意外な一面
自分の部屋のベッドに寝転がって、ようやく一息ついた。
と思った同時に、ドアがノックされる。
「はい!」
「朱莉さん、わたしです。郁哉です」
な、なんで、郁哉さんが? でもなんだかものすごく落ち込んだ声……。
「なんですか……?」
「朱莉さん、わたしのこと、嫌いになってしまいましたか?」
えぇ? こんな気弱で頼りない郁哉さんの声は初めて聞いた。ていうか、やっぱ甘えん坊属性の人?
「えーとぉ……。そんなことは……」
「本当ですか?」
「え、ほんと、ほんと!」
すると、ドア越しでも聞こえるくらいに安どのため息。
「よかった……。さっき、朱莉さんが車を降りて行った時、本当に目の前が真っ暗になったんです」
「そんな、大げさな……」
くすりと笑う声。少し元気になったみたい。
「今度の日曜日……、デートをしませんか? 今日は強引過ぎて、朱莉さんは驚いたんでしょう?」
「ええ、まぁ」
「朱莉さんのことを考えてなかったのかもしれないです……。普通のデートをしましょう。待ち合わせして、映画を見て、おいしいものを食べて……」
そういう郁哉さんの声は限りなく優しかった。でも、あたしはうんって言えない。こんどの日曜日の約束はまだ他に二つあるのだ。
「考えときます」
「……じゃあ、今日みたいに校門に九時に待ってます」
去っていく郁哉さんの声は寂しそうだった。うんって言ってほしかったんだろうな。ごめんなさい……。
そう考えると鬱になる。だって、奇跡的に三人に結婚を申し込まれているのに、あたしはどうしてもうんって言えない……。
結婚って重たい。それに三人のことをよく知らない。なんだろう、恋をする前に大事なことを感じる前にいきなりゴールに着地させられそうで怖い。
「朱莉さん」
いきなりまた声をかけられて、あたしはあわててとび起きた。
「は、はい!」
「お客様がお見えですが?」
井上さんだ。お客さま? 誰だろう。
「はい、じゃあ、お願いします」
すると、劇的にドアがバァンと開いて、真っ赤なバラが現れた。
「バラ!?」
バラに知り合いはいない!
「朱莉さん! プレゼントです。赤いバラは情熱的な愛。僕の気持ちです」
「情熱的な愛!?」
今度は井上さんがバラ人間になったかと思うと、そこには八尋君が立っていた。
「八尋君……」
君ってそういう人だったんだ……。
つかつかと八尋君はあたしに歩み寄り、あたしの手を取った。手を振りほどく間もなく、あたしの手の甲に口づける。
「朱莉さんのことはお姫様みたいに扱います。大事に。誰にも触らせない……。絶対に幸せにしますよ……」
八尋君って外見に似合わず、サド属性が輝きを増している……。これはこれで、なんだか背筋がぞくりとくる。
独占欲も超越すると快感を与えるものになるんだろうか……。
「え、えっと……、どうしたの」
「デートのお誘いです!」
今度は一変して人懐こい笑顔で、八尋君は答えた。すごいギャップ。これもこの子の魅力なのかな。
「朱莉さん、今度の日曜日、クルージングをしませんか? ちょうど僕の会社の経営するレストランがクルージングも兼ねたパーティをするんです」
規模が違う……。クルージングかぁ……。どんなんだろ……。
「か、考えときます」
「そんなつれないこと言わないで、ぜひ一緒に行きましょう?」
「ううーん」
あたしが返事を渋っているとまた井上さんが電話機の子機をもってドアをノックしてくれた。助かった。
「朱莉さん、矢島さまからお電話です」
「矢島……、あ!」
天使……。何だろう。あたしは八尋君の不機嫌な顔をしり目に子機を取った。
「はい……」
「東雲? あの……、今度の日曜日のことなんだが……、遊園地に行かないか?」
「遊園地……」
「嫌いか?」
「あ、いや、その……」
「それと、悪かったな……。勘違いして……。でもな、男に二言はない。俺はお前のことが好きだ」
天使ってば……。お、男らしい……。外見とのギャップがこうまで激しい人も珍しい。
「あ、あの、考えときます……」
「返事はいつもらえる?」
「当日……、その待ち合わせ場所で」
「じゃあ、朝の九時に校門で待ってる」
子機を切ると、なんだか、背後から突き刺さるような視線が……。冷や汗をかきながら振り返ると、にこにこ笑いながら、おどろおどろしい雰囲気を醸す八尋君がいた。
「約束しちゃったんですか?」
「し、してません!」
「そう、ならいいんです。僕も校門で待ってますよ」
あうう、最後の超絶かわいい笑顔が般若の顔に見えた。
八尋君が帰った後、あたしは再度ベッドに突っ伏した。どうすればいいの? 全部すっぽかすの? でも、そうせざるを得ない。待ち合わせ場所に行けば、確実に選ばないといけない。でも、まだあたしは誰が好きという気持ちすらない。誰かを選らばないといけないなんて、今のあたしには無理だ。
そんなことをつらつら考えているとますます鬱になって行くのだった。