0 姉姫様の葬礼
「大姉様が?」
きらきらと、光のあふれる、大きな窓辺。硬い声で聞き返したのは、少女だった。真ん丸な空色の瞳が印象的な、あどけない顔立ちをしている。日の光に透けながら細かく波うつ薄茶の髪が、乳白色のまろい頬と薄っぺらな肩に、ふわふわとこぼれかかっていた。
たっぷりのレースとフリルでふくらんだ空色のドレスと、ひだまり色の羽衣のようなストールに包まれたその姿は、幼い容貌とあいまって、甘く繊細な砂糖菓子を連想させる。けれど今、戸口を向いたその表情は、ひどくこわばっていた。
はい、と、白い扉の前で、一人の女が頭を下げた。
「暗殺者から夫王様をかばわれ、凶刃にお斃れになったそうでございます」
「……それでこの騒ぎというわけね」
少女はきゅっと薄紅の唇を結んで、磨きぬかれた窓ごしに、王宮の中庭を見おろした。
ひだまりのその中庭では、葬礼の準備が着々と進められていた。資材や工具をかついだ彫像職人たちが慌ただしく動きまわり、その間を縫うようにして、水色ローブの吟遊詩人たちが竪琴をかき鳴らしている。空気を震わす弦の音にのせて彼らが切々と歌っているのは、少女の「大姉様」――嫁ぎ先の異国で夫をかばって凶刃に斃れた、この国の第一王女の悲劇的最期だった。
(葬礼というより祭礼ね)
少女は内心でひとりごちた。
悲劇的な死を遂げた王女の魂は、国の女神のもとへ召されて、女神と近しいものとなる。それはこの緑野の国、俗称ヒゲキノ・ヒロイン王国に王女として生を受けた者にとって、最高の名誉である、というのが、国内の常識であった。
「だからって……凶刃?」
まるで自分がその刃を受けたかのように、少女は身を震わせた。
「それも、台本のとおりだったの。みずから刺されて死ぬなんて……大姉様は、そこまでしたの」
ヒゲキノ・ヒロイン王国の王女は、他国へと嫁ぐ際、「悲劇の台本」を携えていく。そして嫁ぎ先の国においてはその台本どおりにふるまって、悲劇的な死を遂げるのだ。
平坦な女の声が答えた。
「第一王女殿下は、悲劇的に美しく死ぬことに、強いこだわりを持っておいででしたから」
少女は再び、扉のほうへ視線を向けた。
少女がいるのは、日当たりのよい、広い室内だ。天井と、六角形に部屋を囲む壁は日の光に輝く白で、床はやわらかな薄緑色。部屋の中には、優美な曲線を描く長椅子や、縁が金細工の巨大な姿見、白地に金で装飾を施した箪笥など、豪華な調度品がならんでいる。
そんな贅をこらした部屋の、白い大きな扉の前で、声の主は微動だにせず、礼の姿勢をとりつづけていた。
おそらくまだ若いのだろうが、まっすぐな焦茶の髪を後頭部でぴっちりとひっつめ、重たげな濃紺のお仕着せを一部の隙もなく着こなしたその姿から、若い娘特有の華やぎは微塵も感じられない。そろえた手指の先にまで、ぴんと糸が通っているようだった。
「……わたしには、わかんない美学だわ」
少女はそれだけいうとまた、窓の外を見やってため息をつく。昼前の、まだ白い日ざしが、少女の淡い色合いの髪と伏せられたまつげをきらきらと透かして、じつに絵になる光景だった。
わずかに顔をあげた女が、そんな少女を無感動な目で見つめた。
「それと、第三王女殿下」
やはりどこまでも平坦な口調で、彼女は告げた。
「先ほど、御身のお輿入れが決定いたしました。お相手は、砂塵の国の国王陛下でございます」
瞬間。少女――ヒゲキノ・ヒロイン王国第三王女リールティアラは、盛大にその幼げな顔を引きつらせた。




