらに人心を動揺させる。あれほど短慮に走る者はいまいが、ヒゲキノの王女に悪感情を抱く者は少なくない」


 とっさに、ティアは切り返していた。


「王様のように、ですか」


 王がわずかに目を見開く。そして、静かに目を伏せた。


「そうだな」


 ティアは唇を結んで、居ずまいを正す。そして深々と、頭を下げた。


「祭事の場を乱したこと、本当に、申しわけありません」


 ため息が聞こえた。


「――あなたはいったいどういうつもりだ」


 そろりと、ティアが視線をあげれば、王はその言葉どおり、理解できないものを見るようなまなざしで、ティアを見おろしていた。


「一度ならず二度までも、ケルティなどに誘いだされて、軽率に出歩くとは。自分自身の悲劇にしか興味のない、ヒゲキノの王女らしくもない」


 ティアは息をのんだ。頭の中で、今の王の言葉を反芻する。じわじわと、自分の口角があがるのを感じた。


「わたしがどのような人間であろうが、そんなことに興味はおありでないのではなかったのですか?」


 声ははずんでいたかもしれない。対照的に、王は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。


「それでこちらが振りまわされるなら話はべつだ」


 ふふ、と、ティアはとうとう笑みをこぼした。


「わたしがどういうつもりか、ですか」


 今まで冷たいまなざししかよこさなかった王に、まっすぐに見つめられて、ヒゲキノの王女らしくない、と評されたことに、自分で思ったよりも浮かれていたらしい。気づけばするりと、言葉が口をついて出ていた。


「悲劇の台本どおりに死ぬなんてまっぴらだから、そのときが来たら逃げだすつもりです……といったら、どうします?」




 しばらく、王はなにもいわなかった。静まりかえった廊下に、どこか遠くのざわめきだけが聞こえていた。


 そのざわめきがしだいに近づいて、どうも参列者たちが祭場から撤収してきたらしいとティアが察したころになって、ようやく王が口を開いた。


「異端だな」


 そうつぶやいた王の目は、どこか哀れむようでもあった。


「あの国で、あの王宮で生まれ育てられながら、そのような考えにいたるとは。……だがそれならば、我が国への輿入れ前に、さっさと逃げだすべきだった」


 哀れむようだった色を完全に消して、王はもとの、凍てつく瞳で、ティアを見すえた。


「我が国へ嫁いできた以上、悪あがきはするな。私はあなたを匿わない」


 ティアは頬をふくらませた。


「匿ってもらえるなんて、最初から思っていませんよ。いったでしょう、逃げるって」

「あなたの思考はケルティ以下か」


 あきれかえった王の声に、頭をはたかれたような気がした。

 淡々と、王は続けた。


「私の国で逃げたとはすなわち、私が匿っているということだ。ヒゲキノは必ずそういう見方をする。そもそも、あなたのような王宮暮らししか知らぬ者が、市井にまぎれたところで生きのびられるものか。生活の糧を得るすべも知らぬのに」

「最初は宝石やドレスを売るわ。そして慣れてきたら」


 いいつのろうとしたティアを、王がさえぎった。


「それは盗人と同じだ」


 ティアは目を見開く。王は、厳しい表情でティアを見ていた。


「今あなたが持っているものはすべて、あなたが王女であるがゆえに与えられたもの。王女としての役目を放棄し、ただの娘になったあなたのものではない」


 ものの道理がわからない幼子に、いいきかせるような口調だった。聞きながら、ティアは、頭の中が冷えていくのを感じていた。


 聞きおえて、ティアはゆるりと、唇に笑みをはいた。


「……そしてその、わたしの王女としての役目とは、悲劇的に死ぬことだとおっしゃりたいの」

「そのとおり。――あなたは先ほど、逃げだすつもりだといったらどうする、と聞いたな」


 王の紫水晶の瞳が、まっすぐにティアを射抜く。どくりと、ティアの心臓が音を立てた。


「答えよう、私があなたを逃がさない。あなたを逃がしたとなれば、ヒゲキノのさらなる干渉を招く。私はこれ以上この国を、ヒゲキノに侵させるつもりはない」


 ティアは唇を噛みしめた。さっき一瞬、近づけたのかもしれないと感じただけに、突き放すその物言いがよけいに癪に障った。悔しくて、なにかいい返してやりたくて、けれどなにも反論できそうになくて、必死に考えをめぐらせたところで、ふと、思いだした。


「悲劇の罪人は匿っていらっしゃると噂なのに?」


 ティアとしては、痛いところをついてやったつもりだった。けれど王は、薄く笑っただけだった。


「悲劇の罪人とあなたとでは、そもそもの立ち位置が違う」

「噂については否定なさらないの」

「噂にすぎないものをわざわざ否定する必要があると?」


 見下げたようにそういって、王がくるりと、きびすを返した。


「――シャウラ、緑野の国の王女殿下をお送りしろ」

「待って」


 進みでたシャウラを制して、ティアは王の背中に叫んだ。


 このまま、幼い、取るにたらない者のように思われたまま、置きすてていかれたくなかった。なにか少しでも、この王が自分を見直すような話はないかと考えて、ぱっと頭に浮かんだことを、深く考えるより先に口に出していた。


「さっきケルティ様がいってた――王様もわたしのために大切なだれかを殺させられるって、どういうこと?」


 王が、踏みだそうとしていた足を止めた。それを見てティアは、もうひと押しとばかりに続けた。


「たしか、ケルティ様のお父様がケルティ様のお母様を殺すことを強いられて、その結果心を病まれてお亡くなりになったって。ケルティ様の口ぶりからして、今度も同じことが起こるの?ケルティ様のお父様というのは、この国の先王様でしょう? そしてお母様というのは、この国に嫁いだわたしの叔母様のはず。いったい前にはなにが」


 底冷えするような声が、ティアの言葉をさえぎった。


「違う」


 そして振り返った王の目に、ティアは息をのんだ。硬質な紫水晶が、これまでティアに向けられていた視線などずいぶん優しいものであったと思えるほどに、冷たく、昏く燃えていた。


「私とケルティの母はあなたの叔母君などではない。あなたの叔母君の悲劇に殉死させられた、悲劇の罪人だ」

「え……?」


 呆然としたティアがおかしかったのか、王は小さく笑った。……いや、嗤った。


「あなたの叔母が嫁いでくることが決まり、正妃だった母は側女に落とされた。最期は、王を色香で惑わし、病弱な王妃から寝取ったふしだらな女だと、いわれのない汚名を着せられて、王妃が心を病んで死んだことで我に返った王によって処刑された。――そういう、ヒゲキノの台本に従わざるをえなかった、父によってな。父はずっと、母だけを愛していたのに。けれどヒゲキノの台本は絶対、従わなければ報復として、ヒゲキノの大軍が国に攻めよせる。ゆえに母の命を惜しむことはできず、みずから彼女の死を命じなければならなかった。……あの瞬間、父の心もまた死んだのだろう」


 ふっと、王がティアを見る。ティアは思わず震えた。向けられていたのは、今までの、凍りつくような視線ではない。ぽかりとあいた虚ろのような、命の感じられないまなざしだった。


「真実悲劇的に死んでいるのは、ヒゲキノの王女ではない。あなたたちは――おまえたちは悲劇の王女などではない。周囲に悲しみと死を振りまく、魔物だ」


 いいきって、王は背を向ける。


 そして今度こそ、振り返らなかった。




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