それも、愛
彼女は笑った。
そして泣いた。
嬉しそうに悲しそうに。白く細い手を真っ赤に染めて。
その場に崩れ落ちた華奢な身体を見下ろして男は緩やかに笑う。
香る硝煙の煙。ビルの間の細い路地には街を輝かせるネオンの光は差し込まない。
彼女の身体はまるで闇に溶けるように深く沈んだ。
決して愛されないことを彼女は知っていた。
男の経歴も素性もすべて仮初のもので。
囁く愛も優しさもすべて偽物。彼女を油断させるために、彼女に近づくために用意された偽物。
そんな男に彼女は恋をした。偽物だと知りながらその偽物に。
本物か偽物か。
それは彼女にとってどうでもよかった。偽物の男に恋をして、偽物の男の立ち振る舞いに心を惹かれて、偽物に愛されたいと願った。
もしも男が本物に戻ったところで彼女は愛さなかっただろう。
彼女は男が本物に戻ることを拒んだ。だからこそ偽物に、偽物のまま殺されることを望んだ。
たとえ男が本物に戻った瞬間、偽物は存在そのものが消えてしまうとわかっていても。
だから男に殺される瞬間も彼女は男を愛した。ただ一言「愛している」と。
偽物が消え、偽物の心が愛した彼女への愛が消える。けれど偽物が愛した人はただひとり。
それだけで彼女は満足だった。
命の途絶えた顔はひどく満たされていた。
幸せそうに夢心地で。
「俺も愛してるよ」
穏やかな声が硝煙とともに闇に消える。散々囁いた言葉は届ける相手を失っていた。
男は転がる死体に背を向ける。偽物の時間は終わった。
ネオンの光に目を細め、男は歩き出す。
男の顔から表情は消えていた。




