雨宿り
生憎その日は土砂降りとなった。
自宅に帰る途中だったが、私は急遽近くにあった建物で雨宿りをすることにした。
濡れるのは嫌いだ。ましてや風邪をひいてしまっては最悪である。
急な雨だったため、降り始めてから建物に逃げ込むまでに少しばかり雨に打たれてしまった。
こればかりは仕方がない。そういう日もある。
田舎道にポツンと設置されていたその建物は、どうやらバス停のようだった。
中には人っ子一人いなかった。
屋根は古びたトタン板が使われており、雨漏りが少しばかり心配になったが、それに関しては杞憂だった。
自宅までの道のりはまだまだ遠い。
バスの利用を考えた私は、壁に掛けてあった時刻表を眺めた。
どうやら私の家の近くを通るようだ。
腕時計と時刻表を交互に睨むと、どうやらそこまで待つ必要もないらしい。
「よかった……」私はそう呟き、設置されていた木製の長椅子の端に腰を掛けた。
適当に周りを見回してみると、異様な存在を私の目が捉えた。
私の座っている長椅子の反対端に人がいたのだ。
彼は黒いコートを身に着け、そこから伸びるフードを深々とかぶっていた。
コートは乾いていた。
先程までは誰もいなかった筈。私はそう考えた。
「雨宿りですか?」土砂降りによる轟音の中に声が混じる。
表情、口元共にフードで確認することは出来なかったが、恐らく彼が喋ったのだろうと思った。
彼と私以外ここにはいないのだから。
「ええ。突然でしたので参りました」私は適当に返した。
「バスを使うのですか?」会話は続く。
「どうやら目的地を通るようなので」
「やめた方が良いですよ」
予定外の言葉に私は混乱した。
「何故ですか?」
「あんなバスに自分から乗り込むものではないです」男は言う。
「何を言ってるんです?」
「私、死神という者です」会話は唐突に進んだが、男に動きは見られなかった。
突飛な発言だったが、不気味に乾いた彼の黒のコートには十分な説得力があった。
「……そうでしたか」私は考えを廻らす。「あなたが私の前に現れたということは……、私は死ぬのですか?」
「いいえ? 私がここに居るのは気まぐれです。あなたの寿命とは全く関係ないですよ。もっとも、あのバスに乗るようなら私らの業界じゃ死んだようなものですけど」
「……そのバスに乗ると死ぬのですか?」
「いいえ、死にはしません。ただ私らの業界では魂の質で生死を分かちますので……」
土砂降りの中、ぐちゃぐちゃになった道路を踏みつけ、バスが近づく。
こちらを照らすヘッドライトの光が、時の経過とともに明確になる。
バスは停車し、その扉を開く。
「お待たせいたしました。お手をどうぞ」バスの運転手は不気味なほど紳士な男だった。
「どうします? 私の手も人を殺せますが、そいつの手も人を殺しますよ。しかも、そいつらの方が私らより幾分か残酷に人を殺します」死神は喋る。
バスの中は、ひどく混雑しているようだった。
「乗らないのですか?」運転手は言う。
私の判断を鈍らせているのは死神の言葉である。
この男の手を取ると死ぬのか?
「どうしました? あなた以外は乗っていますよ?」
男の言葉は私に決断を促す。
「すいません。私はいいです。雨宿りをしているだけですので」私は咄嗟にそう言った。
「かしこまりました。あなたの人生が気高いものでありますように……」男はそう言うと、バスのドアを閉め、運転席に腰を据えた。
車体は唸りを上げて動き出し、バス停から遠く遠く離れていく。
「そうですか。そうしましたか」死神は呟く。「それではその魂、死ぬまで穢されないように。その時になれば私が美味しく頂きますので」死神の体は風に煽られた砂のように、するすると世界の中に溶けていった。
「死んだらやるさ」私は既に去った死神へと言葉を掛ける。「たまには雨も悪くない」土砂降りの中を、私は家の方向へと歩き出した。




