WELCOME 第一話
「今日、おまえんち行っていい?」
昼休み。
デザートのメロンパンを食べ終えた岳史が言った。
口に入れていたごはんのかたまりを、ゴクンと飲みこむ。
「えと、ぼくんち?今日?」
確認すると、岳史はジャムパンの袋を開けながら頷いた。
嬉しそうな顔だ。
「今日は久々の休養日なんだ」
岳史は柔道部のエースだ。
夏に開催される全国大会に向けて、毎日厳しい練習をしている。
なので、たまにしか一緒に遊べない。
いつもなら、喜んで承諾するところだけど。
「都合悪いのか?」
とっても都合が悪い。
今、僕の頭の中は『どうしよう』の言葉でいっぱいだ。
だって、
まだ岳史には
『結婚』したことを言ってない。
どう説明すればいいのかわかんなくて、気にしながらも後回しにしていたんだ。
花嫁選びのパーティで、紳一郎さんにプロポーズされた僕は仕方なく契約結婚をした。
でも、いつの間にか紳一郎さんのことを好きになってしまった。
紳一郎さんも僕のことを好きだったんだって。
で、実はその花嫁選びのパーティは、朝吹のおばあちゃんの策略で、
おばあちゃんは実は『モモタロ』のおばあちゃんで、何故か僕のことを気に入ってくれて
孫の紳一郎さんの花嫁にしようと、家宝の指輪を桃まんじゅうに入れて……。
うーん、ややこしい。それにいろいろと恥ずかしい。
うまくまとめて、冷静に話せる自信がないよ。
「モモ、何か俺に隠してるだろ」
ボーッとお弁当の残りを見つめていると、低い声が降ってきた。
「今日はおまえんちに行くぞ。決めたからな?」
「う……わかった」
怖い顔で強く迫られると、頷くしかなかった。
◇◇◇
車から降りると、いつものようにメイドさん達が出迎えてくれた。
朝と比べてかなり少ない人数だけど、まだ慣れなくてくすぐったい。
正直遠慮したい。
でも、これもメイドさんのお仕事なんだ。
仕方ないよね。
「お待ちしておりました」
芦川さんが、僕の後ろで突っ立ている岳史にお辞儀をした。
友達を連れてくるって、電話で知らせておいたんだ。
「岳史、芦川さんだよ。このお屋敷のメイドさんなんだ」
「え?あ…はっ初めまして!関岳史です。この度は突然お邪魔して、申し訳ありませんっ」
直角のお辞儀。おまけに声が上擦っている。
……うん、気もちは痛いほどわかるよ、岳史。
僕もこのお屋敷に結婚の挨拶に来たときは…………あんまり思い出したくない。
「望様のお友達なら、いつでも大歓迎ですわ!精一杯おもてなしをさせて頂きます!!」
芦川さんの迫力に押されたのか、岳史は数歩後ずさった。
「どういうことだよ、モモ。ここ、誰んちなんだ?」
戸惑った顔がこちらを向く。
そう、まだ何も説明していないんだ。
迎えの高級車を見て驚いた岳史を『後で説明するから』とだけ言って、
ここに連れてきてしまった。
「……とりあえず、中に入ろ」
僕は動かない岳史の腕を引っぱり、大きな玄関に向かった。
「応接間に御案内致します。望様、着替えられますか?」
「ううん。このままでいいです」
何も知らない岳史を、あの応接間に置き去りにするなんて……僕にはとてもできない。
「おばあちゃんに、岳史を紹介したいんですけど」
「はい。伺ってみます」
「腰の具合が悪かったら、無理しないように言ってね」
芦川さんと話しながら歩いていると、後方からチクチクと視線を感じた。
うう、岳史ゴメン。もう少し待って。
僕の下手な説明より、おばあちゃんに任せたほうがいいと思うんだ。